表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
269/427

前:承 ≪憔悴≫

寝込(ねこ)んでる? 誰が?」


 キアシアが聞き返してしまうのも当然。

 陸歩の肉体の頑健(がんけん)さときたら、怪我や病気はもちろん、疲労とさえほとんど無縁(むえん)だ。

 熱源(ねつげん)さえあれば食事も睡眠も不要に出来る、という超人ぶり。


 そんな陸歩が、寝込んだ、と言われたら。


 イグナも戸惑(とまど)っているのか、しょんぼりと肩を落としている。


「部屋に閉じこもっておられまして。

 先ほど朝食にお呼びしたら、『寝てるからいい』と……」


「……(たん)寝坊(ねぼう)したいだけとかは?」


「それならいいのですが……。

 どうも、お声に元気がないようで……ドアの開けていただけませんでしたし」


 ことさらしょんぼりとするイグナが不憫(ふびん)だ。

 キアシアは彼女の手を(つか)んで、陸歩が使っている部屋へ向かう。


 拳で強めにノック、ノック。


「リクホー? おーい?」


「き、キアシアさん。いけません、リクホ様はお休みかもしれないのですよ」


「えー? でも、心配だし。

 入るわよーリクホー」


「あぁっ、キアシアさんいけませんっ」


 (かぎ)がされているわけでもないドアは、その気になれば()()るのは簡単だ。

 ノブを回すだけで開いてしまう。


「リクホ? 大丈夫?」

「リクホ様、(もう)(わけ)ありません……」


 返事はない。

 不在(ふざい)、ということもない。

 ベッドでこんもり、毛布(もうふ)が山になっている。彼が()(かぶ)って丸くなっているのは明らかだ。


「ちょっと。まさか、本当に体調不良?」


「……」


「リクホ様? ご無事ですか?」


「……」


 少女たちは顔を見合わせ、それぞれベッドの右と左に、そっと腰掛(こしか)ける。

 どうも、(ひざ)(かか)えてマットレスへ顔を埋めているらしい陸歩の、背中をキアシアが優しく()でる。


「……」

「……」


 やがて、イグナもおずおずと。


「……」

「……」

「……」


 三人ともが無言。


 やがて、沈黙(ちんもく)根負(こんま)けしたのは陸歩で、ばつが悪そうに毛布から頭を出した。


「二人とも……ダメだぁ、オレぇ」


「リクホ様が駄目(だめ)などということはあり()ません!」


 熱弁(ねつべん)するイグナに、キアシアが苦笑(くしょう)する。

 なんだ、と安堵(あんど)もした。

 少なくとも風邪(かぜ)などが由来(ゆらい)憔悴(しょうすい)ではない。

 (よう)するに彼は、()()んでいる。


 そして相手が気落ちしているときには、同意も否定もしないほうがいい。

 (はげ)ましも(ひか)え、理由を聞き出す真似(まね)(もっ)ての(ほか)

 それでいて気遣(きづか)いだけは()せてあげるように。

 というのがキアシアの経験則だ。


「とりあえず、何かお腹に入れる? 持ってこようか?」


「……今いい」


「あんたの好きな、枝豆(えだまめ)のスープもあるけど」


「……。……いい」


「そう」


 (すす)()ぎは(けむ)たがれるので、適度(てきど)なところで身を引くのもコツ。

 イグナが、(あるじ)のために何かとムズムズしているから、そっと目配(めくば)せで落ち着かせた。


「……」

「……」

「……」


 また沈黙。


 陸歩は自然と口を開いた。


「その鍵、さ……」


 枕元(まくらもと)には鍵二本。

 少女たちももちろん気付いている。

 それが何の鍵であるかも。


 これは、リャルカとカナから預かった鍵だ。

 すなわち彼らの心臓へと続く鍵。


「昨日の夜中に、その鍵、使った……」


「えっ」

「では……」


 再び毛布を(かぶ)ってしまう陸歩。


 イグナは、キアシアは、何と声をかけていいか分からない。

 壁に立てかけられた()()の鈴剣。(さや)だけが床に転がっているのは……そういうことか。


 出来なかったよ、と弱々しい声が彼から(こぼ)れる。


「出来なかった……。

 敵だって分かってても、決裂(けつれつ)したって知ってても……。

 刺せなかった。心臓……」


 少女たちは息を()らした。

 なんだか、ほっとして。


「それは、リクホ様がお優しいからです」


「そうそう。何も()()むことはないわ」


「でも……甘すぎる。

 相手はどんな卑怯卑劣(ひきょうひれつ)も構わない連中なのに、こっちがそんな弱く見せたら、ますます……。

 それにオルトのことも……」


 あっ、とキアシアは胸を()かれた気がする。

 あたしのせいか。

 あたしがあのとき、声をあげたから。

 オルトをどうするか、代わりに陸歩が苦悩(くのう)する羽目(はめ)に。


「…………」


 陸歩はぎゅっと胸元を押さえた。

 服の下、ユノハによって(きざ)まれた印は(すで)に変化しており、いま(しる)されている文字は実に簡素(かんそ)だ。

 『此処(ここ)』とだけ。


 つまり、(げん)にこの場所で何かが必要なのだろう。

 だが今の陸歩は……何の選択も、決断も出来ない。


 どうすれば。

 そればかり考える。

 頭と心がチグハグで。

 どうすれば。


「どうすれば……」


 ふん、とイグナの鼻息が(あら)い。


「リクホ様。(おそ)れながら(もう)()げます」


「え?」


「どうしてご相談いただけなかったのです。

 (はばか)りながら、不肖(ふしょう)イグナ、タスクを与えていただければ何らかの解決プランをご提示(ていじ)できるものと自負(じふ)しておりますのに」


「あたしも。

 あたしも一緒に考える。

 うぅん、あたしに(なや)ませて、お願い。

 だって、元はと言えば、あたしのせいなんだし」


 二人は彼から毛布を()()がした。

 そして彼と一緒に(くる)まる。

 全員が納まるには、相当(そうとう)くっつかなければならない。


「お、おいっ?

 こらお前ら、女の子が、こんなっ」


「いいじゃない、たまには」

同衾(どうきん)は初体験です。データ更新します」


 ねぇ、どうしよっか? と少女が左右から問う。

 その吐息(といき)

 その匂い。


 陸歩ですら、脳に(しび)れを覚える。


「ど、どう……って」


「だから。オルトのこと」

「リャルカとカナのことも。リクホ様は、どうされたいのです?」


「……あぁ。うん。あいつらね」


「単純に率直(そっちょく)に、リクホ様は、どうされたいのでしょうか」


 どうしたいのか。

 陸歩は。

 自分は。


「オレは――」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ