急:後 ≪鶏冠≫
陸歩の掌で、炎が燃え盛った。
凍てつく地下室に、熱風が逆巻く。
紅蓮に照らし出された黒曜石の人体樹木は、表面がぬらぬらと濡れたように映り、輪をかけて不気味である。
こんなものを。
こんなものを、せっせと作っていたなんて。
「メディオ。約束と違うよな、これは」
彼の口から出る言葉も、また業火の苛烈さ。
かつて赤錆の決闘場で交わした約束。
魔女の一党は、陸歩たちが預かった少女の身柄を引き取る。
代わりに、レドラムダ大陸から簒奪した神器を、修理して返却する。
修理の話が謀りであったなら。
今、陸歩がされているのは、宣戦布告に他ならない。
鈴剣を置いてきたことを不覚に思う。
「こういう場合、オレたちが対抗措置に、どうするか。わかってんだろ」
リャルカの心臓。
カナの心臓。
それらを抉り出すための鍵は、陸歩の手の中だ。
あるいはこちらにそうするだけの度胸はないだろうと、高を括っているのだとしたら。
メディオは、聞いているのか、いないのか。
目を伏せて、顎を上げて、胸いっぱいに呼吸をしている。
「おい。メディオっ」
「あぁ――ありがとう、リクホ」
「あん?」
本当に話を聞いていないのか。
再び開いた双眸は涙で潤み、鼻をすすりあげてさえいるではないか。
「ありがとう、リクホ。今、ボクの腕の中に、アイネがいる」
言っている意味を理解するのに半秒かかる。
そして上の階で、イグナかキアシアか、それともまさかアインか、あるいはメディオ自身アイネ自身か。が、上手く事を運び、こじれていた問題が解決したらしいことを悟る。
だがもはや、陸歩にとって現状はそれどころではない。
「あ、そ。嫁さんと仲直りできたんだ」
「うん。君たちのおかげ。きっかけをくれたのは君たちだ。感謝してもし切れない」
「よせ。オレはもうお前らの感謝なんか信用しない」
捕虜の引き渡しは、単にこちらの手札を失しただけのことだった。
その事実に、陸歩は自分でも不思議なくらい、失望している。
レドラムダの襲撃を思い出せば、この連中はどんな悪逆も非道もやってのけると、分かっていたはずなのに。
自分のことを友達と……そう呼んだメディオに、まだ何か、期待していたのだろうか。
眦を拭ったメディオは、申し訳なさそうに肩を竦めた。
「告白がこのタイミングになったのは、仲間たちと、友達である君を天秤にかけた、歪な結果だよ。
ごめんね。
これは魔女殿の計画の要になるから。仲間たちのためにも、ボクはこれをどうあっても完成させなきゃいけなかった。
でもリクホを騙し続ける罪悪感に、いい加減、耐えきれなくもなったんだ」
「よく言う」
タイミングというなら、陸歩がリャルカへ脅しを突き付けたのが、ついこの前だ。
次に来るときは納得のいく説明と報告を持ってこい、と。
そして、まさに今夜が明ければ、その期日。
「誤魔化してるのが限界になっただけの話じゃないのか」
態度の頑なな陸歩に、きっとある程度は図星だったに違いない、メディオが目を眇める。
「我ながら盗人猛々しいことを言うけどね?
リクホ、今は当初ほど、平定神の神器を求めているわけじゃあないでしょう」
「…………」
それもまた図星ではある。
ナユねぇの身体を創るという、全てに優先する陸歩の目的。
しかしだ。
魔女は、全身のどこにも欠けたるところのない原初神を連れていた。
陸歩の神も、あの女性はナユねぇであるという旨を、一応は言っている。
優先順位は変わった。
いま最も必要なのは。
あの女性の正体を、確かめること。
「じゃあ……なにか。メディオは、オレを原初神に会わせてくれるっていうのか」
「うん」
あっさりと首肯されたではないか。
「こちらには、というか魔女殿には、その準備があるよ。
整ってないのは、むしろ、リクホの態勢って聞いたけど」
ユノハにかけられた、手順の呪いのことか。
思ってもいなかった返答に、陸歩は虚を突かれた思いだ。
だが、気を取り直して。
今さらあっさりと、彼らを信じるわけにはいかない。
「魔女の手下には、そういう態度じゃないのも、いるみたいだけど?」
現にカナには、鍵師の隠れ里ではっきりと、我らの貴賓に会わせるわけにはいかないと言い切られた。
……いや。
その直後に魔女と、眠る原初神に対面することになりはしたのだ。
つまり、魔女の思惑と高弟たちのスタンスは、一貫していない?
然りと、メディオが答える。
「魔女殿を慮るあまり、仲間内で意見が分かれるってことが、結構あってね。あの人もあえて束ねようとしないし。
魔女殿の大切なゲストである原初神様に、君を会わせるかは、高弟の中でも真っ二つに割れてるよ」
「…………お前たちは、一体何をしようとしてるんだ?」
そんなふうに上意下達もままならず、けれども凡人とは一線を画す才能たちが集い、神器を元に不気味な呪具を創り出して、大陸を丸ごと敵に回してまで。
狙いは一体何なのか。
メディオは、答えようとしたはずだ。
その口を、何者かの手が塞いだ。
「んぐ、」
「――メディオよぉ。そいつぁ余分なおしゃべりだろぉよ」
忽然と現れた男。
陸歩は見た。
その男は、メディオの影から立ち上がったのだ。
「ジュンナイリクホはお前の友達かもしんねぇけどよぉ。
おれたちの敵にも違いねぇだろうが」
赤い頭髪をトサカのように立てた男。
眉を剃り落とし、代わりに刺青を入れた男。
サラシに、呪言を書き連ねた羽織を纏った男。
大振りの片手斧を携えた男。
「こいつぁ、これ以上、知る必要なんかねぇ。
そうだろ? 計画のこと考えりゃ、そうだよなぁ?
原初神様に会う必要もねぇ。
…………いやぁ、もっと言えぁよぉ」
ぱっと、メディオを突き飛ばすように放した男は。
斧を振り上げ、陸歩へと躍りかかった。
「これ以上、生かしとく必要だって、ねぇよなぁっ!」




