承 ≪地図≫
適材適所。
それこそがナルメルク商会、ヒューイ・ナルメルク会長の金言である。
その座右の銘に従って、彼はどんなガラクタでも集める。
世界中を見れば、それを欲しがっている人間は、必ず存在するから。
「神の創り出した神聖なるこの世に、本当に不要なものなど存在しません」
いるもの・いらないもの、は環境状況・風土風習・慣習常識によってたちまち変わる。
いらないものなら安く売ってもらえる。
いるものなら高く買ってもらえる。
適所から仕入れた適材を、適所へ卸す。
商人の基本にして本質である。
適材適所。
またそれは、ヒューイ会長の会社運営のモットーでもある。
「人はそれぞれ、得手が異なる。
だからこそ、従業員のそれを見定め、最も力を発揮できる場を与えることこそが、雇用主の腕の見せ所です」
この場合は適『才』適所と言ったほうが正確かもしれませんね、とヒューイ会長は言う。
ゆえに商会は徹底的に部署を細分化されている。
次々に案内されるフロアに、連なる大小さまざま幾つもの、部・課・室・係。
商品があまりに多様で、取り扱う社員をばらけさせないといけない、というのも理由だろうが。
これこそ、適所、を浮き彫りにするため。
そんな大企業が縦に横に連携し合う、その相互システムはなかなかの見ごたえだ。
一枚の注文書を追いかける形で、ヒューイ会長に案内される陸歩たち。
注文書を集め、種類と日付と街ごとに分配する部署。
注文書の写しを作成する部署。
注文書の写しを保管する部署。
注文書を適切な部署へ配達する部署。
注文の品を揃える部署。
注文に従って在庫から品物を取り出す部署。
注文の品を包装・梱包する部署。
注文者への発送準備を整える部署。
配達員を手配する部署。
まだまだ続く。
だが陸歩の童心をなにより強く刺激したのは、社内中に張り巡らされた、セピア色のパイプだ。
社内郵便に用いられる気送管である。
なんとも、スチームパンクで、クール。
試しに触らせてもらったが、書類入りのカプセルをこの管へ詰めると、流れる空気に乗じて運ばれて行く。
社屋の地下にある専門部署が、これを受け取って、送るべき部署の管へ詰め直すという仕組み。
「送風には魔法の力を使っています」
カピタ砂漠中に、商会の立てた風車があり、そこに描かれた魔方陣と、気送管内に描かれた呪紋が連動しているのだそうだ。
「魔力が老朽化する前に、同じことの出来るカラクリが、発明されればよいのですが」
注文書の記録、在庫の記録管理にも、魔具が導入されている。
巨大なガラスの瓶の中、羊水に浸かる大きな脳みそ……龍の脳を元にしたというその魔具は、何億という文字を記憶し、ケーブルで接続された自動筆記魔具によって自在に出力できるという。
「いやはや……なんとも」
陸歩はため息を吐いた。
「さすが、世界に類を見ない大商会。
どこの街でも見たことのないようなものばかりです」
「お褒めに預かりまして。
では、弊社のとっておきを、どうぞ」
「――――」
招かれたフロアに。
陸歩は、イグナも、キアシアも、アインだって。
息を呑んだ。
「これは」
鍵だ。
夥しい鍵。
透明のケースに収められ、ずらりと並ぶ鍵、鍵、鍵。
奥の壁には、一面を覆うほど大きな地図。
要所要所に立てられたピンには番号が振られ、鍵たちのケースにもそれぞれ番号が。
どんな宝物庫となら、この部屋は比べられるだろうか。
これを集めるために、どれほどの財が投じられたのか。
「あの噂は、」
陸歩の声も、つい上擦る。
咳払いで自分を落ち着けて。
「本当なんですか?
ナルメルク商会は、全ての扉の樹の、鍵を持っているって……」
ということは、あの地図は、世界地図ということになる。
前人未踏の地がいくつも残る、この世界全土の地図など、存在するとも思っていなかったのに。
ヒューイ会長は、力強く頷く。
「はい、全てです。
もしここにない鍵をお持ちなら、言い値で買い取らせていただきますよ。
――ナルメルク商会は、世界の果てまで行ってきました。世界の外縁を見てきたのです」
「…………」
思わず、陸歩はアインを見る。
魔女ならば同じ企みをしたことがあるのでは、という意図で。
彼は肩を竦めて「知らん」と示しただけだった。
イグナが興味深そうに進み出る。
「つまり、そちらの地図は、世界の果てまでが、記されたものでしょうか。
……四角くないのですが」
彼女の言う通り、大陸や海洋が描かれているそのキャンバスは長方形でなく、アメーバのような不定形だ。
だがヒューイ会長は、それを未確認でも不備でもないと言う。
「はい。少なくとも五年前に確認した段階では、世界の縁は、そういう形をしています」
「……これでは、どうやっても、球にならないかと思われますが。
地球儀はないのですか」
「……球? 地球儀とは?」
いったい何のことだろう、会長はそういう素振り。
その意味。
きっかり十秒間考え込んだイグナは、己が電脳の導き出した答えに、驚きに目を見開く。
「つまり、この世界は、どこまでも、平面で続いているのですか?」
球に閉じていない大地。
その事実に、陸歩も思わず空いた口が塞がらない。
自分たちの故郷と、この世界は異なるのだと、ここまでで十分に心得てきたつもりだったけれど。
「じゃあ……果てってのは、本当に、果て?」
「えぇ。私もこの目で見ました。
あの地図の切れ目のところで、空と海と大地は終わっていた」
「どんな、場所なんです……?」
古代の地球平面説を思い出しながら、陸歩は訊ねた。
その先から宇宙の闇が始まり、海水が大地の断崖から、滝のように虚空へ流れ落ちている……そんなイメージか。
ヒューイ会長は、勿体ぶるように、たっぷりと含み笑いしてから、答える。
「夢のような景色でしたよ。文字通り、比喩でなく、ね」




