急:序 ≪人為≫
本来の専門は建築・彫刻だというアルクビスト博士。
故にメンタリティは学者と言うよりも、クリエイター・アーティストに寄ったものである様子。
見た目も、コートの上からでも分かるくらいガッチリとたくましい腕で、まだ若く気鋭。何のヒントもなしに彼の素性を問われれば、兵士か石工と思うに違いない。
「粘土やら木材やら金属やら、素材について自分に分かりやすいように纏めただけなんだ。
洒落のつもりで百科事典の体裁にしたら、業界内でウケてしまってな」
ガラム・カインには、当時勤めていた工房の親方に強く勧められて、来ることになったという。
本人としても、好きなだけ篭れる専用のアトリエ、くらいの気持ちで入居を決心したのだとか。
「材料工学の権威でいらっしゃいましたか」
イグナから向けられた、尊敬と呼んでも差し支えないほどの感心の視線。
アルクビスト博士は手を振って否定する。
「君の故郷では、こういうジャンルを『材料工学』と呼ぶのか?
――よしてくれ。権威なんて大層なものじゃあないんだ。
それに、素材についての見識はあくまで手段であって、それよりも俺は作品で評価されたかった」
「失礼いたしました」
「謝るほどのことでもない」
そういう人物だからか。
イグナが自分の正体について、包み隠さず話しても。「にわかには、信じられないが……」の一言が最初にあったものの、すぐに納得したようである。
「若い婦女子へするには、不躾な要望と分かってはいるんだが……その、どうか、触れさせてもらえないだろうか」
「どうぞ」
少女が差し出した右手を、博士は硝子細工を扱う手つきで、そっと検める。
そしてため息を吐いた。
「すごいな。人と見分けがつかない――こんな言い方は失礼だろうか?」
「いえ。構いません。
ワタシはあくまで、可変式の機甲鎧ですので」
「機甲鎧? 可変式。そうか、鎧に変身するのか。
君は、カラクリよりも精巧なのだな。あぁ、だからこそ魂が宿ったんだな。
肝心の材料は、一体――」
そこでアルクビスト博士は一度口を噤んだ。
問うも愚かと気付いたのだ。
彼女の求める知識は『変質した祭器の力を引き出す方法について』。
彼は得心して頷く。
「確かに、この世に母親以外で少女を造れる者があるとすれば、神しかない」
婦女子。少女。一貫してイグナに対して物でなく、女性として敬意を払う博士。
ふと、元々の自分はどうだったのだろう、とイグナは思う。
神様の器物などとは無縁だった、あの頃。
あの頃、自分は機械だった。
合金と炭素繊維で模られたヒトガタ……いや、それについては今も同じだが。
祭器を存在のベースとしたとき、イグナの本質は決定的に変化した。
あの頃の自分は、少女ではなく、少女型ヒューマノイドだった。
あの頃の自分は、一人ではなく、一体だった。
そういう面では、神の御力はすでに、大きな恩恵を与えてくれているのか。
石くれに命を吹き込んでくれた。
これをさらに突き詰めることが出来たなら。
「アルクビスト博士。ワタシは回路神の祭器である鎧を依代に、この世界へ顕現しました。
元の祭器の力は、ワタシの奥底で眠っているといいます。
ワタシはそれを、自在に引き出せるようになりたい」
陸歩のために。
イグナは包み隠さず、事情と心中を吐露する。
自分は鎧だ。『一人』となった今でも、それは変わらないアイデンティティ。
主に纏われて、主を護るのが、存在意義。
けれども陸歩は強すぎる。
そして優しいから、危機となればイグナのことも庇うのだ。
防具がユーザーに護られているという、現状の矛盾。それがイグナの電脳に、ゆっくりとErrorを蓄積させていく。
Errorは解消されなくてはならない。
強くならなくてはいけない。
主を護れるくらい。主が何の憂慮もなく、委ねてくれるくらい。
「そのために。ワタシは」
「なるほど。話は分かった」
深く考え込むように、アルクビスト博士の鼻息が漏れる。
そして半ば呆れたように「彼を護れるくらい、ね」と呟く。
その視線の先。
紅蓮を翻す剣士が、全身光り輝く闘士と技をぶつけ合っている。
陸歩の炎、鈴剣の炎が積もった雪を溶かし、水に変え、剣技に乗じて闘士へと殺到していく。
闘士のほうはその拳撃、その脚撃が空を叩くたび、炸裂が起きて天と地とを揺るがした。
雪原の真ん中で繰り広げられるのは、熾烈な戦いだ。
まるで神話の一幕のようではないか。
呆れを今度はため息に混ぜながら、アルクビスト博士は、ついと視線をもっと手前に移す。
「それで。お前は何をやってるんだ。エカテー」
呼ばれたのはガル博士で、エカテー・ガル、彼女はそこにしゃがみこんで、羊皮紙へ熱心に羽ペンを走らせている。
傍らにはキアシア。それから焚火。彼女にインク壺を温める手伝いをさせて、猛然と何かを書き綴っていた。
だから、回答も上の空。
「あれ、武闘家のほう。錠前」
「うん?」
「錠前が変身した。神器かもしれん」
「……うん?」
後の説明はイグナとキアシアが引き継いだ。
――陸歩が持ち込み、ガル博士に助言を求めた錠前。
それに実験で扉の樹の鍵を挿したところ、神威の波長と輝きを発し、ヒトに姿を変えた。
ガラム・カインの鍵で、看守。
ジンゼンの鍵で、鍛冶屋。
ミクストンの鍵で、司書。
ザナムゥの鍵で、闘士。
つまりあの錠前は、用いた鍵の街が象徴する、職業人へと変化する神秘の器。
「偽神体だ! あの職業人は!」
興奮し切りでガル博士が叫ぶ。
きらり、とアルクビスト博士の目が鋭く細くなった。
「偽神体」
神そのものではないものの、神を模して創られた、体躯。
当然、神にしか創れない、伝説の代物だ。
あまりに稀少で、現存はしていないとされ、「後世の人間が神話に施した脚色の一つ」と主張する宗教人も少なくないほど。
偽神体。
偽りの神の体……ではない。
人の為の神の体、だ。
それは、ともすれば、権能よりも大きな、神からの賜りもの。
神は自らに従事させるため、人に神威を与えて神託者へ採り立てるが。
偽神体とは、神が人のために、人へ与える傀儡である。
「興味深いな」
「興味深いだろう! 偽神体! その実在が、こんなに間近で確認できるなんて!」
「あぁ、興味深いな。
物でありながら、神威を帯びるヒトガタ。
人の為の神の体。
――なぁ、イグナさん。興味深い」
アルクビスト博士から向けられる視線の意味。
聡明なイグナは、すぐに合点する。
「もしや。ワタシも」
「うむ。調べてみる価値はありそうだな」




