起:急 ≪行軍≫
グィングルム大陸、カピタ砂漠は過酷な環境だ。
照りつける太陽に炙られた空気は灼熱に達し、水を一滴たりとも残さず蒸発させる。
隠れられる影もなく、何の備えもない生き物は、たちどころに干からびてしまう。
この地では虫も動物も植物も、進化と淘汰の中で熱と渇きに適応してきた。
それでも死は常に付き纏い、水分の獲得、食料の調達には……いやそれどころか、ただ次の日を迎えるにも、厳しい努力が要される。
人間などは。
頑強な外殻もなく、身体の大部分を水で構成し、温度に正直なタンパク質しか持たない人間などは。
立ち入ることすら難しい。
知恵の外殻で覆い、身体の大部分を工夫で構成し、温度に嘘つきな質を偽造しなくては。
場合によっては呼吸にさえ火傷の危険が隣り合わせ。
念入りな準備がなくては砂上を歩くこともままならない。
そんな壮絶な土地の、しかも昼日中を。
日除けの外套を被っただけの三人が、悠々と走破していく。
砂を蹴立てる、陸歩、イグナ、アイン。
いくつの砂丘を超えたか。
砂塵にいくら巻かれようとも、彼らの速度は一向に落ちない。
どころか先行する陸歩は、さらに足を速めている。
やがて彼方に捉える、黒く昏く、輪郭も朧な楼閣。
あれが。
あそこに。
「――オルトの根城だ」
アインが言い、それに誘われたかのように、正面門からオルトが姿を現す。
この距離でも否応に目立つ。
黄色がちな砂原の中で、反り返る赤の鶏冠は、特に。
携えた戦斧は熱に濡れたように輝いている。
まるで、我こそがこの地この大陸の主と言わんばかりの仁王立ち。
「野郎……っ」
陸歩は、見た。卓越した視力ではっきりと。
あの男の口元に張り付いた、笑みを。
「イグナ、アイン! 言ってある通りに!」
「承知いたしました」
「へいへい。従ってやりますよ」
三人それぞれの膝から下を包む、機甲のブーツが変形する。
彼らが履いているのはOreder,Code:Formulaの脚部限定形態であり、それが今、移動距離と残存エネルギーの考慮をかなぐり捨て、更なる加速装置を起動させた。
イグナを先頭に、アイン、陸歩と続く縦列は、スリップストリームを得るため。
三位一体で彼らは、放たれた矢の速さ、鋭さで楼閣を目指す。
オルトが、迎え撃つが如く、一歩を踏み出した。
その足元から影の兵士が立ち上がる。
「お出ましだぜ!」
吠えるアインは、歓喜に震えていた。
影の兵士はぴんと背筋を伸ばし、威風堂々、胸を張る。
その足元。
太陽を背にした影の兵士から伸びる、影。
それもまた、むくりと身を起こした。
「あれが……っ!」
なるほど。
陸歩は舌を打つ。
影から生まれる兵士。
兵士から生まれる影。
その繰り返しで敷かれる、オルトの私軍。
――影から生まれる兵士。
――兵士から生まれる影。
あっという間に数は千を超えただろうか。
万に迫ろうか。
アインとオルトに聞いていた通りだ。
だが。
怖じて退くつもりはない。
「突撃します」
密集陣形を作り、長槍と盾を構える影兵士、第一波。
こちらの一番槍を務めるイグナが、何の躊躇いもなく、真正面から突っ込んでいく。
「リクホ様!」
「Order! Code:behemoth!」
【Code:behemoth を受諾】
イグナの籠手から瀑布さながらに砂鉄が溢れ出た。
それは一瞬のうちに乙女を包み上げ、華奢な身体を何倍にも膨らませーー巨大な四つ足の獣へと変貌させる。
Code:behemoth。
その威容は、猪か、サイか、あるいは象か。
大地が揺れる。
山が躍動しているかと見紛う。
「 b b h h h h h a a a a a a ―――― !!!」
ベヒモスの咆哮が吹き抜けた。
兵士どもは巨獣に、紙のように蹴散らされる。
だが痛みも恐怖も感じない、個すらない影の兵は、すぐに二波が、三波が、武器を手に手にベヒモスへと押し寄せた。
嘶く獣。
千切れるヒトガタ。
この騒乱の最中にあって、オルトは依然、手下の頭数を増やし続けている。
人海戦術、とはよく言ったもの。
いや羽根飾りを頂いた影兵どもの群れは、黒い稲穂に見える。
アインが躍りこんだ。
「はっはぁーっ!」
フランベルジュが閃く。
天高く舞い上がる、首、首、首。
その個数。
すぐさま霧散するそれらが束の間、空に暗雲を作ったほど。
「――――っ」
陸歩は、ひたすらに駆け抜ける。
極光の翼を露わに、紫電を力いっぱいで放った。
陸歩は、ひたすらに駆け抜ける。
殺到しかけた兵たちは、片端から形を失った。
見据える先に、オルト。
交わされる互いの視線。
交わされる互いの殺気。
「来いやぁ、ジュンナイリクホぉっ!」
「オぉルトぉっ!」
抜き放たれる鈴剣、打ち捨てられる鞘。
振りかぶられた戦斧。
斬撃が、今、交錯――
「、なに、っ?」
「ぃよーう、オルトぉ」
オルトの斧を受け止めたのは。
波打つ刀剣。
陸歩ではない。
割って入り、立ち塞がる、アイン。
陸歩は、軽やかに跳んでいた。
神威の翼がはためく。
そしてオルトの肩を足場に、さらに跳んで、脇目も振らずに楼閣を目指す。
「っ、んの野郎ぉ!」
踏みつけにされたことに、素通りされたことに、オルトは青筋を浮かべて追おうとするも。
羅刹が余所見を許さない。
剣閃がオルトの追走を遮る。
「こらこら、待てよ」
「アイン! すっこんでろテメェはぁ!」
「そういうわけにゃいかねぇんだな。
うちの大将は多忙で、お前なんぞの相手はしてられんとよ」
今度こそブチリと、オルトから激昂の音が響く。
それに引き換え、アインの笑みは粘っこい。
「代わりと言ったら僭越だが、不肖アインヴァッフェ・イリューがお相手致そう」
「……裏切りモンがぁ」
ボコボコと、オルトから激昂の音が響く。
彼の影から。沸き立つ音が。
「上っ等だぜぇ、アイン! 先テメェからぶっ潰してやらァゥ!」
まるで間欠泉。
墨のより黒く昏く、重たい闇が、オルトの感情に呼応して噴き出した。




