破:後 ≪聖剣≫
防人であるからには、当然ゼオも何らかの武芸者だろう。
その腕は、扉の樹の加護を得て、一層冴え渡っていることも予想していた。
だが、それにしても。
「く――――」
躱せなかった。
陸歩は兎の挙動を、意識で捉えるのが精いっぱいだった。
身体を反応させる間はない。
負け惜しみだが、完全な不意打ちだ。
躱しようもなく、胸に深々と剣が突き立っている。
どこから取り出した剣か。
ゼオは着ている襤褸がはためくのを掌で払ってから、改めて腰を下ろし、静かに見つめてくる。
その赤い瞳から、感情を読み取ることは出来なかった。
「か、」
胸に突き刺さった剣。
陸歩にだけではない。
イグナにも、キアシアにも。
アインにさえ。
この一瞬で、四人へ同時に打ちこんだのか。
驚愕が全身を貫く。
衝撃に息を詰まらせた。
意味も分からず、喘ぐばかりで、震える手で刺された剣の柄を掴もうと。
「…………? あれ?」
どうも様子がおかしいと全員が気付いた。
痛くない。
血が出るでもない。
苦しくすらないのだ。
というより、触れている感触さえしない。
「なんだこりゃ」
顔をしかめたアインがぐっと引っ張って抜こうとする。
その躊躇いのなさ。
身体を貫通している――少なくとも見かけ上は――ものを、そんなに乱暴に出来るなんて、軽率というか命知らずというか。
が、抜けない。
「おい? これ一体どういう冗談だ」
「刺した者にしか抜けません。
説明は致します故、あまり余分に話されないほうがよろしい」
「あぁ?」
胸に深く刺し込まれた剣。
その柄は鉄……いや、よく磨かれた木製で、革や糸も巻いていない。
鍔も木製、というか柄と一連だ。特別な飾りもない、質素な意匠である。
刀身は泉の水面と同じく、瑠璃色に輝いていて、宝石のよう。指先でそっと触れてみようとすると……触れない。
この刃は、何だろう、霊体か何かで出来ているのだろうか?
「それは、魂へ食いこむ楔の剣」
ゼオは自身の纏う襤褸を捲って見せた。
フサフサとした獣毛の胴から、覗いているのは柄。それも無数に。
この防人もまた、その身に同じ剣を刺している。
「イェーニヒの扉の樹は、鍵をつけません。
代わりにこの柄が実ります。
泉に沈められた聖剣と、同じ刃の備わる柄。
しかしその刀身は、普段は存在しないのです」
ゼオが自身から引き抜いた新たな柄を差し出し、それを陸歩はおずおずと受け取る。
矯めつ眇めつ。
確かに刀身がない。仕込みや折り畳み、というわけでもなさそうだ。
返すと、ゼオはそれを、自分の喉の辺りに向けた。
――音もなく瑠璃色の切っ先が飛び出し、彼を貫通する。
見ている陸歩たちは、あっと声を上げそうに。
だが本人は、喋るのにすら支障ないようで。
「と、このように、言葉持つ者を指した際にのみ、半分が顕現します」
「半分?」
「肉体には干渉しません。
ただし魂は留められています。
もし刺されたまま、問いに嘘で答えたら。もう半分が実現することになる」
なるほど、嘘が吐けない、とはそういう仕組みか。
命がけになる意味も理解した。
だが。
陸歩は慎重に言葉を選ぶ。
うっかり剣に実体化されたら大事だ。
「ゼオさん。オレたちが真実を聞き出したいのは、この四人の中じゃなくって」
「そちらの樽の中身ですか」
「えぇ。
なんで、オレたちのは、抜いてもらえると」
「いけません」
きっぱりと断られる。
「真実を求め、真実を問う者は、自身もまた真実のみを口にしなくてはならない」
「……この街の規則ですか」
「ものの道理です」
「なるほど」
では仕方ない。
全員、余計なことは口にしないように、と仲間内でアイコンタクト。頷き合う。
アインが樽を蹴って破った。
「…………」
中から零れる、オルト。
身体は腰の辺りまでが生え、腕も肘くらいまでが再生している。
話はずっと聞いていたようで、呪わしげな目をギラギラとさせていた。
オルトの影が動く。
だが次の瞬間には、アインが彼の首筋へ、フランベルジュをぴたりと添えている。
「お前ってさ、そういえば首を掻っ切ればさすがに死ぬのか?」
「…………」
「大人しくなったとこみると、そうみてぇだな」
「…………」
ゼオが再び、柄の一本を陸歩へ手渡してくる。
どうぞご自分で。という意味だろう。
オルトの身体を木の幹に寄りかからせ、その胸を瑠璃色の刃で突いた。
そしてようやく思い出して、噛ませていた猿轡を外してやる。
途端にぺっ、と唾を吐かれた。
陸歩はそれを炎を発して撃ち落とす。
「それ、賢い態度じゃないと思うけどなぁ」
「なにを訊かれようが、おれぁ答えねぇぜ。仲間ぁ売るくらいなら死んだ方がマシだからなぁ!」
強がりでなく本心だろう。
何せ剣が実体化していない。
というか、そもそも、だ。
この方法……懸念があって。
「オルト。お前って能力について教えてくれる?」
「あぁ!? 何も答えねぇっつったろうがぁ!」
剣はそのまま。
……つまり、これ。
「リクホ様。ちょっとよろしいでしょうか」
同じところを考えていたらしいイグナに呼ばれる。
見張りはアインに任せて、陸歩・イグナ・キアシアは額を寄せ合って相談。
「どうやら、剣に貫かれるのは、本当に『嘘を吐いた場合』のみのようですね」
「だなぁ。反論したり、沈黙したり……質問に答えなきゃいくらでも抜け道あんじゃんコレ」
「返事するように誘導とか強要とかしなきゃいけないってこと?」
「ですね。
プランはあります。そのためにはまず――」
ゼオを振り返る。
彼は「そちらの事情には関知しない」というスタンスを態度で示すためなのか、焚火の前に座り直し、炙った茸の具合を確かめているところだ。
「ワタシたちも昼食に致しましょう。
オルトさん、お腹が減ってらっしゃいますでしょう?」
「減っ、……ったよ」
咄嗟に強情を口走ろうとして、呑み込んだのだろう。
あれ……この男。
ひたすら黙ってればいいのに、つい咄嗟が出るタイプか。
「上手く丸め込めそうな予感がします」
イグナがそう耳打ち。
うん、オレも、と陸歩はこっそり口角を上げる。




