承 ≪応接≫
扉の樹まで出迎えに現れたその男性を、陸歩はてっきり、ボディーガードかと思った。
長身を、盛り上がる筋肉で固め、スキンヘッドに四本頭のムカデのタトゥー。
日によく焼けた肌に、なによりゴツゴツとした手は、歴戦を感じさせる。
首から下をくまなく覆うように帯を巻き、その他の衣類はズボンとサンダルだけという格好で、これはグィンガルム大陸砂漠地帯の伝統スタイルだそうだ。
そんな彼の先導で、辿り着くのはアウゼンナハルのナルメルク商会本社社屋。
通されたのは会長室だ。
赤絨毯に、骨董と思しき花瓶に絵画、クリスタルのシャンデリアに、白亜の女神像。ガゼルの剥製が雄々しい。
そして男性は、陸歩たち一行にソファーを勧めると、自らはデスクについた。会長室の、一つしかないデスクに。
ようやく勘違いに気付く。
この人、ボディーガードなんかじゃなくって……。
「では、ご用件を伺いましょうか」
「えっと……まずは、お時間いただき有難う御座います。お会いできて光栄です――ヒューイ・ナルメルク会長」
し損ねていた挨拶を慌てて述べた陸歩は、デスクまで寄って手を差し出した。
握手を受け取ったナルメルク会長は、にっこりと力強く微笑む。
「礼には及びませんよ。貴方がたは、私の時間を買ったお客様だ」
会長の言う通り、陸歩たちはアポイントを買ったのだ。
注文書に記入し、街頭に設置されているポストへ投函。
ほどなく配達員が請求書を持ってきて、その場で耳を揃えて払った。
その後は、すぐにここ。
決して安い買い物ではなかった。それなりの出費。
まぁ、そんなあけすけなことは言わない。
一番手っ取り早くアウゼンナハルへの訪問が叶ったのだから、何ら不満もないし。
安い買い物ではなかったでしょう。
会長も、そんなあけすけは言わない。
けれども内心では思っているに違いない。
どこからどう見ても旅人でしかない陸歩たちが、一体何のために大枚をはたいて面会を取り付けたのか。好奇の色が双眸に浮かんでいる。
秘書らしき女性たちが、ティーセットを運んでくる。
テーブル、デスクにそれぞれ並べられていく茶の用意に交じって、琥珀色の液体が封じられた瓶が。
会長はポットには目もくれず、瓶の栓を抜くと、カップへ手酌で注いだ。
その芳香。上質なブランデーと、陸歩にも察せられる。
「お客様も、どうぞ。遠慮なさらず。召し上がってください」
アインなどは言われるまでもなく手を付け始めている。
キアシアは色とりどりの茶菓子に興味津々で、その様子を見た秘書の一人が、順番に詳細を説明した。
イグナはじっと待っていて、陸歩がソファーに戻って紅茶を口にしてから、ようやく自分の分に手を伸ばす。
全員、つい喫食に夢中になってしまう。
さすが。豪商の持て成し。
茶葉も砂糖も陶器も、普段触れるようなものとは滑らかさが違う。
ブランデーを試してみたアイン、イグナも熱い吐息を零している。
これだけで来た甲斐があった、なんて、つい貧乏性なことを考えてしまうが。
飲み食いしてばかりもいられない。
何せ、買った面会時間はきっちり決まっているのだから。
用件を……陸歩は、えぇと、と迷った。
「実は……その、訪ねてきた訳は、オレたち自身にもよく分かっていなくて……」
「ほう?」
一から説明するほかない。
その、かくかくしかじか、の間。
厳つくも柔和な接客顔だったヒューイ会長の表情が、一度怪訝を経由して。
それからどんどん喜色に綻んでいく。
「――ってことで、とりあえずこちらにお伺いした次第でして……」
「なるほど。なかなか困難な課題を負っていらっしゃる。
……ねぇ、お客様、リクホさん? もし。もし、差し支えなければ、ですが……その胸に刻まれてしまったという印、見せてもらえませんか?」
そりゃあこんな、神託者だのがポンポン登場する荒唐無稽な話、実物でも見なければ信用できまい。
陸歩はそう思い、秘書さんたちの目は若干恥ずかしいものの、シャツを脱いだ。
晒された魔方陣に、ヒューイ会長は感嘆を上げた。
「いやはや……。
この世の全ての人々へ、ナルメルク商会の名を轟かせる――なんて嘯いて、今日までやってきましたがね」
あぁこんなに嬉しいことはない、と会長は熱っぽい息を吐く。
感極まったように、ぐいとブランデーを呷って、また灼熱のため息を深く、深く。
「我が商会の名を、家名を、神智文字で書き表してもらえるなんて」
そういえば、この文字自体も人には到底及ばない、貴重な神秘。
神の書体で記されたとなれば、それは望外の名誉か。
ついにデスクを立ち、間近まで顔を近づけて、穴が開くほど見つめてくる会長。そんな反応も、自然なのだろう。
「写せないのが本当に残念です」
「すみませんが、そろそろ……」
「失礼。どうぞ、着てください」
陸歩はボタンを留めながら。
「それで、お話した通り、ここに何か次へのヒントがあるはずで」
すでにヒューイ会長の態度は貴賓に対するものへグレードが上がっていて、さっきまでの慇懃に輪をかけて丁重だ。
胸に手を当て、目を伏せて、完璧な礼は執事のよう。
「畏まりました。
とりあえずアウゼンナハルを一通り、案内いたしましょう。
何か気になるもの、気にいるものがあれば、都度、是非お申し付けを」




