急:後 ≪拷問≫
その日、陸歩はイグナの由来が兵器であることを再認識した。
戦闘能力はもちろんのこと、彼女には戦場で必要とされる能力の、思いつく限り全てが備わっている。
斥候、作戦立案、兵糧管理、医療、衛生、娯楽や建築、武器作成まで。
そして何より、捕虜尋問。
戦場において、情報は金よりも重い価値を持つ。
それを敵から搾り取る術、その重要度は、銃や防具にも比肩する。
イグナには無論のこと、凄烈な尋問拷問のテクニックがインストールされていた。
それは人の長い争いの歴史の中で研鑚されてきた、負の技術と言えよう。
桶一杯の水でもあれば、人を苦しめるには十分だ。
それより濃い液体となれば自白剤も同じこと。
そこに、嘘を貫く剣など合わされば。
「――さぁ、次です。どうぞ。さぁさぁ。
どうしました? もう止めにしますか」
うっぷ、とオルトは呼吸を詰まらせた。
手も足もない今の彼は、抵抗など出来るはずもない。
すでに意識も朦朧させているのに、強がりだけはまだ手離しておらず、大した精神力だ。
「じょー、とー、らよ……ほれぇ、よこへぇ……」
「いい飲みっぷりです」
いや、それにしても酒臭い。
「はい、つまみもどうぞ。燻製にしたチーズ、カシュカ大陸の温泉街モンプの名産です。
濃い味で喉が渇きましたか? ではもう一献」
「みゃ、ま……まへぇ……まだ……うっぷ」
「おやもう飲めませんか。
キアシアさんは?」
「飲むぅーっ!」
「だそうですが。
キアシアさんもお強いですね。
オルトは? もう脱落ですか? ですかそうですか甲斐性のないことですね」
「よ、よこせぇい! 飲んだらぁ!」
「いい男っぷりです。さぁさぁ」
泉の神秘性も薄れるというか。
辺り一面が酒臭い。
様相はまるっきり酒宴、飲み比べか。
オルトの右にはイグナ。
器に酒をなみなみ注いで、おかわり、またおかわりとオルトへ飲ませている。
要所でつまみを含ませるのは、血中アルコール度数の意味が一つ。もう一つは、腹に固形物を入れさせておく目論見が一つ。
オルトの左にはキアシア。
シャツのボタンがいつもより一つ余分に空いているのは、羽目を外している証拠だろう。
彼と一緒になって、同じペースで同じ量の酒をぐぱぐぱと鯨飲しており、すっかり上機嫌にニコニコ。……この同じペース同じ量というのが悪辣な罠で、これのせいでオルトは完全に自分の酒量を見誤っていた。
「お帰りなさい、リクホ様」
「おっかえりぃーっ!」
「あぁ、うん。取ってきたよ」
陸歩は、両肩に担いできた樽を下ろす。
船へ戻って取ってきた追加の酒だ。ワインとビールとさらに清酒を一つずつ。
わはぁーっと樽へ飛びついたキアシアは、愛おしそうに頬をすりすり。普段では考えられない姿、すっかりヘベレケのご様子。
イグナがさっそく拳で開封し、ピッチャー代わりの大ジョッキで掬った。
「さぁ飲みましょう。
今は敵も味方も、憂世も忘れて、酔ってしまえばいいのです」
「オぉルトぉ、はい、あぁーん」
すでに酔いどれのオルトの口に、女子たちが酒とつまみを交互に詰め込んで、キャッキャしている……。
だが実態を知っていれば、こんなもの、地獄の光景でしかない。
所在なく立ち尽くしたまま、陸歩は、アインに訊ねた。
「どんな具合……?」
「あれならもう時間の問題だろ」
羅刹はといえば、兎の防人とちびちび飲み交わしながら、すっかり打ち解けている。
「――するってーと、あんたはその聖剣の担い手の、弟子だったわけだ」
「弟子、と言えるほどきちんと習ったわけではありませんよ。
泉に沈む聖剣を狙った盗賊、それが私です。当時は冒険者を名乗って粋がっていましたが」
「担い手の技を身体で覚えちまうまで、何度も挑戦したって? 根性あるなぁ」
「そうしているうちに担い手様は、大切なことを私に教えてくれたのです。
あぁ、五十年以上が経った今でも思い出しますよ――」
どっちを向いても酒、酒、酒だ。
陸歩はため息を吐いた。
この場に一人、素面でとどまっているのは、なかなか辛いものがある。
突然、イグナがオルトをひょいと抱き上げた。
そのまま茂みの陰に連れていくと。
おろろろろろろ……。
「おいおい……」
つられて陸歩の喉の奥にも、すっぱいものがこみ上げる。
げっそりとしたオルトと、それを小脇に抱えて戻るイグナ。
口、濯ぐ? とキアシアが差し出すのもまた酒である。
「う、うぇぇ……」
「ほらほら、飲もうよオルト。吐いてきたならまた入るでしょ?」
「道理ですね。さぁさぁ、リクホ様がわざわざ持ってきてくださった樽が、まだ全然減っていないじゃあないですか」
「う、うええ……っ!」
こんなに厳しい拷問は初めて目の当たりにした。
寒々しいものを覚えた陸歩は、己の二の腕を擦る。
見ているだけでも十分にトラウマ足り得、たとえ年齢をクリアしても自分はしばらく飲酒はしないと心に誓う。
杯は進む。
「――あたしさぁ、エァレンティアの、少数人種の出なんだよねぇ。
オルトって、どこ出身なのぉ?」
「ぅ……うぇ……」
「あぁいけませんよキアシアさん、質問は。もし嘘で答えてしまえば剣が刺さってしまうんですから。
それに彼は、意固地になって答えないでしょう。
えぇいいんです、答えなくていいんです、飲めばいいんです」
「あーそっかそっかぁ。
んじゃあ答えないなら代わりに飲まないといけないわよねぇ飲みなさいよねぇ!」
ごぼぼぼぼ、とオルトが酒に溺れた。
キアシアはケタケタ、イグナはフフフと笑っている。
「変わっていますねオルト。貴方は鼻でも飲むのですか」
「すごいすごーい! ねぇ耳からは? 耳からは飲めないの?」
「うぇぇえぇ……ぼぇ……」
ケタケタ、フフフ。
鬼だろうが悪魔だろうが、今の二人には及ぶまい、裸足で逃げ出すに決まっている。
一転、キアシアが涙ぐみ始めたではないか。
「あた、あたし……あたしの、一族……あたしと、お姉ちゃんだけが、生き残りで……」
「キアシアさん……」
「故郷も……思い出も……全部、焼けて、なくなって、残ってなくって……っ」
「飲みましょう。飲んで忘れましょう」
「うぅん……話させて……」
「そうですか。
ではオルト、代わりに飲んでください」
「ま、ま、まて、まって、うぇ……」
「誰かが話すなら誰かが飲まなくては。それが世のルールというものでしょう。
オルトが話しますか?
あぁ吐きますか。連れて行って差し上げます」
おろろろろろろろ。
「すっきりしましたね。
さぁ飲みましょう、話しましょう。
食べましょう、語りましょう」
「お、れの……出身、は……」
「あぁいいんですよ無理して話さなくって。嘘を吐いたら胸を貫かれるのですし。
代わりに飲んでくれればそれでいいんです!」
「いう! はなす! おれの出身は、西で、諸島があって、」
呂律の回らぬ舌で、彼は必死に話した。
嫌というほど悟ったのだ。
話さなくては飲まされる。
話している間は、少なくとも飲まないでいられる。
後はもう、反吐のようにゲロゲロと。
「――だから、カナ、は、そこの街の、地主、だ、から、今でも……」
「なるほどなるほど」
「はぁいオルトぉ。ご褒美だよ、あーん」
「いや! いや! 話す! 待て! いやだ! 言うから!
魔女様が根城になさってるのは、」
「はぁいそんなの訊いてませーん」
「飲むのです。さぁ飲むのです。
話したい? 生意気をおっしゃる。
貴方はまず飲むのです。ほらほらほら」
ごぼぼぼぼ。
おろろろろ。
「なぁリクホ」
とアインが声をかけた。
「酒はな、嗜むくらいにしといた方がいいぞ」
「見りゃわかるわっ!」




