破:序 ≪通販≫
『ナルメルク』なら、知恵者の力を借りなくても仲間内で事足りた。
「ナルメルクったら、あれでしょ、ナルメルク商会」
「ナルメルク商会?」
オウム返しの陸歩に、キアシアは「知らないの?」と怪訝な顔だ。
アインやリャルカまでもが似たような表情で、つまり、件の商会とやらは現地人にはそれほど有名らしい。大手チェーン店だろうか?
イグナは陸歩とどっこいの理解度ながら、認知してはいるようである。
「ナルメルク商会、というと。あの通販の、でしょうか」
「そうそれ」
そのとき、店員が膳を運んでくる。
茶碗には玄米。
魚は一度燻してから焼いたもので、箸を付ける前からもう香りがよい。
野菜も燻製にしたのちに糠につけてあり、要するに、いぶりがっこみたいなもの。キアシアが「買ってこうかな」と検討している。
小皿にチーズ。魚にも野菜にも、好きに乗せて食べていい。相性は抜群。
汁物には具がないが、口を付ければ物足りなさなど感じない。繊細かつ濃厚な、複数の出汁で組み上げられたものと分かる。主体はキノコの風味。
カシュカ大陸は『夢見る白煙』モンプ、ここで頂く朝餉は、絶品の一言。
しばし舌鼓の時間。
「――で? 通販って?」
陸歩が箸の合間で問う。
そのときちょうど口が開いていたのがアインだったから、彼が答えた。
「だいたいどこの街にもあんだろ、ナルメルクの注文箱が。
幟がそばに立ってるの、見たことねぇか? 四本頭のムカデの、風車みたいなマークの」
「あー……ったような。屋根のついてるポストみたいなやつ」
あのマーク、ムカデだったんだ、と陸歩は謎が解けた気分。
「紙に欲しいもんと住所を書いて、あそこに入れとくと、配達してくれんだよ」
「ふーん」
住所がない身の上だから、ちっとも知らなかった。
街中で見かけても景色の一部として、取り立てて気に留めなかったし。
「私もよく利用する」と話をリャルカが引き継ぐ。
「求める物を伝えれば、二・三日のうちに持ってきてくれるからな。それこそ、何でも」
「何でも?」
「あぁ。日用品から食べ物、生き物、衣類、家具、骨董、書籍、絵画、文具、武具、呪物。その他、ありとあらゆるものがね。
『ナルメルク商会に在庫がないなら、それはこの世に存在していない』なんていうくらいさ」
イグナが首を傾げる。
「なぜそこまでの品揃えが可能なのでしょう?」
もっともな問いに、リャルカは事もなげだ。
「鍵を持っているからだな」
「扉の樹の」
「そう。商会が主張するには、この世の全ての鍵を所持しているらしい」
ふ、っと蛇は鼻で笑った。皮肉げな笑い。
我らが魔女殿を差し置いて何を言っているのやら、というところか。
陸歩としても、全て、と言われてしまうと途端に胡散臭く思えてしまう。
「この世の鍵を、全部、ねぇ……」
それが本当なら、そりゃあどんな商品でも仕入れることは可能だろうけど。
それが本当なら、世界の果てを確かめてきた、ということになりはしないか。
未だ広大で、未開の多く残る、この世界の、果てを。
「連中が持っていない鍵を持ってってやれば、高額で買い取ってくれるそうだよ。
――とにかく、ナルメルクはこの世界一の物流を有し、それを用いた輸出入で財を成している。
確か本社は、グィングルム大陸だったか」
となると次に目指すのはそこだろうか。
思わず、ため息が出る。
企業見学をして、果たして何の足しになるというのだろう。
そもそも『イトケウス』についてだって。あの話を聞かされて、正直なところ、だから何なんだ。
承院で住職は、その語を辿ることは陸歩自身のメリットのように言っていたが。
いったい、どの辺が。
何より懸念なのは。
それで、ナルメルク商会が、済んだら、じゃあ次は?
どうせ次の単語が浮かび上がってくるに決まっている。
それも済んだらその次は?
これはいつまで続くのか。
終わりが見えないのは辛い。
陸歩は再び、ため息。
いや、今は考えまい。与えられたクエストをただ消化するのみに努めよう。とりあえずは。
「グィングルムかぁ……ぱっと行けないなぁ、手持ちに鍵がねぇよ」
また海路を頼るしかない。
これも憂鬱。
船旅は決して嫌いではないが、いかんせん時間がかかるから。
紺碧の上で、焦れ続けるという体験は、そう何度も繰り返したいものではない。
アインが本当に不思議そうに、首を傾げる。
「紙に書きゃいいじゃねぇか」
「え?」
「んで注文箱に突っ込みゃいいんだよ。住所なんか今泊まってる宿にしてよ」
彼が何を言っているのか、陸歩は五秒考えて。
「買えばいいのか、鍵をっ」
「高ぇけどな。つっても、金ならあるんだろ?
ついでに『ナルメルク商会会長との面談』とでも書いてやれよ。アポ取るのにいくら必要か、すぐに配達員が見積もり持ってくるぜ」




