起 ≪手記≫
手記No.34:『商会本部』アウゼンナハル
――棍の月/下舌の曜――
天下に名立たる通信販売会社、ナルメルク商会。
その本社は、少々特殊な立地にある。
グィングルム大陸を南北に分断する、広大なカピタ砂漠。その南側の外縁、ギリギリのところにある街がナルメルクの本拠地、アウゼンナハルだ。
ほんの数歩先から砂漠が始まる場所。
強く風が吹けば砂塵が押し寄せる場所。
一体何が気に入ってそんなところに、と思ったけど。
アウゼンナハルこそが、ナルメルク商会、始まりの場所なのだそうだ。
きっかけの街がもう一つ。
カピタ砂漠のど真ん中にオアシスがあって、ここは扉の樹を持つキーオンという街で、宿場として栄えている。
鍵か、あるいは海路を用いなければ、グィンガルム大陸の縦断は、砂漠越えを避けて通れないからな。カピタは一日で越えられるような広さでもないし、ほぼ唯一の水場ともなれば、キーオンが要地になるのは当然だ。
発端になっているのは、このキーオンの、扉の樹。
これがどうにも、細くて、歪にねじくれている。
照り付ける太陽、少ない水量、砂ばかりの地面……まぁ植物には些か以上に厳しい環境だから、無理もないけど。
キーオンの扉の樹は滅多に鍵を付けず、また鍵で余所へ飛ぶときにも、身を屈めなくては通り抜けられないほど背が低い。
宿場街なのだから、あれやこれやの物資は必要だ。
けれども他の街から仕入れようにも、品物が扉の樹を通らないこともしばしば。
そこで名乗りを上げたのが、アウゼンナハルに居を構えていたキャラバン。
注文に応じて商品を集め、砂漠を越えてオアシスに届けていたこの隊商こそがナルメルク商会の前身だ。
やがて砂上の高速移動法を編み出したナルメルク隊は、キーオンのお客を相手に速達サービスを始めた。
あれを持ってきてほしい。
これを届けてほしい。
ナルメルク隊は手を尽くして、残らず叶えていったという。
その迅速さ、商品管理。客たちは大変満足し――そうだキーオンにだけでなく、私の地元にも配達を頼まれてくれないか――こんな具合で鍵を譲ってくれたそうで。
この時に出来たコネと流通網、これらが今日の巨万の富の、下地になったわけだ。
そこから取引先を増やし、鍵を次々に揃え、守備範囲を今も拡大し続けているナルメルク商会。
その年商は街一つを買い上げるくらい何でもなく、アウゼンナハルはすっかり商会の都市として発展を遂げている。
まずシンボリックなのは、蒼天を突く摩天楼。
これこそが商会の総本山、本社社屋。
無数の部署の無数のオフィスが、縦に積まれているんだな。
この世界でここまでの高層建築は、ちょっと類を見ない。
外壁がガラス張りなのも、近代的、先進的。久しぶりに見るビル、って感じ。
その塔の膝元には、びっちりと倉庫が群れを成している。
商会の在庫だ。
温室や氷室になっているものもあって、果物野菜や肉魚も、時期を問わず用意されている。
販売用の動物が飼育されている倉庫までも。
ナルメルク最大の武器は集めに集めた鍵による仕入れの力だが、こうして手元に商品を揃えておくことで、さらに素早い対応が出来るのだとか。
この増え続ける倉庫を設置するにも、どこまでも空きスペースが開けている砂漠という環境は、実は都合がいいと言う。
瀟洒な社宅も並ぶ。
商会の従業員なら、誰でも入居可能だが、実際に利用している者は少ないそうだ。
なかなか気の利いた建物に見えるけど、どうして? 訊ねたら会長は、就業時間外まで会社の傍にいたがるのは物好きだから、と笑った。
従業員の大半は、グィンガルム大陸の他の街に住んでいて、毎朝定時に順繰りに、アウゼンナハル側から扉の樹を開けてもらって、出社してくるんだって。
すげー、通勤だ。教科書で読んだやつだ。
だからこの街に住むのは会長、防人、他は数十人程度。
夜警や宿直勤務の者を含めたって百人に満たず、アウゼンナハルの夜はとても静かだ。
昼の暑さ。輝く太陽。働く人々の賑わい。
夜の寒さ。煌めく星月。降りる静寂。
正反対の二つの表情を見せてくれる街。
自社製品の工場も建造中。
製紙や織物、食品に造酒を手始めにするらしい。
その他にもあれこれ計画中だ、と会長は胸を張った。
なるほど、ナルメルク商会は未だ発展中か。




