前:承 ≪憔悴≫
「寝込んでる? 誰が?」
キアシアが聞き返してしまうのも当然。
陸歩の肉体の頑健さときたら、怪我や病気はもちろん、疲労とさえほとんど無縁だ。
熱源さえあれば食事も睡眠も不要に出来る、という超人ぶり。
そんな陸歩が、寝込んだ、と言われたら。
イグナも戸惑っているのか、しょんぼりと肩を落としている。
「部屋に閉じこもっておられまして。
先ほど朝食にお呼びしたら、『寝てるからいい』と……」
「……単に寝坊したいだけとかは?」
「それならいいのですが……。
どうも、お声に元気がないようで……ドアの開けていただけませんでしたし」
ことさらしょんぼりとするイグナが不憫だ。
キアシアは彼女の手を掴んで、陸歩が使っている部屋へ向かう。
拳で強めにノック、ノック。
「リクホー? おーい?」
「き、キアシアさん。いけません、リクホ様はお休みかもしれないのですよ」
「えー? でも、心配だし。
入るわよーリクホー」
「あぁっ、キアシアさんいけませんっ」
鍵がされているわけでもないドアは、その気になれば押し入るのは簡単だ。
ノブを回すだけで開いてしまう。
「リクホ? 大丈夫?」
「リクホ様、申し訳ありません……」
返事はない。
不在、ということもない。
ベッドでこんもり、毛布が山になっている。彼が引っ被って丸くなっているのは明らかだ。
「ちょっと。まさか、本当に体調不良?」
「……」
「リクホ様? ご無事ですか?」
「……」
少女たちは顔を見合わせ、それぞれベッドの右と左に、そっと腰掛ける。
どうも、膝を抱えてマットレスへ顔を埋めているらしい陸歩の、背中をキアシアが優しく撫でる。
「……」
「……」
やがて、イグナもおずおずと。
「……」
「……」
「……」
三人ともが無言。
やがて、沈黙に根負けしたのは陸歩で、ばつが悪そうに毛布から頭を出した。
「二人とも……ダメだぁ、オレぇ」
「リクホ様が駄目などということはあり得ません!」
熱弁するイグナに、キアシアが苦笑する。
なんだ、と安堵もした。
少なくとも風邪などが由来の憔悴ではない。
要するに彼は、落ち込んでいる。
そして相手が気落ちしているときには、同意も否定もしないほうがいい。
励ましも控え、理由を聞き出す真似も以ての外。
それでいて気遣いだけは寄せてあげるように。
というのがキアシアの経験則だ。
「とりあえず、何かお腹に入れる? 持ってこようか?」
「……今いい」
「あんたの好きな、枝豆のスープもあるけど」
「……。……いい」
「そう」
勧め過ぎは煙たがれるので、適度なところで身を引くのもコツ。
イグナが、主のために何かとムズムズしているから、そっと目配せで落ち着かせた。
「……」
「……」
「……」
また沈黙。
陸歩は自然と口を開いた。
「その鍵、さ……」
枕元には鍵二本。
少女たちももちろん気付いている。
それが何の鍵であるかも。
これは、リャルカとカナから預かった鍵だ。
すなわち彼らの心臓へと続く鍵。
「昨日の夜中に、その鍵、使った……」
「えっ」
「では……」
再び毛布を被ってしまう陸歩。
イグナは、キアシアは、何と声をかけていいか分からない。
壁に立てかけられた抜き身の鈴剣。鞘だけが床に転がっているのは……そういうことか。
出来なかったよ、と弱々しい声が彼から溢れる。
「出来なかった……。
敵だって分かってても、決裂したって知ってても……。
刺せなかった。心臓……」
少女たちは息を漏らした。
なんだか、ほっとして。
「それは、リクホ様がお優しいからです」
「そうそう。何も落ち込むことはないわ」
「でも……甘すぎる。
相手はどんな卑怯卑劣も構わない連中なのに、こっちがそんな弱く見せたら、ますます……。
それにオルトのことも……」
あっ、とキアシアは胸を突かれた気がする。
あたしのせいか。
あたしがあのとき、声をあげたから。
オルトをどうするか、代わりに陸歩が苦悩する羽目に。
「…………」
陸歩はぎゅっと胸元を押さえた。
服の下、ユノハによって刻まれた印は既に変化しており、いま記されている文字は実に簡素だ。
『此処』とだけ。
つまり、現にこの場所で何かが必要なのだろう。
だが今の陸歩は……何の選択も、決断も出来ない。
どうすれば。
そればかり考える。
頭と心がチグハグで。
どうすれば。
「どうすれば……」
ふん、とイグナの鼻息が荒い。
「リクホ様。恐れながら申し上げます」
「え?」
「どうしてご相談いただけなかったのです。
憚りながら、不肖イグナ、タスクを与えていただければ何らかの解決プランをご提示できるものと自負しておりますのに」
「あたしも。
あたしも一緒に考える。
うぅん、あたしに悩ませて、お願い。
だって、元はと言えば、あたしのせいなんだし」
二人は彼から毛布を引き剥がした。
そして彼と一緒に包まる。
全員が納まるには、相当くっつかなければならない。
「お、おいっ?
こらお前ら、女の子が、こんなっ」
「いいじゃない、たまには」
「同衾は初体験です。データ更新します」
ねぇ、どうしよっか? と少女が左右から問う。
その吐息。
その匂い。
陸歩ですら、脳に痺れを覚える。
「ど、どう……って」
「だから。オルトのこと」
「リャルカとカナのことも。リクホ様は、どうされたいのです?」
「……あぁ。うん。あいつらね」
「単純に率直に、リクホ様は、どうされたいのでしょうか」
どうしたいのか。
陸歩は。
自分は。
「オレは――」




