結:序 ≪偽神≫
レドラムダ大陸南部、オーゼンフォリオ。
『塩の城』と通称される街。
海水を湛えた巨大湖を擁し、産出される塩は良質・高級。
初代女帝時代から栄える大陸の要地で、扉の樹の樹齢は700年を超える。
この地を語るなら、上記の通りまずは塩、次いで湖になるだろう。
しかしオーゼンフォリオの最たる恵みは、陽の光にこそある。
建物や衣類を白く染め、日傘の常用が必要なほど、強く照らす太陽。
塩を生む母は海水だが、父はこの陽光だ。
年を通して燦燦と注ぐ日差しは、周囲と比してもオーゼンフォリオにのみ一際強く暖かく、これは神の恩寵か。
雲をも裂いて街へ降る日光は、まるで天上への階。
――錠前が鍵より引き出すのは、その特性。
イグナのはだけた胸元から、覗くは穿たれた鍵穴。
これこそが、監獄の賢者の知恵に従って、世界最高の人形師の手で埋め込まれた、原初神の錠前である。
「イグナ……!」
主より投げ渡されるオーゼンフォリオの鍵には、へその緒のように千切れた鎖が連なっていた。
彼女は受け取った鍵を、胸へ差し込む。
直面する危機を打破する為に。
主人の為に。
「あ……っ」
自らを貫き流れ込んでくる情報の量に、イグナはそっと息を零した。
背筋をぞくり、駆け下りるパルス。
見開かれた双眸で、虹彩が極彩色に輝いた。
機械の喉で啼く。
【key: Auzenfolio を認証。
Code:Demi-God を受諾。
ライブラリ参照。神域照会。
パターン検索…解釈実行…最適を抽出…表現プランを構築…】
通常のCode受諾とは異なる感覚。
イグナはまざまざと感じていた。
身体の外でなく内側が変形、変質していく……。
それを待つ義理はオルトにはない。
「なんも、させるかよぉ!」
突如、ジュンナイリクホの従者が自分に鍵を突き刺したのだ。
自身の影から兵を繰り出す。
如何なる手段を講じてくるかは分からないが、こうなったら奴らの影を啜り取る悠長もせず、その首を刎ねる――
【当機は、これより、偽神体化を実行します。
I vow eternal love.】
イグナの身体中へ、高揚と熱が漲った。
内側から溢れ出し零れそうなほど。
殺到する影の尖兵。
少女は躊躇いなく衣服を脱ぎ捨てた。
「――――っ!!」
しかし誰も、彼女の裸は臨めない。
まるで太陽の化身。
全身の肌、髪、細胞粒子の一欠片からも発火、燦然と輝き始めたではないか。
直視しようなどという不埒者は、たちどころに目を焼かれる。
影より出でし連中など、ひとたまりもなく消し飛んだ。
「ぐおぁああああっ!」
あまりの熱。
いやそれよりも、あまりの光。
浴びせられたオルトが苦しみのたうつ。
あまりの光。
この狭い庭園に、当たらぬ箇所などないほどに満ちる光。
影すら蒸発する光。
浄化の光。
アインですら呼吸を乱し、火炎の肉体を持つ陸歩ですら視界を霞ませた。
伏しているキアシアは僥倖である。
「て、め、えええ! おん、なぁああああ!!」
光の中で、オルトの鎧が溶けてなくなる。
その肩から、増えた腕も。
そしてついには、彼自身まで。
「――貴方はご自身を、影だと言った」
イグナの口調は苛烈だった。
今の彼女の舌は、燃え盛り踊る炎そのものだからだろうか。
「貴方はここを、影の中だと言った」
「やぁめろぉおおおおぉおおぉ!!」
「では、灯りに晒し続ければどうなるのでしょう」
煉瓦敷きの地面。
中央に設けられた篝火。
周囲の壁。
二十の陣。
二十の山羊たち。
全ての黒は照らされ、光の白へ溶けていく。
次々に溶解し、後には白い結晶が砂のように舞うばかり。
「消えなさい。
――いえ。
晴れなさい、闇よ!」
オルトからはもはや、慟哭すらない。
喉も光へ溶けていくからだ。
上げる音もまた、呑み込まれていくから。
ついには空間を封じていた天井も消え去る。
現れるのは雲一つなく晴れ晴れとした碧空。
その頂点に雄々しく座すは、本物の太陽で。
イグナはそこに神の視線を検知し、畏敬の念を微笑みで示した。




