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序:序 ≪手記≫

 手記No.33:『賢者の監獄(かんごく)』ガラム・カイン


――(こん)の月/中心の曜――


 ノイバウン大陸でも西部の気候は特に厳しい。

 大地は()せ、年を通して冷たい風が吹き荒れ、冬ともなれば極寒(ごっかん)

 この凍土(とうど)ではろくに植物も生えない。


 だが不思議なことに、こんな環境にも人は住む。

 ここに扉の樹が立ってしまったがためだろうか。

 その気になれば、樹を()(かえ)して他へ移住することだって出来るだろうに。

 いくつか街が点在し、人々は生活に魔法を(もち)いてまで、なんとか適応している。

 ここに生まれてしまったがためだろうか。

 その気になれば、鍵一つで世界の裏側まで行けるというのに。

 余所者(よそもの)であるオレには、故郷に対する感覚が、上手に想像できない。


 さて。

 ガラム・カインはノイバウン西部の、とくに(けわ)しい谷の中に存在する、いささか特殊な街。

 周辺の街とは離れた場所に、孤立している格好(かっこう)

 ゴツゴツと岩肌(いわはだ)()()しにした山と山、その隙間(すきま)を埋めるように建てられた、巨大な監獄。

 一般的な犯罪者ではなく、賢者(けんじゃ)たちが収監されている、奇妙な監獄。


 この街の歴史は長く、創立から700年は()っているそうだ。

 700年前のノイバウン、というかこの世界といえば、王政(おうせい)貴族政(きぞくせい)が最も強権を()るっていた時代だとか。

 賢者の監獄の建設者もこの連中。

 大陸内の特権階級が連携してガラム・カインを作り、その目的は政治犯・思想犯を収監(しゅうかん)するためだった。


 過度(かど)な賢さは厄介(やっかい)の種、と見なされていた時代。

 ノイバウンの王侯貴族(おうこうきぞく)は地位を守るため、自分たち以外に人心を集めそうな思想や人物を弾圧(だんあつ)した。

 平等。民主主義。人権。革新的技術。大魔術。そういうものを研究、あるいは(あらわ)した賢者を、(かた)(ぱし)から牢屋へ放り込んだわけだ。


 獄中の環境は凄絶(せいぜつ)なものだったとか。

 ただし、当初だけ。

 ここからが面白い。

 賢い人ってのは偉いもんで、あの手この手で工夫して、あっという間にガラム・カインを住みよいところに変えていってしまったんだと。

 風の吹きこむガタガタの壁を、設計図を引き直して補修(ほしゅう)したり。

 品種改良した寒冷地に強い作物を植えたり。

 足りない部分は魔法も使って。

 ずいぶん自由に好き勝手したもんだ、と思うけども。看守たちだって自分の寝床をフカフカに作り替えてもらえるとあれば、まさか拒否はしなかったろうな。


 さらには獄中では知的交流が(さか)んに行われ、ガラム・カインはほどなく知の殿堂(でんどう)となり、その評判は外にも(とどろ)くことになる。

 あの分野のスペシャリストとこの学問の重鎮(じゅうちん)が、そろって囚人服を着て、食堂の長机(ながづくえ)に一緒に座ってたんだから。下手な学会よりもよっぽど贅沢(ぜいたく)だ。

 そのうちには、ここに収監されることは学者・研究者にとって(ほま)れ、と世間に認知されるまでに。

 時の為政者(いせいしゃ)たちも、たびたび相談事を持ち込み、賢者たちの助言を()ていたというのだから、(つら)の皮が厚いというか、なんというか。


 それから歴史の中で人権意識が高まるにつれて、あるいは資本経済の発達に合わせて、王も貴族も特権階級はすっかり形骸化(けいがいか)

 ガラム・カインも監獄としての役目を終え、囚人(しゅうじん)たちはみんな解放……されたんだけど。

 なんと、だーれも出ていかなかったんだって。


 賢者たちにしてみれば、これほどの環境はもはやなかったからだ。

 それくらい、学徒(がくと)の空間として完成していた。

 人里(ひとざと)離れた山奥で、冷たい石壁(いしかべ)に囲まれて、ひたすらにストイックに研究に没頭(ぼっとう)できる。

 先人(せんじん)たちが残した書物や資料も膨大(ぼうだい)な数が(おさ)められており、中にはまだ世に出てない知識も、相当数あるのだとか。


 そして現在。

 今でもガラム・カインは、賢者たちの集合研究所として()(つづ)けている。

 デザインは監獄のままで。

 一人に一部屋、手狭(てぜま)牢屋(ろうや)が与えられ、ここで寝起きし日夜(にちや)研究を続けるのだ。もちろん、鍵はかかっていないが。

 衣装は囚人服。これはもはや、伝統のようなものだって。


 新たに入居を希望する者は後を()たないらしい。

 そういう人たちは、研究発表の場を与えられるから、ガラム・カインの賢者たちへ(おの)が知を示すのだ。

 認められれば仲間入り。

 ただ、敷居(しきい)はすごく高いって。年に新入りは、一人いれば多い方っていうんだから。

 入ってからも定期的に論文を書き上げて、獄中学会(ごくちゅうがっかい)に提出しなくっちゃいけない。


 看守さんたちも(つと)めている。

 こちらも由来(ゆらい)と伝統で看守の格好をしているが、要するにガラム・カインの管理人だ。

 学者たちはおおむね、生活力が皆無(かいむ)で、そんな彼らが研究にのみ打ち込めるように身の回りをサポートするのが看守たちの仕事。

 炊事(すいじ)、洗濯、清掃、資料検索、来客の応対(おうたい)などなど。


 オレたちがここを(たず)ねてきた理由は三つほど。

 イトケウス、という単語について、何か知っている人がいないか。

 原初神からもらった錠前(じょうまえ)について、さらに(くわ)しいことが(わか)る人はいないか。

 あとは、イグナの用事。


 この街へ知恵を借りに来た人間は、その目的を看守さんに告げると、獄中の掲示板・新聞に()せてもらえる。

 賢者のほうでそれに興味があれば、会ってくれるって仕組(しく)み。

 大陸外からも面会希望者が日々押し寄せてくるというが、意外にもマッチング率は高めとのこと。

 賢者ってのは知識だけでなく、一緒に(とく)も身につけるものなのか、頭の中身を分けるのに()しんだりしないようだ。

 これは、期待できそうかな。


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