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序:前 ≪訪問≫

 固く高く閉ざされた門扉(もんぴ)、その支柱(しちゅう)の前に、キアシアがしゃがむ。

 「あたしがやりたい」と彼女自身が希望したのだ。

 そこの地面には鍵が()さっており、これを、回した。


 途端に、目の前の敷地内で、建物が(うごめ)く。


 あっちの塔がこっちへ移動。

 こっちの壁があっちへ移動。

 そこにあった屋根がそっちの屋根と連結し、舗装(ほそう)された地面が裏返って新しい建物が生えて、代わりに要らない部分は沈むように片付(かたづ)けられて。


 グニャグニャチグハグ七色をしたメディオエディオの屋敷は。

 ()()に形を変えていった。


 その(さま)と、天才の根城(ねじろ)威容(いよう)を見て、アインは(あき)れたように鼻を鳴らす。


(みょう)な奴だとは思ってたけど、やっぱり妙なとこに住んでんだな」


「来るの初めてなのか」


 陸歩が問うと、肩をすくめて。


「うちのサークルは、パジャマパーティする感じじゃなかったから」


 屋敷の変形が終わった。

 門は開け放たれ、母屋(おもや)への一本道が出現している。


「…………」

「…………」

「…………」


 しかし、陸歩もイグナもキアシアも、待つ姿勢で。アインはすぐに()れた。


「…………。入らねぇの?」


「いやぁ、出迎(でむか)えが来ると思うんだけど」


()()(ちゅう)かしらね」


「アイネさん全員が、というのも考えにくいですが」


「面倒くせぇなぁ、いいじゃねぇか入っちまえば、開いてんだから」


 ちっ、舌を打って腕を組むアイン。

 この男は明らかに頭よりも腕っぷしのタイプで、必然というか、()ちぼうけにはあまり向いていない。


 (なだ)めるつもりで陸歩は、世間話を()る。


「アインから見てさ、メディオって、どんな人?」


「あぁ? あー……別に、どうとも。よく知らねぇよ」


「元でも仲間だろ?」


「そうだけど。

 そもそも、(から)みがなかったんだ。

 俺は威力部門だし、あっちは(もっぱ)ら研究職だもんよ」


 口ぶりは投げやりで、どうにもそっけない。

 はぐらかしている、というわけでもなさそうだし、本当に接点が(うす)かったのか。


「ざっくり言っちゃうと、あんまり、関心がない感じか?」


 陸歩の(いだ)いている懸念(けねん)を、アインは先回りして(さっ)したらしい。

 この羅刹(らせつ)自身が魔女へ突きつけた言葉だ。「もうあんたにも、あんたの子飼(こが)いの連中にも、手ぇ出していいってことだよな?」

 フランベルジュの(つか)をぞろりと()でて、「心配しなくても出会(であ)(がしら)()びかかったりしねぇよ」と言い置いてから。


「メディオエディオが『()の層』ってのを多数所持してるのは知ってる。

 んでも……あいつとやり合おうって気は、あんまりしねぇなぁ。

 よく知らねぇけど、あいつ自身のすごさって、俺たちとは別ジャンルだろ? 拳でやり()めても、自慢になんなそうじゃねぇ?」


 なんというか。

 そういうこと、ちゃんと考えて、判断してるんだ――それが、陸歩たちの感想である。

 それもまた空気と彼らの態度から察したらしいアインは、少しむくれてみせた。


「俺のこと、狂犬かなんかだと思ってたか」


「うん……まぁ、正直、わりと?」


()みつくぞこの野郎」


 あ、とキアシアが声を上げた。そして大きく手を振る。


 屋敷から小走(こばし)りで、手を振り返しながらやってくる、メディオエディオ。


「やぁ、やぁ、お待たせして(もう)(わけ)ない。

 久しぶりだね! リクホ、イグナちゃん、キアシアちゃん!」


 少し、陸歩の態度は微妙(びみょう)である。

 最後にあった時、あまりいい別れ方をしなかった。

 明確に『対立』の語を口にして。

 かつ、メディオは『友達』と言い残して。


 だが少なくとも今は、敵対や制圧のために(おとず)れたのではないのだから。


「その……悪い、急に押しかけて」


「気にしないでくれ。嬉しいよ。

 …………それから、」


 視線交わす、メディオとアイン。

 両者の間に、あたかも走った紫電(しでん)

 それぞれ、何を思うのか。


「やぁアイン。元気そうだね。何よりだよ」


「そういうお前は、あんまり息災(そくさい)には見えないぜ」


 全くその通りだった。

 メディオの、元より(くせ)の強い髪は、今こそボサボサ。

 無精髭(ぶしょうひげ)も生やしたままで、目には(くま)が濃い。

 羽織(はお)っている白衣は(よご)()みが目立ち……言ってしまえば……彼、臭いが……。


 申し訳なさそうに、誤魔化(ごまか)すように、メディオは曖昧(あいまい)に笑う。


「今ちょっと、家の中が、()れててね。

 とにかく、どうぞ。応接室になら、足の踏み場はあるから」


 思わず、陸歩はイグナとキアシアと顔を見合わせる。

 あの有能(ゆうのう)(きわ)まるメイドはどうしたのか。

 彼女がいる限り、メディオの身の回りが荒れるなんて、考えられもしないが。


 案内されるまま踏み込んだ屋敷の中は。


「ごめんね、散らかってて」


「おいおい……」


 アインが辟易(へきえき)とするのも無理はない。

 足の踏み場うんぬんは、誇張(こちょう)でも何でもなかった。

 各部屋から(こぼ)れだしたゴミが、廊下を埋め尽くしているではないか。


「ねぇ、メディオ」


 誰も()けないでいたところを、恐る恐る、キアシアが(たず)ねた。


「……アイネさん、は?」


「あぁ、うん。ボクら、結婚してね」


「「「は?」」」


 どんな予想とも異なる返答。

 三人とも声が裏返る。アイン以外。


「あ、そう、へぇ、そうなんだ?」

「おめでとう、ございます?」

「え、え? いつ?」


 メディオは苦笑い。


「でもって、今、家庭内別居中(かていないべっきょちゅう)で」


「「「は?」」」


 天才だからって、そんなところまで突飛(とっぴ)な必要があるのだろうか。


 だが本人はとにかく弱り切っている様子で、やおら振り返ると陸歩たちへ向かって、自分の顔の前で両手を合わせて見せた。


「来てくれて本っ当に嬉しい! お願いだよ君たち! どうにか、アイネの機嫌(きげん)、なんとか、直してくれない……?」


「え……っとぉ……?」


 家庭内別居にまで発展してて、機嫌がどうとか言う問題か。

 そういうところにメディオの問題の片鱗(へんりん)があるような気がしつつ。

 陸歩はとりあえず女性陣へ、目で意見を求める。


 あぁ返ってくる視線の、(けわ)しいこと。


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