転:序 ≪生立≫
オルトグウサ・シオラキオ。
その人生は、親しき者たちの犠牲に彩られている。
西方に、呪術師が支配者階級となって治める諸島があった。
オルトはここの、最も古き血脈、その嫡男として生まれる。
弟は九人。
妹は十一人。
腹違いというわけではなく、この地の女は大抵が多産で、母はオルトが十三になるまでにきちんと二十人の弟妹を揃えた。
あえて、母は二十人を生んだのだ。
強いて、母は二十人を生んだのだ。
いくら多産でも、十三年で二十人は尋常でない。
呪術、霊薬、その他にも憚られるような手段を用いて、夫の血を引く子を余分に二十人。
母は代々の習わしとして、夫と家と、そして何よりオルトのために、二十人を生んだ。
夫、つまりオルトの父もそうだった。
祖父もまた。
シオラキオの長子は代々、二十人の弟妹を持つ。
ただしそれらが大人になることはない。
オルトは叔父の顔も叔母の顔も知らない。存在すら聞かされていなかった。
オルトは知らなかった。
弟が、妹が、何のために生まれてきたのか。
まさか弟が、妹が……自らへの贄として、生まれてきただなんて、露とも。
野掛けや寝食を共にし、傷までも分けた弟たち。
嵐の日には手を繋ぎ、雪の日には背に負ぶい、慈しんだ妹たち。
オルトは愛の深い男だ。
同胞たちこそが彼の無二の宝だった。
彼が十八歳を迎えるまでは。
重い闇の立ち込める地下祭壇。
二十の陣それぞれへ、宝たちが枷に繋がれ跪いている様を。
目の当たりにした瞬間の、オルトの心が、想像できるだろうか。
家督を継ぐため、かねてより父から受けていた呪術の手ほどき。
鼠を使ったことはある。
蛙も使ったことがある。
二十の陣で囲い、描き出す、シオラキオ伝来の魔方陣。
犬猫だって使ったことがある。
『本番』では黒山羊を使うぞ、と言われていた。
山羊だと。
月の始めに、地下祭壇を訪れるのは長子の役目だ。
蝋燭の灯りでも払えない影が凝り、夏でも吐く息の白くなるこの広間が、オルトは幾つになっても好きになれなかった。
動物の血を絞るようにして行う呪術は吐き気がするほど胸糞が悪い。
それでも一族の繁栄、噛み砕けば家族の安寧のために、必要な儀式であると思えば。
担う誇らしさも、確かにあった。
今宵、流れた血は。
父の影に取り押さえられた。
中央の祭壇に据えられた。
怒り。
哀しみ。
慟哭。
絶望。
父の呪術の贄にされる予感。
……せめて、その予感が当たっていれば。自分も山羊の一頭だったなら。
強引にこじ開けられたオルトの口へ、流れ込んだのは影だ。
弟から、妹から、陣から伸びて押し寄せた影が、彼の中へ我先にと潜り込んでくる。
指先まで破裂するかと思うほど黒で満たされ、意識は漆黒に潰れた。
次に目が覚めたとき。
蠢く己の影を見て、オルトは悟ったのだ。
あれが誰のための儀式であったのか。
弟妹たちが、誰のための贄であったのか。
激昂のままに父へ歯向かい、放り込まれた一日中灯りのない座敷牢の中で。
オルトの涙は一瞬たりとも枯れない。
弟を悼んだ。
妹を憐れんだ。
いつしか目の前には彼らの似姿が真っ黒に立ち上がり、オルトは。
次に月の出ない夜が来て。
そして朝焼けを浴びたのを最後に、オルトは故郷を捨てた。
彼の去った後に、島はなく。
ただ彼の影が、高くなりゆく太陽に、ことさら黒い。
以来、傭兵として、足の向くままどの大陸へも赴いた。
渡り歩いた街の数は百や二百ではない。
ときには地元の愚連隊や、荒くれどもの自由軍、盗賊団をまとめ上げ、頭目と担がれたことも。
海へ出て海賊生活をしていた時期もある。
冒険者を気取ったとき、魔物の討伐隊を生業としたときも。
世界を流れ続ける間に、オルトは自身に染みついた呪いに気付いた。
慕ってくる者が後を絶たないのだ。
特に、行き場のない者、食い詰めた者、人生を持て余した者。
それらについ、手を差し伸べてしまうのがオルトの悪い癖。
彼らが旅にくっついて来て、拒んでも兄貴だの頭だのと呼んでくるのは、いらない世話を焼くオルトの自業自得である。
生来の性分という呪い。
邪険な態度を取りながらも。
増える仲間たちに、束の間覚える安息。
血ではなく、絆で結ばれた同胞、家族。
無二の宝。
だが、オルトはほどなく、自身に染みついた呪いに気付いた。
集まってくる者たちと。
戦いの中で失われて行く、大切な宝たち。
その数が、いつしか釣り合っていく。
自分についてこなければ、むざむざ死ぬこともなかったろうに。
自分のために、一様に満足げに死んでいく仲間たちを、オルトは忘れることが出来ない。
手の中で冷たくなっていく仲間たちの名を、オルトは一人たりとも忘れない。
弔い、彼らの死を背負うため、最も忌むべきシオラキオの二十陣にて、骸の影を啜り呑み続けるうちに。
オルトは我が身に染みついた呪いを理解した。
自分についてきた者は、命が長持ちしないのだ。
まるで、贄となるために寄ってきたかのようではないか。
自分は、自分の愛した者を、自分を愛した者どもを、食らってしまう先祖伝来のケダモノ。
そうだ。あの儀式で、自分は魔物となったのだ。
魔術師・呪術師より、もっと下等。
魔を扱う者ではなく、魔によって曲がった物。
魔力でなく、生態で、影を呑む人ならざるモノ
気付いてしまえば、誰かが傍にいるのがひたすらに怖い。
仲間たちと離れると、胸の内で固く決めた。
月のない夜を待って、誰にも告げず、闇に紛れて一人で発った。
その日のことだ。
アジトが敵対者の夜襲を受けたのは。
オルトが取って返した時にはもう遅い。
オルトは、自身に染みついた呪いを理解した。
「――あらぁ。それなら尚更、アタシのところに来なさいよぉ」
「殺しても死なないようなのを集めてるから。
んふっ、あなたと同じか、それ以上に呪わしい連中よ?」
「約束するわ、オルト。アタシたちは絶対に、あなたを孤独にはしない」
「――……ごめんね、オルト。あの時言ったこと、嘘になっちゃったわね」
「え? ……いいけど」
「オルト……『呑む』つもり?」
「……いいわ。
でも、ダメよ、オルト。一人で背負うのだけは。
ヤーグラムくんの死は、アタシたち全員の痛みなんだからね」
「アタシたちは、仲間なんだから」




