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急:前 ≪目的≫

 なんというか。

 まったく面白くない。


「はい、オルト。あーん」


「くそが……こんな(はずかし)め……あー」


「しょうがないでしょ。あんた今、文字通(もじどお)り手も足も出ないんだから。

 美味(おい)しい?」


「…………ちっ」


「お い し い ?」


「うめぇよ、うめぇ。くそっ」


「よろしい」


 なんというか。

 まったく面白くない。


 今のオルトには、介護(かいご)必須(ひっす)なのは、まぁ仕方(しかた)のないことだ。

 ()に落ちないはそれを、キアシアが(とく)に相談も必要とせずに進んでやっている。

 自分の食事も置いて、敵であるはずの男の口へ、ナイフで細かくした料理を運ぶ彼女。


 なんというか、まったく面白くない。

 陸歩はそういう気持ちばっかりで、(もう)(わけ)ないことにゼオが()()してくれた丁度(ちょうど)いい()具合(ぐあい)(きのこ)も、ろくに(あじ)わわずに延々と咀嚼(そしゃく)していた。


「ずいぶん()()けたもんだよなぁ?」


 とアインがキアシアを見て、陸歩を見て、ニヤニヤしがら揶揄(からか)うように言う。

 イグナも、こちらは心配のニュアンスで。


「ストックホルム症候群(しょうこうぐん)の可能性があるかと」


「なにそれ?」


 首を(かし)げるキアシアに、イグナより先にアインが口を出した。


「だから、(さら)われて監禁(かんきん)されてる間に、ころっと(ほだ)されたんじゃねぇのかってことだろ? なぁ?」


「は?」


戦場(いくさば)なんかだとよく聞く話だぜ。敵に捕まって捕虜(ほりょ)になってみたら、思いのほか丁重(ていちょう)()()されたもんで、あっさり懐柔(かいじゅう)されて寝返(ねがえ)るなんてのは」


「はぁ!?」


「特にそれが、男女ってんじゃあ何が起こるかなんて、誰にも分からんもんだ」


「ち、」


「――キアシア」


 腰を浮かせて反論を口走(くちばし)ろうとした彼女を、陸歩がそっと、しかし強く(さえぎ)る。

 依然(いぜん)として全員の胸に刺さったままの剣を指差(ゆびさ)した。


「今は(はず)みでは、何も言わない方がいい。

 ……もし、本当に『そう』でも、オレたちは、別に……だから」


「……! ……っ」


 耳まで真っ赤になりながら、それでも何とか理性を働かせたキアシアは、(すわ)(なお)して水筒(すいとう)をぐいと(あお)った。

 本当に『そう』ではないか、自問(じもん)自答(じとう)する()をたっぷり取ってから。


「いや、違う……違う、違うからね!? そんなんじゃないからっ!」


 剣は、半透明のまま。

 そのことに、なぜだろう、陸歩はホッとする。


「ただ……ちゃんと(あつか)ってもらった分、あたしもオルトの尊厳を(おか)すような真似(まね)、したくないだけ」


「十分プライドぼろぼろだぜ、おれぁよぉ」


 愚痴(ぐち)っぽいオルトに、キアシアがムッと顔をしかめる。

 アインは余計にニヤニヤしながら、いま食べ終わったばかりの(くし)焚火(たきび)(ほう)()み、席をオルトの(とな)りへ移った。


「お前のほうはどうなんだよ? キアシアのこと、気に入ったか? まんざらでもねぇんじゃねぇの?」


「…………」


「返事できねぇか? 剣が刺さっちまうもんな!」


 がっはは、と笑い飛ばされても、オルトは(くや)しそうに(くちびる)()んで沈黙を(たも)つばかり。

 おや、これは。

 案外(あんがい)


「リクホ様」

「うん。かもね」


 ()ぎった可能性を二人が検討(けんとう)、するまでもなく、アインがさっさと実行に移してしまう。

 こういうとき軽率な人間は、まず行動できる(ぶん)、便利かもしれない。


「オルトよぉ、だったらお前もこっち来たら?」


「……あぁ?」


「キアシアは別に、リクホのってわけじゃねぇぞ。

 あれ、違うよな?」


 こいつには本当に、デリカシーというものがないんだろうか。


「オレ……オレのじゃ、ないけど」

「そりゃあ、違うけどさ……」


「な、オルト、こういう具合よ。

 お前も鞍替(くらが)えしたら? 毎食キアシアの飯が()えるぜ」


「ふざっけんじゃねぇ」


 怒りも(あら)わにオルトは()()てる。


「おれはテメェみてぇな恥知(はじし)らずとは(ちげ)ぇんだよ……!

 大恩(だいおん)ある魔女様を裏切って、よりにもよってジュンナイリクホの下になんかつけるか!」


「恩なんかあんのお前? おいおい、えらい奴を相手に()り作ってんだなぁ、(しぼ)()られんぞきっと」


「黙りやがれ!」


「いや待て待て待て」


 いい加減、陸歩は()って入った。


「いろいろ、言いたいことはあるんだけど……。

 まず、さ。アインさ。……お前、こっち側なの?」


 途端(とたん)羅刹(らせつ)が目を()いた。


「おいおい……今さらになってそんな(さび)しいこと言うかよ!」


「いや、だって……」


「同じ(かま)(メシ)食った仲だろう!?

 ほら、あれだよ。なんだ? スト、スタック……?」


 イグナが「ストックホルム症候群ですか。この場合はあてはまりませんが」と言うのも無視して。


「もう友達だろうが俺たちゃ!」


「あぁ、そう……?」


 まぁアインの胸に剣が刺さらないから、(うたが)うこともしないけど。


 ちらりとゼオを(うかが)う。

 彼はじっと火に見入(みい)っており、耳をこちらに向けるでもない。

 徹底(てってい)して干渉(かんしょう)しない態度。


 ならば内密にすべき話も、してしまって()(さわ)りないか。


「じゃあ、むしろアインにまず()きたいんだけど。

 ――魔女の目的って、何なんだ?」


 ふっ、と羅刹は口角(こうかく)を上げた。


 魔性の者どもを(したが)え、各地で(じゅ)()()らし、大陸まで(おびや)かして。

 ついには原初(げんしょ)の神まで(まね)いて。

 そうまでして、あの魔女が目論(もくろ)(こと)とは。


 (あご)に手を当てて、たっぷりと勿体(もったい)ぶってから。


「知らねぇ」


「…………はぁ?」


「いや、なんか、『存在の高度を上げる』だとか『高次元へ(いた)る』だとか、何だかは聞いたことがあるんだけどよ。

 意味わかんねぇだろ? 意味わかるか?」


「……お前、それで、よく手ぇ()してられたな」


「ほら俺って用心棒みたいなもんだから」


「…………」


 (あき)れて(もの)も言えないが。


 存在の高度。

 高次元。

 それが意味するところとは。


「……神様か?」


 すなわち、神様の()まで辿(たど)()こうとしている?

 神格を()ようと画策(かくさく)している……。

 もしそうなら。


「そうなのか? どうなんだよっ!」


 立ち上がった陸歩は、オルトの肩を(つか)んで()()めるも。

 見つめ返す(ひとみ)は、ぎらり、敵意に(するど)い。


「知るか。知ってたとしてもお前に教えるかよ」


「…………」


 意固地(いこじ)をぶつけられて、ため息が出る。

 力も()けた。


「オルト……お前、本当に知らないんだな」


「あ……」


 知らぬと()っぱねて、剣がそのまま。

 つまり嘘偽(うそいつわ)りなく、本当に知らぬということ。


 失言(しつげん)とはこのことで、オルトは羞恥(しゅうち)と怒りで真っ赤だ。


 陸歩はもう一度ため息。


「知ってそうな人、誰?」


 ゼオから新たな(くし)をもらったアインが、塩を()りかけながら。


「さて。カナかリャルカかメディオか。ムミュゼもか?」


 最後のは初めて聞く名前だが。


「十六人いて四人かよ……」


 ならばそのいずれかを(おび)()す必要がある。

 あるいはこちらから(たず)ねるか。


「そいつらの居場所は?」


「メディオんちも知らなかったんだぜ、俺は」


「だったな……。

 オルトは知ってる?」


「…………」


「なるほど、(だま)るってことは今度は知ってるんだ」


 では。

 ここからは、荒っぽくしなくてはいけない。


「イグナ、お願い。

 情報さえ出てくるなら、多少(たしょう)(こわ)しても(かま)わないよ。

 本人も覚悟してるだろうから。なぁ?」


「…………っ!」


「かしこまりました」


 いよいよ尋問(じんもん)の出る(まく)で、心まで(くろがね)にした彼女は、瞳孔(どうこう)無機質(むきしつ)にフォーカスさせる。



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