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破:破 ≪錠前≫

 ガル博士は、存在、についての研究をしているという。


「哲学ですか?」


 イグナ、キアシアと並んで座った陸歩が、そう(たず)ねた。

 左手を松明(たいまつ)のように燃やしながら。キアシアの防寒(ぼうかん)のためだ。


 伸ばした髪の先を(もてあそ)びつつ、博士が(うなず)く。

 彼女はガラム・カインではかなりの変わり者で、頻繁(ひんぱん)に外出、フィールドワークを行っているという。

 だからだろうか、妖艶(ようえん)な女性だ。人に見られることを意識にしている身だしなみ。


「ある意味ではそうだ。

 また、ある意味では神学でもあり、魔法学とも言える」


 そして次に、『想像され()るものは、いずれ実現し得るものである』と強く主張した。


「君たち、魔術の原理については?」


「一応、基礎くらいは学びました。

 一度でもこの世界の誰かに想像されたものは、全て『世界』自体に記録されていて。魔力によってそれを現実に呼び出すのが、魔術」


「その通り。

 つまりどんな荒唐無稽(こうとうむけい)なイメージであっても、それが想像されたならば、もう存在していると言ってしまっていい」


 ここまでが話の(まくら)、ここから主題、と博士は足を()()える。


「私が疑問に思ったのはね、神の存在だよ」


 そう言われ、陸歩たちはわずかに身構(みがま)えた。

 まぁ主義主張は自由だし、無神論を展開されても、石を投げるつもりはないが。


 けれども博士が言いたいのはそういうことではない。


「神について、など誰でも想像する。おそらく知恵ある生き物なら、およそ全員が。

 つまり神は、魔術にとってこの上なく実現しやすいもののはずなんだ。皆が思い、皆が考えるものはとても濃く『記録領域』に保持され、参照しやすいから。

 この上なく強固な共通認識。

 なのに。そのようなものを召喚する魔術はない。

 何故(なぜ)だろう?」


「何故って……」


「存在が大きすぎるからでは」


 イグナの回答に、(しか)り、とガル博士が指先を向ける。


「私もそう(にら)んでいる。

 神は人間の想像に収まらない存在なのだろう。神は大きすぎるんだ。質的になのか、量的になのかはまだ分からないが。

 人が神について想像するとき、きっと何かが足りていない。

 私は足りない何かが、一体何なのかが知りたい。

 ――私はこの、人間には想像できない領域、について研究している」


 なるほど。

 (ふだ)(したた)められた自分の問いに、この人が手を上げてくれた理由が分かった。

 この世ならざる錠前(じょうまえ)と聞けば博士には、猫に木天蓼(マタタビ)だったのだ。


 陸歩は(ふところ)を探り、問題の物品を取り出す。

 ()()すとガル博士は、ほぅと息を吐いた。


「これが?」


「えぇ。

 以前、ビックキップを訪ねたとき、鍵師の長老様に見てもらったんですけど。

 そのときに『どうもこの世のものでない。開ける(すべ)がこの世にない。しかし道を開くには、これを開けなくてはならない』って言われまして」


 うぅむ、と博士は(うな)る。


「錠前。錠前だなぁ。

 素材は?」


「全く(わか)りません」


 答えたのはイグナだ。

 彼女の分析特化形態でも、未知の金属、と結論づけるしかなかった。

 とはいえ、鉱物などは魔術によって新物質がしょっちゅう生み出されているとも聞くから、判別がつかないのも無理ないかもしれないが。


 うぅむ、と博士はまた唸った。


「……私の研究の最大の難関は、観測なんだ」


「はぁ」


「人間には想像もつかないものを、人間の身で如何(いか)に想像するか。

 この世に無いものをどうやって思いつくか、見出(みい)すのか。そこにずっと腐心(ふしん)してきた。

 語り得ぬものを、語る方法を()()そうと、苦心し続けてきた。

 ……これ、この錠前。この世のものでないって?」


 (かわ)いた笑いを上げる博士に、陸歩は、あちゃーな気分。

 信じてもらえなかったか。与太話(よたばなし)眉唾(まゆつば)と。

 無理もない。だって(げん)にそこにあるんだから。

 この世のものでないものが、テーブルの上にあるってそりゃあ、陸歩自身も矛盾だと思う。


 ガル博士は唸った。

 実に楽しそうに唸った。


「なんだ、これ。これは何だ?

 どうやって存在しているんだ?」


「博士?」


「見たまえ。見たか? ほらこれ」


 鼻先まで鍵穴(かぎあな)を突き付けられて、陸歩は目が白黒する。


「わかるかい?」


「な、何がです?」


「これ! この穴! これは穴じゃない……『存在の空白』だ!」


 謎かけか。禅問答(ぜんもんどう)だろうか。

 穴はそりゃあ、無い部分が穴ではないのか。


 ガル博士は「違うっ」と首を振る。


「空洞と、空白とでは、大いに違うんだ! 前者は存在で、後者は虚無だ!

 虚無だ――そう、虚無だ。

 あぁダメだ……見ていると吸い込まれそうになる……上手く観測できない。

 まるで、死というものが本質的には観測できないかのように。

 魂が、(おの)(ぶん)()えたものに直面したときの、(すく)みを感じる……すごいぃ……いま私の手の中に、観測不可の、人間に想像不可の領域があるぅ……」


「はぁ」


 分かる? と陸歩はイグナとキアシアを見た。


「存在と、虚無、ですか……。0と1の差、ということなのでしょうけれど」


 イグナもどうやら理解に苦労している様子。


 一方でキアシアは、苦そうに(くちびる)(とが)らせながら。


「同じ見えないでも、目をつぶってるのと、眼球がないのとだと違う……みたいな感じじゃないかな」


「あぁ、違うんだ?」


「違うわねぇ。上手く言えないけど」


「――ジュンナイリクホくんっ!」


 突然、(ひと)(ごと)を止めた博士が、ぱっと手を(つか)んできて陸歩は慌てる。

 右手はともかく、彼女は陸歩の左手、燃えている手まで(にぎ)ってきそうな勢いだったから、そっちは咄嗟(とっさ)に逃がした。


「な、なんでしょう」


「開けたい。私も開けたい。この錠前を開けたい!」


「は、はい」


「実験だ!」


「は、はい?」


 至近距離から見つめてくるガル博士の、瞳の中。

 なんだがグルグルと渦を巻いているように見えて。

 陸歩にはその目のほうが、錠前の穴より、よっぽど深くて底がないように思えるけれど。


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