表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
231/427

破:急 ≪検証≫

 雲は分厚(ぶあつ)いが、雪は()んでおり、地上に積もった白が(とぼ)しい陽光(ようこう)を反射して(こと)(ほか)明るい。

 見渡すかぎりの雪原には、他に人はもちろんのこと、建物や木々、動物の気配も一切なく、なるほど実験場には最適か。


「さむーい!」


 今朝(けさ)の温泉とのあまりの落差に、キアシアが悲鳴を上げる。

 (かさ)()の上に厚手(あつで)のコートを(まと)い、マフラーを何重にも巻いて、手袋と耳当てまで完備しても、吹き付ける風にガタガタと震えていた。

 真っ赤になった鼻が不憫(ふびん)だ。


「モンプに戻ってるか?」


「…………。うぅん、大丈夫」


 一方、ガル博士はこの土地の住人だから、環境に慣れているのか。

 あるいは興奮しきりでそれどころでないのか。

 いかにも軽装(けいそう)なのに、ちっとも寒がる素振(そぶ)りがない。


「さぁ。さぁ! では! 思いつくだけ試してみようじゃないか!」


「はい。何からします?」


 確かに、いい機会ではある。

 専門家の監修(かんしゅう)(もと)で、検証が出来るのは。


 原初神より(おく)られた錠前(じょうまえ)

 これに不思議な力があることは疑いの余地なく、この前遮二無二(しゃにむに)振り回した時には、回路神神託者の権能による結界を突破してみせた。

 使い方があるのなら、理解しておけば今後の戦力になり得る。


 それに。

 大事な人――によく似た人――からのプレゼントだ。

 知るべきことは、ちゃんと知っておきたい。


「では、まずは。雪を()めてみようか!」


「…………はい?」


「雪を詰めるんだ。鍵穴にな」


「…………」


 もしかして、ふざけているのか。

 声に出さずとも陸歩のその思いは表情に浮かんでいて、博士は「とんでもない」と大袈裟(おおげさ)身振(みぶ)りで否定する。


「この鍵穴が、『虚無』であるということを最初に確定させるためだ。

 ()けてもいい。この小さな(くう)に、どれだけ何を流し込んでも、絶対に埋まるまいよ」


「…………」


 まぁそう言うなら、と陸歩は足元の新雪(しんせつ)を、片手で(すく)えるだけ掬う。

 そして鍵穴へと。


「ほら! ほら! いくらでも入っていくだろう!」


「……、いやこれ、入ってるのか、入ってないのか、よく分かんないんですけど」


 周りから(あふ)れたり、陸歩の体温で溶け出したり。


「リクホさま、貸して頂けますか」


 手渡すとイグナは、人差し指の先を鍵穴へと当てた。

 彼女はそこから、自身の肉体を構成するナノマシンを流し込んでいるらしく、すぐに(まゆ)を上げる。


「これは。

 なるほど」


「何か分かったのか」


「穴に触れることが出来ません。触れているはずなのに、触れている感覚がないのです」


 ()()()たり、とガル博士が指を鳴らす。


「そう、有は無とは接触できないんだ! 両者の間には次元以上に深い境界が横たわっている!」


「底無しのようです。(そそ)げども注げども、一向に手ごたえがありません」


 (あきら)めて逆さまにした錠前の穴からは、滝のように黒い砂、ナノマシンが(こぼ)れだしてくる。

 明らかに容量の辻褄(つじつま)が合っていない。


 博士の興奮が雪原に響いた。


「これで証明されたな! つまり、虚無を満たすには量的手段では駄目なんだ! あたかもそれは、有限をどれほど多量に集積しても、無限にはならないように!

 有限と無限は質的差異なんだ!」


 やっぱり哲学じゃないか、と陸歩は内心でため息を吐く。

 神懸(かみが)かりな彼だが、哲学も神学も専門ではない。


 横からキアシアが疑問を差し挟んだ。陸歩もちょうど考えていたところを。


「あの、博士。それって鍵束(かぎたば)篭手(こて)とは、違うんですか?

 陸歩とイグナのそれとかも、外からは想像もつかないほどたくさん入るけど」


「うむ。違う。

 篭手は亜空間を利用した魔具だ。スペースをここではない場所に確保しているだけのこと。収納限界も決まっているしな。

 だがその錠前の鍵穴は、存在の欠落だ。その部分にだけ、何も、空間すら、存在していない」


「つまり?」


「つまり、その欠落を満たすには、(しか)るべき手段が必要だということだな」


 錠前を満たす、と来たら、一つに決まっている。

 陸歩が(つぶや)く。


「鍵、か……」


 ガル博士が深く首肯(しゅこう)


「神器にせよ祭器にせよ、魔具だろうと呪具だろうと、形状には必ず意味がある。錠前の形だというのなら、その通りの使い方で間違いあるまい。

 ちなみに、それの鍵は?」


「いや。(もら)ったのはこれだけなんで。心当たりもありません。そもそもあるのかどうかも」


 ふむ、と博士は髪の先をいじりつつ、しばし思案。

 が、ほどなく。


「うん、考えても仕方(しかた)ない。

 とりあえず手持ちの鍵を()()んでみようじゃないか」


「えぇ?」


 この博士、スマートな見た目とは裏腹に、発想はごり押し気味(ぎみ)

 いや、それこそ研究者に最も必要な姿勢かもしれない。


 実は、錠前に適当な鍵を()してみる、ということを陸歩たちはまだ試していなかった。

 思いつかなかったわけではない。

 扉の樹の鍵がいずれも貴重品だからだ。

 鍵こそは旅人の財産。万が一、抜けなくなった、折れたなどということになったら大変な痛手だ。

 好奇心はあったが、無謀(むぼう)にトライする気には、ついになれなかった。


 しかし一流の学者はそういう(およ)(ごし)とも無縁のようで、自分の鍵――ガラム・カインの鍵――を(ふところ)から出し、逆の手は錠前をくれと()()している。


 陸歩は、逡巡(しゅんじゅん)(のち)


「どうぞ」


「よし。いくぞ」


 もうちょっと勿体(もったい)ぶればいいのに、ガル博士はさっさと鍵を()してしまう。


 鍵を、挿した。

 回す……回った。


「開いた……っ」


 いっそあっけないほど簡単に、錠前は外れ、そして。


 きんと光り輝く。


「お、っ、」


 目を焼く(まばゆ)さ。

 それでいて暖かくて偉大で、害あるような手触りでない。


 一瞬後には輝きが収束し。

 そこには。

 ガル博士がいるのみで錠前がなく。


 代わりに一人、星色に(きら)めく看守が、立っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ