表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
254/427

転:序 ≪生立≫

 オルトグウサ・シオラキオ。

 その人生は、(した)しき者たちの犠牲(ぎせい)(いろど)られている。




 西方に、呪術師が支配者階級となって(おさ)める諸島(しょとう)があった。

 オルトはここの、最も古き血脈(けつみゃく)、その嫡男(ちゃくなん)として生まれる。


 弟は九人。

 妹は十一人。

 腹違(はらちが)いというわけではなく、この地の女は大抵(たいてい)多産(たさん)で、母はオルトが十三になるまでにきちんと二十人の弟妹(ていまい)(そろ)えた。


 あえて、母は二十人を生んだのだ。

 ()いて、母は二十人を生んだのだ。

 いくら多産でも、十三年で二十人は尋常(じんじょう)でない。

 呪術、霊薬(れいやく)、その他にも(はばか)られるような手段を用いて、夫の血を引く子を余分(よぶん)に二十人。

 母は代々の(なら)わしとして、夫と家と、そして何よりオルトのために、二十人を生んだ。


 夫、つまりオルトの父もそうだった。

 祖父(そふ)もまた。

 シオラキオの長子(ちょうし)は代々、二十人の弟妹を持つ。

 ただしそれらが大人になることはない。

 オルトは叔父(おじ)の顔も叔母(おば)の顔も知らない。存在すら聞かされていなかった。


 オルトは知らなかった。

 弟が、妹が、何のために生まれてきたのか。

 まさか弟が、妹が……自らへの(にえ)として、生まれてきただなんて、(つゆ)とも。


 野掛(のが)けや寝食(しんしょく)(とも)にし、傷までも()けた弟たち。

 (あらし)の日には手を(つな)ぎ、雪の日には背に()ぶい、(いつく)しんだ妹たち。

 オルトは愛の深い男だ。

 同胞(はらから)たちこそが彼の無二(むに)の宝だった。


 彼が十八歳を(むか)えるまでは。


 重い闇の()()める地下祭壇(ちかさいだん)

 二十の(じん)それぞれへ、宝たちが(かせ)に繋がれ(ひざまず)いている(さま)を。

 目の当たりにした瞬間の、オルトの心が、想像できるだろうか。


 家督(かとく)()ぐため、かねてより父から受けていた呪術の手ほどき。

 (ねずみ)を使ったことはある。

 (かえる)も使ったことがある。

 二十の陣で(かこ)い、描き出す、シオラキオ伝来(でんらい)魔方陣(まほうじん)

 犬猫だって使ったことがある。

 『本番』では黒山羊(くろやぎ)を使うぞ、と言われていた。


 山羊だと。


 月の始めに、地下祭壇を(おとず)れるのは長子の役目だ。

 蝋燭(ろうそく)(あか)りでも払えない影が(こご)り、夏でも吐く息の白くなるこの広間が、オルトは(いく)つになっても好きになれなかった。

 動物の血を(しぼ)るようにして(おこな)う呪術は吐き気がするほど胸糞(むなくそ)が悪い。

 それでも一族の繁栄(はんえい)()(くだ)けば家族の安寧(あんねい)のために、必要な儀式であると思えば。

 (にな)(ほこ)らしさも、確かにあった。


 今宵(こよい)、流れた血は。


 父の影に取り押さえられた。

 中央の祭壇(さいだん)()えられた。

 怒り。

 (かな)しみ。

 慟哭(どうこく)

 絶望(ぜつぼう)

 父の呪術の(にえ)にされる予感。

 ……せめて、その予感が当たっていれば。自分も山羊の一頭だったなら。


 強引にこじ開けられたオルトの口へ、流れ込んだのは影だ。

 弟から、妹から、陣から伸びて押し寄せた影が、彼の中へ我先(われさき)にと(もぐ)()んでくる。

 指先まで破裂(はれつ)するかと思うほど黒で満たされ、意識は漆黒(しっこく)(つぶ)れた。


 次に目が覚めたとき。

 (うごめ)(おのれ)の影を見て、オルトは(さと)ったのだ。

 あれが誰のための儀式であったのか。

 弟妹たちが、誰のための(にえ)であったのか。


 激昂(げきこう)のままに父へ歯向かい、放り込まれた一日中(あか)りのない座敷牢(ざしきろう)の中で。

 オルトの涙は一瞬たりとも()れない。

 弟を(いた)んだ。

 妹を(あわ)れんだ。

 いつしか目の前には彼らの似姿(にすがた)が真っ黒に立ち上がり、オルトは。


 次に月の出ない夜が来て。

 そして朝焼(あさや)けを浴びたのを最後に、オルトは故郷を捨てた。

 彼の去った後に、島はなく。

 ただ彼の影が、高くなりゆく太陽に、ことさら黒い。


 以来、傭兵(ようへい)として、足の向くままどの大陸へも(おもむ)いた。

 渡り歩いた街の数は百や二百ではない。

 ときには地元の愚連隊(ぐれんたい)や、(あら)くれどもの自由軍、盗賊団をまとめ上げ、頭目(とうぞく)(かつ)がれたことも。

 海へ出て海賊生活をしていた時期もある。

 冒険者を気取ったとき、魔物の討伐隊(とうばつたい)生業(なりわい)としたときも。


 世界を流れ続ける間に、オルトは自身に()みついた呪いに気付いた。

 (した)ってくる者が後を()たないのだ。

 特に、行き場のない者、()()めた者、人生を()(あま)した者。

 それらについ、手を()()べてしまうのがオルトの悪い(くせ)

 彼らが旅にくっついて来て、(こば)んでも兄貴(アニキ)だの(カシラ)だのと呼んでくるのは、いらない世話(せわ)を焼くオルトの自業自得である。

 生来(せいらい)性分(しょうぶん)という呪い。


 邪険(じゃけん)な態度を取りながらも。

 増える仲間たちに、(つか)()覚える安息(あんそく)

 血ではなく、(きずな)で結ばれた同胞(はらから)、家族。

 無二の宝。


 だが、オルトはほどなく、自身に染みついた呪いに気付いた。

 集まってくる者たちと。

 戦いの中で失われて行く、大切な宝たち。

 その数が、いつしか()()っていく。


 自分についてこなければ、むざむざ死ぬこともなかったろうに。

 自分のために、一様(いちよう)に満足げに死んでいく仲間たちを、オルトは忘れることが出来ない。

 手の中で冷たくなっていく仲間たちの名を、オルトは一人たりとも忘れない。


 (とむら)い、彼らの死を背負(せお)うため、最も()むべきシオラキオの二十陣にて、(むくろ)の影を(すす)()み続けるうちに。

 オルトは我が身に染みついた呪いを理解した。

 自分についてきた者は、命が長持ちしないのだ。

 まるで、(にえ)となるために寄ってきたかのようではないか。

 自分は、自分の愛した者を、自分を愛した者どもを、食らってしまう先祖伝来(せんぞでんらい)のケダモノ。


 そうだ。あの儀式で、自分は魔物となったのだ。

 魔術師・呪術師より、もっと下等。

 ()(あつか)う者ではなく、魔によって()がった物。

 魔力でなく、生態(せいたい)で、影を()む人ならざるモノ


 気付いてしまえば、誰かが(そば)にいるのがひたすらに怖い。


 仲間たちと離れると、胸の内で固く決めた。

 月のない夜を待って、誰にも()げず、闇に(まぎ)れて一人で()った。


 その日のことだ。

 アジトが敵対者の夜襲(やしゅう)を受けたのは。


 オルトが取って返した時にはもう遅い。


 オルトは、自身に染みついた呪いを理解した。




「――あらぁ。それなら尚更(なおさら)、アタシのところに来なさいよぉ」


「殺しても死なないようなのを集めてるから。

 んふっ、あなたと同じか、それ以上に(のろ)わしい連中よ?」


「約束するわ、オルト。アタシたちは絶対に、あなたを孤独にはしない」




「――……ごめんね、オルト。あの時言ったこと、嘘になっちゃったわね」


「え? ……いいけど」


「オルト……『()む』つもり?」


「……いいわ。

 でも、ダメよ、オルト。一人で背負うのだけは。

 ヤーグラムくんの死は、アタシたち全員の痛みなんだからね」


「アタシたちは、仲間なんだから」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ