表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
227/427

序:破 ≪受付≫

 この(ごろ)では陸歩の筆記もずいぶん上達(じょうたつ)した。

 語彙(ごい)は増え、文法の誤りも減り、受付用紙(うけつけようし)の記入も今はイグナ(まか)せにせず自分で鉛筆(えんぴつ)を走らせている。

 これも読書の習慣の賜物(たまもの)か。


 だが。


「『イトケウス』って……どう書けばいいんだろうな?」


 誰も知らない単語。

 当然陸歩にも見当がつかず、さて、いかように(つづ)ったものか。


 イグナが肩を(すく)めながら助言をくれる。


「音をそれらしく書くよりないのでは」


「だなぁ」


 この世界の文字は、表音(ひょうおん)表意(ひょうい)が混じっているため難しい。

 陸歩はとりあえず、イトケウス、と読めるように字を並べて、仮にでっち上げた。


「じゃあ、これで、お願いします」


「お預かりします」


 カウンターの中で、受け取った看守は内容を(あらた)める。

 不備がないことを認めると、引き出しから木札(きふだ)を取り出して、毛筆(もうひつ)でさらさらと書き写し始めた。

 最後に、それぞれの頭へ番号と記号をスタンプ。これで管理しているのだろう。


「では、ご確認を。

 お探しの知恵はこちら三点でよろしいですね。

 ――『イトケウスという単語について』。

 ――『この世ならざる物体、形状:錠前(じょうまえ)について』。

 ――『変質した祭器の力を引き出す方法について』。

 お間違えはありませんか」


 陸歩はイグナと顔を見合わせる。

 少女は「問題ありません」と(うなず)いた。

 陸歩はキアシアとも顔を見合わせる。

 こちらは「キアはなんか知りたいことないの?」という意味で。少女は「大丈夫」と頷いた。


「はい、この通りで」


(かしこ)まりました」


 すぐに奥からもう一人、看守が出て来て、木札を受け取って下がった。

 あれらは獄中の掲示板に下げられ、賢者たちの目に触れる手筈(てはず)だ。


 だが心当たりのある誰かが名乗り出てくれるまで、どれくらいかかるか。


 待ち時間は、ここガラム・カインの宿泊施設を使うこともできる。

 それもだいぶ興味があったのだが、陸歩たちは相談の上、扉の樹で別の街へ飛ぶことに決めていた。


 看守が手続きを進め、一本の鍵をカウンターに置く。


「こちらがガラム・カインの鍵になります」


 これがあれば折々にこの街へ戻り、状況を確認することが出来る。

 しかし、高価な扉の樹の鍵。

 まさかタダでは譲渡(じょうと)貸与(たいよ)もしてくれない。


 事前に説明を受けていた通りに従って、陸歩は篭手(こて)の中から、鍵を一本取り出した。


「カシュカ大陸北端にある、ゼポって街の鍵です」


「お預かりします」


 こうやって、代わりの鍵との交換で、ようやく借り受けることが出来るわけだ。


 ひとまずはこれにて、待機するしかない。

 この街が空振(からぶ)りのようなら、また新たに手段を考えなくてはいけないが。

 ここまで辿(たど)()くのに吹雪(ふぶき)の中を行軍(こうぐん)する必要があったため、みんな少なからず消耗(しょうもう)している。休息が必要だ。


 カウンターの看守に礼を言って、陸歩たちは荷物と一緒に待っているアインの元へ戻った。


「おまたせ」


「……んー」


 彼は何故(なぜ)か、この広くほとんど人のいないロビーにあって、わざわざ壁際(かべぎわ)(たく)陣取(じんど)っている。

 暖炉(だんろ)からも遠く、鼻水が(したた)るほど寒いのに。

 そうして(にご)った分厚(ぶあつ)い窓ガラスから、空ばかりを眺めていた。


「アイン?」


「……んー」


「おい、どうした?」


「……んー」


 本当にどうしたんだコイツ、と陸歩が少女たちに目配(めくば)せすると。

 イグナのほうはことりと首を(かし)げているが。

 キアシアは、なんとなく(さっ)した(ふう)である。


 やがて、アインは苦々しげに、ぽつりと(つぶや)いた。


「……灰色の雪は、嫌いだ。ガキの頃を思い出す」


 そういえば、正体は巨人であるこの男は、北方の出身だったか。

 陸歩自身はまだそちらの大陸へ(あし)を伸ばしたことはないが、(うわさ)ではそこは、ここよりもずっと空が低く、薄暗(うすぐら)い土地だとか。

 悪天候時のノイバウン大陸と、よく似ているのかもしれない。


「アイン。

 行こうぜ。腹も減ったし」


「……だな」


 よし、と立ち上がった時、男は再び羅刹(らせつ)だった。

 その鋭い、()(さき)のような視線。

 陸歩は思わず鈴剣へ手が伸びる。

 まさかコイツ、ここで、突然、


「よう、冬眠してなくていいのかぁ?」


 アインがそう声をかけたのは、陸歩のさらに背後。

 慌てて振り返ると。

 見知った蛇頭(へびあたま)の亜人がそこにいる。

 彼の肩や、連れの(からす)には雪が(かぶ)っており、今まさに到着したところであることが(うかが)えた。


 あ、と陸歩は声を上げた。


「リャルカ、リャルカ・エナムガっ」


「やぁ、君たち」


 それから、と蛇は舌を出した。


「かつての同胞(どうほう)よ。

 ジュンナイリクホについた、とは聞いていたが。奇妙な気分だ」


「そうか? 俺はいつかこうして、お前らと敵になるんだって、そんな気がずっとしてたぜ」


「やれやれ。雪とは別で寒気がする」


「いつもの進捗報告か」


 と、()()んだのは陸歩だ。

 リャルカが「(しか)り」と長い首で頷く(さま)は、なんとはなしに面白い。


「あぁだが、ちょっと待ってほしい」


 言って、蛇はカウンターへ向かっていった。

 看守と言葉を交わし、用紙を受け取って、記入を始めたではないか。


 ……もしや。


「いやいや、お待たせ」


「……。修理作業、手詰(てづ)まってんだろ」


 ずばり言ってやると、あからさまに目を()らすリャルカ。

 こいつ。

 かつてザナムゥでの交渉では、あれだけ大きなことを言っていたくせに。

 神器を直す(すべ)を探したら、結局我々の元へ()()く、とかなんとか。あれはなんだったのか。


「誤解しないでくれ、ジュンナイリクホ。方法は我々のほうで心得(こころえ)ている。ただ、それを実現するための、実際の手段を固めるのに、念のため専門家の意見を求めに来たまで」


「…………、」


「本当だとも。ほら、ここにもきちんとその(むね)記載(きさい)してある」


 ()()された巻物を受け取る。

 陸歩はため息を()いた。

 前回も前々回もそうだったから、(ひも)()く前から分かる。中身は明らかにわざと難解にするため専門用語が羅列(られつ)され、勿体(もったい)ぶった固い言い回しが多用されているに違いない。

 今ここで目を通すものではあるまい。

 何しろ、空腹だし、頭が疲れている。文章を読んだとて目が(すべ)ってろくに入らない。


 手の中の巻物を()って見せながら、陸歩は。


「オレたち、場所変えるけど」


「そうかね? では私は、すまないがお(いとま)させて頂いて、」


「温泉に行くんだ。

 リャルカ、一緒にどうだ?」


 む、と蛇は心魅(こころひ)かれた様子である。

 鱗の身体を厚着(あつぎ)(おお)って、それでもリャルカは寒さによってか、目がとろんとしている。

 アインが一番最初に彼へ投げかけた揶揄(やゆ)も、あながち的の外れたものでないのだろう。

 変温の肉体であるリャルカを今、襲っている眠気は強烈なはずで、温泉と聞けば()れない訳がない。


「うー……む……実に、その、有難(ありがた)いお誘いだが」


「その街の名物は燻製(くんせい)清酒(せいしゅ)だ。好きか?」


「好物だ」


 即答だった。

 なら決まりだな、と陸歩が手振(てぶ)りで同行を(うなが)す。

 懐柔工作(かいじゅうこうさく)、なんて仰々しいつもりはない。ただ少し、向こうの手の内と腹の内と、近況が知れれば(おん)()



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ