魔除けについて
古来より人は、病気や不運、天災やその他の目に映りづらい不利益を、『魔』と呼んで忌避してきた。
今では単なる伝承やおまじないも、紐解けば当時の人が経験から導き出した教訓だったのだと分かることもしばしば。
河童や天狗は、水難や遭難への注意喚起から生まれたのかも。
あの古ぼけた祠は何のため? 大雨で山の斜面が崩れると、土砂がそこへ一気に流れ込むから。ここに人は住んじゃいけないと、曾祖父さんのそのまた祖父さんの代が建てたんだ。
魔除けやお守りの類も、あながち軽んじたものじゃない。
こっちの世界だと、なおのこと。
なにせ魔法、魔物、魔術、魔性――魔が紛れもなく存在しているんだから。
呪具や魔具ほどではないにしろ、魔除けのアイテムにはそれなりの効果と信憑性がある。
ここでは旅人向けのお守りを、数点紹介しようか。
まずは何より聖印。
神様には必ず特定の紋章があって、これが聖印。各宗教が掲げる旗印。
教会はそのマークを刻んだメダルやボタンや指輪なんかを、賽銭や布施の返礼品として信者に配っている。
身に着けていれば神様の御利益があって、事故や大病と無縁というわけ。
旅人には特に、ストラップなんかも。鞄に下げられるように。あるいは鍵と一緒に篭手に入れておけるように。
近くに教会がないときにはこの聖印に祈れば、神様の御前で礼拝した、と認められるんだそうだ。
どういう形の聖印でも、裏側を見れば必ず日付が彫ってある。製造年月でも清められた日でもないよ。
この聖印の効力は、この日時まで力を発揮します、という保証だ。
これを過ぎるとただの金属片に成り下がるから、その前に最寄りの教会に返して、お賽銭をして、新しいのを貰うようにってこと。
なんだよお布施の定期回収かよ、って言うと俗っぽいけど。
効果期間内に不幸があれば、その聖印と一緒に届け出ると、教会で手厚く見舞ってくれる。
一種の保険事業みたいなものかね。そういう意味では聖印は、とても現実的に効果があるんだ。
オレの身の上でも、神様を選びさえすれば聖印を持つことはできる。戒律で多信仰を認めてる神様のとこならね。
ていうか、根無し草には結構そういう人がいて、この前に宿場であった新婚冒険者カップルは、これがどこの街のなんて教会の聖印、これはあそこの大陸のこういう教会の聖印、ご当地グッズよろしく蒐集してた。
鏡刀、ってのがある。
刀身が山毛欅の葉っぱみたいな形になったナイフだ。
顔が映るほどピカピカに磨き上げられていて、実際に刃物というより手鏡として用いられる。
刃物、それから鏡に、それぞれ魔除けの力があるってのはオレたちの世界でも何となく聞いたことがある気がするけど、鏡刀はそれをドッキングしちゃったものか。
単純に護身用にもなるし、重宝されるのは不思議ない。
後ろで不穏な気配がしたら、鏡刀でそっと確かめなさい――とのこと。これは後をつけてくる不審者、背後に潜む敵を、気取られずに確認するための知恵かな?
あと、肉眼では見ることの出来ない呪いでも、多くが鏡には映るんだそうだ。
生活必需品としても便利。なにせ鏡だし、いざとなればナイフだし。
男女問わず、身だしなみのために使うことが多い。オレも髭を剃るのはこれだよ。鏡にして見て、剃刀代わりにジョリジョリ、また鏡を確認するの。
普段から鏡刀をピカピカにしておくと、美人になれるっていう言い伝えがある。それだけ身だしなみに気を遣いなさいよ、って意味だろうけど。うちの女性陣も朝夕にまめに砥いでいる。オレも、鈴剣の手入れのついでに。
鈴、ってのも実は魔除けにいい。
思えばオレが旅人ってんで、おやっさんたちはそういう意味も込めてこの剣を仕立ててくれたんだろうか。
通常の場合は、バッグや腰に付けたり、腕に数珠みたいに巻いたり。
魔除け、っていうか獣避けなのかもな。鳴り物があれば熊や狼は隠れるから。魔物も高い音、澄んだ音を嫌がるのが多いそうだよ。
ついこの間、仲間内でお揃いの鈴を持つことにした。
イグナのナノマシンから作ったやつだ。
これで互いの居場所が、少なくともイグナには分かるし、いざというときには鈴からワスプを作って助けてくれる。
キアシアは首から下げて、胸元へ仕舞った。
アインは篭手の鋲の一つに括りつけている。
オレは色紐で右腕に巻いた。ミサンガみたいでオシャレじゃないか。
オレたち三人がかりで、せっかくだからとイグナにも付けさせた。
おずおずと髪を飾った彼女の可愛さ。想像できるかな?




