結:急 ≪看病≫
キアシアが熱を出した。
無理もない。張り詰めていた緊張の糸がふっつりと切れたのだろう。
そうでなくとも、何の備えもなく砂漠の真ん中へ放り出されたのだ。陸歩の俊足に負ぶわれてすぐに離れたとしても、身体に降りかかった負荷はいかほどか。
医者に診せたところ、過労から出た風邪、とのこと。たっぷりの睡眠とまめに水分を摂るように言われ、薬を貰った。
イグナもまた眠り続けている。
一度は目を覚ました。エネルギー充填が完了して。
だが今度は、新たに手に入れた機能に対しAIの自己アップデートが必要だそうで、そのための睡眠だ。
作業進捗を口頭でカウントダウンし続けることは可能ですが、と彼女は申し出たが。瞼を開いたままひたすらパーセントを読み上げられるのも、正直、相当不気味なので、陸歩は彼女におやすみを告げる。
並べたベッドで、それぞれ昏々と眠る少女たち。
普段の恩を返すように、陸歩が甲斐甲斐しく世話をする。
キアシアの額に浮いた汗を拭ったり。
ストーブに薪をくべ、上に置いた薬缶に水を足したり。
本当ならダンブリールへ担ぎ込むのが一番だ。
治癒神ケイカウルムの街へ。
しかし、陸歩は前回のことを思い出してしまった。
アインとの決闘の後、自分たちをあの『療墓』へと連れてきたのは魔女に他ならない。
魔女の息がかかった土地、とまではまさか思わないにしても。捕らえた魔女の手下を連れて、のこのこと訪ねていいものか。
次に思いついたのは師匠のところ。
けれども、これは明らかに厄介事。
恩人の元へ、そんなものを持ち込むのは躊躇われる。
何よりアインを、不用意に達人を近づけるのは、飢狼に肉をちらつかせるようなもの。
それでも味方は欲しい。
キアシアが倒れ、イグナが休眠し、オルトまで捕らえている状態で、もし畳みかけるように魔女一派に攻め込まれたら、今度こそ危うい。
有難いことに陸歩はこれまでに、困った時に助けてくれそうな友を、それなりに得ているが。
その中で、最も魔女に抗しているのは。
ノック。
侍従の誰かだろうか。
「どうぞ」
「――失礼する。
彼女たちの具合はどうかな」
入室してきた人物に、陸歩は驚きながら、跪いて礼を取ろうとする。
が、先方はそれを手で制した。
せめて姿勢を正した陸歩は。
「どっちも落ち着いてます。
ありがとうございます、女帝様」
果物を携えてやってきたのは、誰あろう、レドラムダ女帝レディナ・デウ・ベラルマ・レドラムダ。
甲冑でもドレスでもなく、市民の普段着と変わらない装いの彼女は、ただ友人として見舞いに来てくれたのだろう。
ここはレドラムダ大陸首都、リンギンガウ、その城下。
この決断も、陸歩はだいぶ迷った。
魔女たちの攻撃で傷つき、ようやく立ち直ろうとし始めているレドラムダへ、少しでも連中との火種になり得るものを、持ち込むべきか、と。
そしてやはりネックになるアインの存在。
あの羅刹こそがこの首都を襲撃し、一度は更地にした下手人に他ならず……絶対に脱ぐなと言い含めたフードとマスクを、奴はちゃんと守っているだろうか。
それらの懸念をおしても、陸歩は女帝に報告すべきことがあったのだ。
魔女らの手によって不気味に造り変えられていた、平定神の神器。
すでに陸歩は、女帝の配下を借りて、メディオの工房へ踏み込んだ後だ。
……しかしそこには、置手紙一つが見つかったのみで、もぬけの殻だった。
「座ろうか」
おそらく訪問の本題はその件だろう。
女帝は椅子に掛け、陸歩に対面を勧める。
「――すみませんでした」
話に先んじて、陸歩が頭を下げた。
「うん?」
「オレの甘さで……あいつらと取引なんて、そもそも間違いだったんです。
あいつらは、そんなに誠実じゃなかった。レドラムダがされたことを思えばわかりそうなもんなのに。
そのせいで、神器が……」
「あぁ、いや。それはいい」
いやよくはないか、と苦笑を滲ませて。
「君を責めるつもりは毛頭ない。盗まれたのも取り返せていないのも我々だ。
だが……連中は、平定神様の神器で、何をするつもりだ」
「……確か、メディオは」
もっと大きく別なものを生むための装置、そう言っていた。
もっと大きく、別なもの。
「魔獣とか、でしょうか?」
「大いにあり得るな。神器を犯して作ったとなれば、その獣はさぞ悍ましい呪いを帯びることだろう」
「……絶対に阻まなくてはなりませんね」
「君の手土産は、そのための材料になるかね」
オルトの身柄のことである。
現在あの男は、封印魔術の拘束下で治療を受けていて、そこにアインもぴったりとつかせている。
驚異的な生命力で一命は取り止めるであろう見込みで、遠からず尋問も出来るかもしれない。
それ以外にも、未だ陸歩の手の中に握られている、リャルカとカナの鍵。
どちらかの心臓を抉れば、警告になるだろうか。
「――――」
陸歩はまた、思い出す。
メディオは言っていた。
魔女には原初神と陸歩を、会わせる準備がある、と。
「リクホ?」
「あ……はい。
おそらくは、オルトは手札になると思います」
「そうか。
――ところで、本題なんだが」
ほ、と陸歩は首を傾げる。
本題。
今のは違ったのか?
「よかったら、リクホ、このあと一緒に夕食でもどうだろう。
君も看病に付きっ切りだったろう? 少し自分を労わらないと。
何なら、晩餐をこっちに運び込もうか」
「あ、ありがとうございます」
それに、と女帝はいたずらっぽく目を眇める。
「約束を果たしてもらわないとな」
「約束……」
「忘れたのか? 我が子が生まれたら、抱っこしてくれるんじゃなかったのか?」
あぁそういえば、確かにそんな約束をした。
……というか、陸歩は今さらながら、自分の失態に気付く。
イグナもキアシアもこの通りだったから、指摘してくれる人もいなかった。
まだ、女帝様に、ご出産のお祝いを、言葉ですらしていないじゃないか。
ご子息か? ご息女か? それすら。
名前さえも訊いてない。
なんたる無礼。
「す――いませんでしたぁっ!」
ほとんど土下座の勢いに、女帝は苦笑する。
「よいよ。君たちも大変なところをくぐり抜けて、ここへ転がり込んできたのだから」
「いえ……謹んで、夕食の御伴をさせていただきます」
「うむ、苦しゅうない。
あぁあと、アムニスのことなんだがな」
「妹姫様?」
「うん。どうも機嫌が悪いんだ。君の新しい連れと会ってからかな」
あぁ、と額を押さえたい気分だ。
アインめ。
あれだけ気を付けろと言ったのに。
「気にかけてやってくれるか? あの娘も、リクホに会いたがってる」
「えぇ、それはもう」
是非に。
なんなら今すぐにでも。




