急:急 ≪設計≫
「――ガル博士、アルクビスト博士。感謝いたします」
「なに、私たちは横で見ていただけのこと」
「あぁ。その設計図は、ほとんど君が導き出したものだ」
「いえ。お二人の知恵なくして、演算は成し得ませんでした」
「そう言ってもらえると光栄だな。たまに人の役に立てれば、全てをないがしろに研究してきた甲斐もある」
「だが、そこに書き記した論理は、あくまで机上のものだということを忘れないでくれ。神に纏わる物や事は、理屈や道理を容易く無視し得るから。
何かが神々の逆鱗に触れないとも限らないし……いや宗教的観点からしても、問題はないとは思うが…………」
「はい。肝に銘じておきます」
「そう脅かすものでもないよ、アル。その辺りはほら、回路神を当てにしているのだから。筋道の神なら、法則をそうそう裏切りはすまいよ」
「あぁ、分かっている。
だが、これは誰も試みたことのない計画だ。――神器と祭器を結び合わせよう、だなんて。
しかも偽神体の融合だぞ? どうなることか、正直、俺には……」
「結果は必ず報告に参ります。よろしければ、お二人の連名で学会に発表なさってください」
「ほう、いいのか? アル、君との共同研究だなんて、半霊体の凝固実験以来かな」
「……言っておくがな、エカテー。あのときみたいに論文作成を俺に押し付けるのは無しだぞ。今度こそ分担だからな」
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一巻の羊皮紙を胸に抱いたイグナが、地下研究室からロビーへ戻ると。
まさにその時、陸歩はカウンターの看守からガラム・カインの鍵を受け取り、自分の篭手へ納めるところだった。
「リクホ様。お待たせいたしました」
「おかえり、イグナ」
「鍵を、購入されたのですか?」
「まぁね」
正確にはガラム・カインは鍵の販売は行っていない。
陸歩が支払ったのはこの監獄への支援金だ。
知の殿堂であるこの街は、学問の更新は盛んであるが、産業的な『生産』はほぼしていない。
というより出来ない。
魚を釣るべき水辺もなければ、狩るべき獣も飼育できる家畜もなし。畑に耕せる土地もなく、地中に埋まる資源も碌にない。
そんな厳しい環境であるからして。
一応、ここで執筆された論文は書籍として体裁を整えられ、他の街へ卸されたりはしているものの。いかんせん、需要や市場の規模を鑑みても、都市運営を賄えるほどの売上にはならないそうだ。
だが生きる上では金が要る。
人里離れ、知恵者のみが住まう象牙の塔と言えども、俗世の貨幣経済から完全に無縁といかないのは、世知辛くも感じるが。
施設維持。
学者・看守たちの衣食。
研究費用ももちろん、資料にも、実験器具にも、紙にもインクにだって金は必要だ。
なので、この街は収入の大部分を寄付に頼っている。
ガラム・カインは、その存続に意義を見出した出資者の、善意と厚意で成り立っているわけだ。
そしてこれに対する返礼という形で、賢者の監獄は様々な特典を贈り、中でもとりわけ大口のパトロンには、鍵を譲渡している。
「まぁ、この街になら幾ら払ったって、有意義だしな」
ずらりと並ぶ看守たち、深々と頭を下げてくる看守たち。
VIP扱いに、陸歩は目を眇めて苦笑しながら、イグナを伴って扉の樹の間を目指す。
「また頼ることもあるだろうし」
「はい。
リクホ様、有難う御座います」
「うん?」
「鍵を手に入れてくださって。嬉しいです」
少女の微笑に、彼は歯を見せて応える。
ほら、さっそく有意義だ、と。
「それから。これも」
とイグナが、己が心臓かのように、大事に繊細に、手に持つもの。
錠前だ。
「リクホ様にとって、これは重要な品でしょう。
それを、ワタシの我が儘で、預けていただいて」
「いいさ。オレのポッケに入れとくより、イグナに持っててもらった方が安心だ。
――そいつで、オレの力になってくれるんだろう?」
「はい。必ずや」
ぎゅっと、イグナの手が羊皮紙を強く握った。
ガラム・カインの奥の奥。
防人である看守に、幾重にも閉ざされた鉄扉を開けてもらい、誘われる先。
そこには春が如き温室、学者たちの叡智によって作り上げられた室内庭園がある。
咲き誇る花。生い茂る草木。
その中心に立つは、扉の樹。
陸歩は篭手からモンプの鍵を抜き出し、ドアノブへ挿した。
回す。
開く。
途端に視界は湯気で煙る。
そんなたっぷり白の中でも、その見事な濡羽色は紛れない。
リャルカの腕に留まる、鴉の黒は。
リャルカと鉢合わせた。
彼は、今まさにモンプの扉の樹から、どこかへ飛ぼうかというところだったようだ。
手には鍵。逆の手はノブを掴もうという格好でいて、本当にちょうどタイミングよく、陸歩が向こう側から開けたらしい。
「やぁリクホ。イグナ。
よかった、最後に挨拶が出来る」
「帰るのか、リャルカ」
「あぁ。呼び出されてしまってな、すぐに戻らなくては。名残惜しいが、お暇するよ。
いい温泉地だった。改めて、誘ってくれたことに感謝する」
「それは何より」
「お帰りになる前に、一つ質問しても?」
申し出るイグナに、リャルカは「なんなりと」と顎を引いて目を伏せた。
質問といえば、この三日で陸歩たちは彼を質問攻めにしたものだ。
そして蛇は、それらのいくらかについてはぐらかし、いくらかについて回答を拒否したが。大部分――原初神の近況とか――は、教えてくれた。
「本当に楽しい休暇を取らせてもらったことだし。今ならば何でも、嘘偽りなく答えよう。一度は断った質問でも、な」
「玉虫色のお返事ですが」
ちらり、とイグナは主を見る。
陸歩は、いいよ、と呟いた。イグナに譲る、と。
「では。メディオエディオは、今どこに」
「うん? メディオか?
奴なら、あちこち飛び回っているはずだ。我々の計画で、あの男が担う部分は大きく、それ故に多忙だからな」
「クレイルモリーにはいない、のですか……」
「いや、それは居る。
奴は自分の街の根城にも居るはずだ。大陸中を飛び回りながらな」
ぞっとしなさそうな口ぶりで、奇妙なことを言う。
それ以上を問い詰めるまでもなく、陸歩もイグナも意味するところを理解した。
あの天才。
相変わらず、禁忌も倫理も自己同一性さえ、どこ吹く風か。
「では、本当に失礼する」
「あぁリャルカ。オレからも、これは質問じゃなくって、言っておきたいことなんだけど」
ノブに鍵を挿した蛇は、回す直前で長い首だけ振り返り、続きを待つ。
陸歩は肩をすくめて。
「いい加減、オレの堪忍袋も限界だ。そろそろお前たちの、煙に巻いてばかりの報告書に飽き飽きしてる。
あんなんで誤魔化せてると思うなよ?
次回までに納得のいく進展と説明がないなら、預かっている鍵のどちらかを使うからな」
「あー、我々は、決して…………いや、承知した。魔女様にもそう伝える」
「おぉ。命乞いならオレにじゃなくってあの女にするんだな」
はっきりと冷たい彼の言葉に、変温体質の亜人は、怖々と自分の肩を擦った。




