結:破 ≪帰還≫
口をいっぱいにする粒は、砂か、塩か。
「――べっ! ぺっ!」
陸歩はじゃりじゃりを吐き出しながら、肩まで埋まった身体を起こす。
太陽が容赦なく照り付けていた。
地面が白と黄色で、反射して眩しい。
目の前に広がるのは延々と砂漠。
区切る壁はなく、煉瓦敷きの地面も篝火も。
「…………、戻ったのか」
自分から落ちている影にハッとする。
だが影は、当たり前に影でしかなく、陸歩に従って形を変える以外には動かない。
誰かがむせた。
キアシアだ。
駆け寄った陸歩は、手を貸して彼女を助け起こす。
「あ、ありがと……。
これ、なに、塩?」
「みたいだな」
砂漠の表面温度でキアシアが火傷をしなかったのは、これに包まれたおかげか。
だがその塩も見る間に熱せられ、香りすら立つ。
向こうからはアインがやってくるところで、今まさに篭手から鍵を抜いて塔剣を霞のように消した。
自分のフランベルジュで肩を叩きながら、途中で鈴剣を拾って陸歩へと投げて寄越す。
「よう。オルトはどうした?」
と、問われても陸歩だって状況に翻弄されっぱなしだ。
「分からない……いやそれよりも! イグナはっ?」
見回しても人影は、この三人のみ。
他に立っているものといえば痩せ細ったサボテンくらいのもの。
顎を撫でてから、アインは愛刀の切っ先をその場に突き刺した。
そして柄頭を篭手の甲で数回ノックすると、数歩先を指差す。
すぐさま陸歩がそこの砂を掻いた。
キアシアも手伝おうとしてくれるが、危険な温度だから下がらせる。
ほどなく表出する、眠ったように目を伏せるイグナの横顔。
「イグナっ、イグナ!」
呼びかけると、う……と呻いた。
陸歩は彼女を抱き起こし、面食らう。この娘、裸じゃないか。
咄嗟に目を逸らすしかない彼に代わって、キアシアが自身の暑さも顧みずに外套を脱ぎ、イグナへとかけた。
「もうしわけ、ござ、いません……」
弱々しく陸歩の手を握るイグナ。
その手には、オーゼンフォリオの鍵が。
「不覚に、も、ガ、ス欠で、す。
エネルギー、効率を、再検討、いたします……」
「いや。ありがとう。助けられた」
心から労うと、彼女は満足そうに微笑み、再び目を閉じた。
休眠モードに入る。
機械存在であるイグナには通常睡眠は必要がなく、これまで燃料の枯渇もなかったから、思えば本物の寝顔を見るのはこれが初めてだ。
陸歩とキアシアは妙に感慨深い。
その時、アインも別の地面から、お目当てを引きずり出す。
「見ぃーっけ」
「ぐ…………ぁ…………」
オルトだ。
その身体には、頭部と肩、胸元と、いま羅刹に掴まれている左腕しか残っていない。
それでまだ生きているのだから、この男は本当に魔物なのかもしれない。
欠損部分から血の代わりに、黒い靄が噴き出していて、目をつぶったままなのはもしかしたら視力が潰れたか。
ずいぶん面積の減った肌には、至るところに生々しい火傷が。
あまりの痛ましさにキアシアは息を呑む。
陸歩が同じく息を呑むのは、その部品の足らない身体に、既視感を覚えたから。
だがアインには情けも容赦もない。
「何か言い残すことあるか?」
問われても、今のオルトには聴覚も働いているか怪しい。
「ま、待って! 殺すのは!」
「あん?」
本人の代わりに命乞いを差し挟んだのは、キアシアである。
アインから、そして陸歩から向けられる怪訝な目に、うっと怯みながらも。
「殺すのは、待って……」
この男が魔女の手下だということは分かっている。敵だということは。
自分が攫われ、陸歩を誘き出すための餌にされたことも。
さっきまで命を懸けて戦っていた相手だとも。わかってはいる。
……だとしても、キアシアにはどうしても、彼がこんな風に処刑されなくてはならない悪人だとは、どうしても。
やれやれと頭を振るアイン。
「マジかよ、驚いたな。まさか、たった一日でこいつに誑かされたのか?」
「そんなんじゃなくって……」
キアシアは強く、陸歩からの視線を意識しながら。
「だから、その……利用価値が、まだあるんじゃないの?
情報を聞き出すとか……。
人質に、なるとか。魔女との交渉に使えるんじゃないかなって。ほら、フェズのときみたいに」
「そこで取り付けた約束が破られて、今こうなってんじゃなかったのか?」
「……リクホぉ」
水を向けられ、陸歩はため息を吐く。
頭で考えればアインの言う通り、オルトはここで始末してしまうに越したことはない。
尋問や取引も、相手が信用できなければまるで無意味。
むしろ敵戦力は積極的に断っていくべきでは。
けれども、結局彼は自分の心に従うことにした。
「ざっと処置して、医者に連れていこう。それまで生きてられるかはそいつ次第で」
「おいおいおい、本気かよ」
少なくとも、キアシアの目の前で斬首にするような真似は避けたい。
それが今の陸歩の全部で、後は取り繕いの言い訳だ。
「フェズのときのことを思えば、魔女の手下が交渉の場に出てくる可能性は高い。そこを叩くって手もあるからな。
今度はオレたちが、こいつを餌にしてやろうぜ」
お優しいこって、と吐き捨てながらもアインは、だが殺害を強行することはなく、オルトから篭手だけ奪った。
「賭けてもいいが、リクホ、後悔するぜ」
「その賭け、乗った」
互いに鼻を鳴らし、さぁ、この砂漠を去らなくては。
すでにキアシアはいるだけで苦しげに息を荒げ、止めどない汗を流していた。




