急:破 ≪発想≫
そもそも祭器とは何か。
読んで字のごとく、祭事に用いる器具である。
神自身に見立てるための物。
神の武勇伝を演ずるため、神器を真似て携える物。
神が降臨されるための座標としておく物。など。
使われ方は祭器によって、信仰によって異なるが、神へ畏怖と尊敬を奉るための物品であることは共通している。
形状も様々。
例えば剣。
例えば銅鐸。
例えば鏡。
例えば、鎧。
以上が、辞書的な意味での祭器。
祭りに使われるのであれば、新品の刃でも祭器には違いない。
だが、真に『祭器』と呼ばれる物品は。
長きに渡る歳月と、深きに及ぶ崇拝を、神によって認められ、神威を吹き込まれたアーティファクトのことである。
「その力を引き出そうと思うなら、祈りが不可欠と思う」
徐々に鈍色に曇り始めた空の下、ちらちらと粉雪も舞い始めた雪原の中で。
アルクビスト博士の指摘に、イグナは眉をしかめた。彼女が無表情以下になるのは、稀なことだ。
「えぇ。承知しています。そしてそれが目下、最大の問題でして」
一応、祭器の力を引き出す方法は、承院の住職より開示された経典で、イグナの頭には入っている。
だがそこに記載されていた儀式の手順は、回路神の教義と抱き合わせだ。神へ畏怖と尊敬を奉るための所作の順番が、事細かに。
それを経ることで、イグナの元となった鎧型祭器は、着た者へ最良の選択を知らせる力を示したというが。
住職は言った。
信仰はなくても構わない、と。ただ、経典通りの手順を踏めばいい、と。
回路神は筋道を司る神。行うべき動作が行われさえすれば、その力はきちんと開かれる。
だが、イグナは思う。
それこそが信仰の入口になっているのではないか、と。
ルーティンというものは、繰り返されるなかで、やがて強く意味を持つものではないか。
ただの動作だと嘯いても、拝み合わせた両手に、いずれは信心の意図が芽生えはしないか。
手順を重んずる宗教なら尚更。
「可能であれば、回路神を仰ぐ真似は、どんなに些細でも避けたいのです。ワタシはあの神も、その信徒も、今現在は信用することが出来ない。
ですので、アルクビスト博士に相談したいのは――ワタシの骨に宿っているらしい神威を、単にエネルギーと見なして汲み出す……そんな芸当は可能か、ということなのですが」
「言いたいことは分かったし……その発想も、そこまで突飛なものでもないが……」
博士は唸ってしまう。
「神器なら話はまた別なんだがなぁ。
祭器でそれを成功させた人間は、今のところ存在しないし、不可能だというのが学会における定説になりつつある」
「……神器なら、別なのですか」
「あぁ。それは研究成果として発表されている。俺も論文を読んだ」
先にも述べたが、祭器は人造の器に、神が神威を与えたもの。
対して神器は、神の持ち物、神造の器だ。
それは神自身と同じレベル・同じ次元で存在するもので、ただそこにあるだけでも神威を発散し、周囲に恩恵を振り撒く。
「仕掛けとしてはとても単純で。
ある神器の前に、風車を置いた学者がいる。この風車、羽根に特殊な加工をしてあって、神威波に煽られて回るようになっていたわけだ」
「なるほど。神の威光が物理的な力に変換されていますね。
同じことは、祭器ではできませんか」
「祭器はあくまで、神の力が篭ってるものだから。
器そのものが神的である神器と違って、神威を引き出すのに必ず相応の手続きがいるんだな。
そして君はその手続きが嫌なのだと」
「はい。困りました」
「困ったな。
――エカテー。何かアイディアはないか」
「……ん? あぁ、すまない、聞いてなかった。なんだって?」
相変わらず熱心に書き物を続けていたガル博士は、そこでようやく一区切りをつけて、ペンを止めた。
満足がいくところまで綴り終わったのか。それとも手の疲労が限界なのか。
キアシアに礼を言った彼女はインク壺を受け取り、筆記具とメモを片付け始める。
そんな研究仲間に、アルクビスト博士は、若干の面倒くささを覗かせるものの、もう一度話を、頭からなぞって聞かせた。
素材を百科事典風に纏めたという彼。さすが、ここまでの議論の要点を完璧に抜き出し、短い説明で前提と問題と希望する結果を、余すところなくガル博士へ伝えてみせる。イグナが横から補足を挟む必要もなかったほどだ。
ふむ、とガル博士は髪をいじる。
「すでに祭器の力は発揮されている、という見方もあるぞ」
「その心は」
「罰当たりも恐れず、祭器の耐久力を試した、命知らずがいるんだ。
結果、同じ素材、同じ作りのレプリカに比べ、祭器は明らかに頑丈だったのだと」
それはイグナも認めるところだ。
確かに、元の世界にいた頃より、こっちに来てからの自分は強靭である。
何より魂を得たことで、間違いなく以前より賢い。思考の速度も、純度も、確度も上がっている。
しかし。
「ワタシは今以上を求めています。
祭器の力の利用――今この状態で限界値ではなく、もっと上があるのなら。
何か……何か方法はありませんか?」
博士二人は、しばし、黙考。
「――っだぁーぁ」
陸歩が胸一杯分の呼吸を吐き出した。
その目の前では、光の闘士が雲散していくところ。
頭の高さに残された錠前が、最後に残光を放つと落ちて、陸歩はそれを空中でキャッチした。
かと思うと、仰向けに雪上へ倒れる。
「いぃい汗かいたぁーっ」
途端にイグナは一旦会議を打ち切り、キアシアも、陸歩の元へと早足で寄った。
「リクホ様、お疲れ様です」
「大丈夫?」
「あぁ。いやぁー、手強かった。
けど、多分これ、使い魔みたいに働いてくれるもんだと思う」
と、手の中の錠前を振って見せる。
今の闘士も、陸歩の念じた通り、どうやら本気で組手の相手をしてくれたようだし。
そして刺さったままのザナムゥの鍵、それをもう一度回してみるが。
一瞬、光がヒトのシルエットを描き出すけれど。実体になる前に再び霧消し、錠前に戻ってしまう。
「うーん。連続稼働に時間の制限かなんか、あるっぽい?」
「燃料切れってこと?」
キアシアに訊ねられても、陸歩も首をひねるしかない。
「うぅーん……充電とかいるんかなぁ」
燃料切れ。
充電。
あぁもしや、とイグナは思った。
博士たちの方を振り返る。
まさに同じところを考えていたらしい知恵持つ男女が、頷き返した。




