結 ≪助言≫
往往にして、「気にするな」と言われたことの方が、気になるものである。
「はぁ……」
何やら無駄に緊張し、気疲れした陸歩は、外の空気にため息を吐く。
住職に茶室へと招かれたわけだが、作法なんてさっぱり分からない彼は。
座った時の脚をどうしておくのが正解か、差し出された茶碗は回すんだったか、茶菓子はどの向きで齧るか決まってるんじゃないか、などなど。
頼みの綱のイグナも、キアシアさえもいなかったし。
「気にするな」と住職は言ってくれたけれど、あの茶室の、あの本格の雰囲気の中で、気にしないというのも相当難しい。
結局、終止、ギクシャクしっぱなし。
「――うーい、リクホぉ」
「うん?」
承院の、白砂が敷き詰められ、岩と少しの草木で質素に飾られた庭。
そこを何ともなしにブラブラしていた陸歩の下へ、アインが、くるぶしほどの高さの塀を跨いでやってくる。
「よう。話は済んだのか」
「んー、続きは今晩、宴会の席でって感じかな。
っていうか、お前、どこ行ってたんだよ?」
問えば、アインは何やらとっておきを見せる子どものような含み笑いを漏らした。
懐から取り出されるのは。
「……なにそれ、ボール?」
野球に使うのにちょうど良さそうなサイズのボール。
「いくぞ。気を付けろよ」
「は?」
下手投げで緩く放られた球。
それは、どういう仕組みが内蔵されているのか、空中で無数の刃を突き出したではないか。
陸歩は危うく受け止めそうになった右手を抑えて、篭手に覆われた左でキャッチ。
「おま、えなぁ!」
「はっは。
鍛冶屋があったんで覗いたんだけどよ、それなぁ、剣なんだと。おもしれぇよな」
「面白いことあるか、あぶねぇなぁ……」
と苦情を述べるものの、確かに、剣士の端くれとして興味がないではない。
何を感知したのか、この奇妙な剣は棘を一斉に引っ込めて、陸歩の手の中で滑らかな球に戻った。
これは暗器の一種か。手裏剣の亜種か。
球という形状は、おそらくは回路神に縁の武具なのだろう。
「……これも剣だっていうとさ、なら、これにも剣術って乗るもんなのか? 鍔も柄もないけど」
「あぁ、回路神の僧兵たちはそういう剣術を修めてるとか」
アインは愛刀の柄頭に触れながら、歯を剥き出して笑った。
承院の誰だかが手合わせしてくれないものか……どうせ、そんなことを考えているに違いない。
呆れた息を吐きながら、陸歩は球を返そうと思うが。投げて刃が飛び出しても面倒なので、アインへ直接手渡す。
そのときに、ついでに住職からもらった包みも一緒に。
なんだこれ、と首を傾げながら開封したアインは、途端に口角を上げた。
土産の茶菓子、饅頭だ。
すぐにパクついて、うまうまとしながら。
「そういや、嬢ちゃんたちは?」
「あぁ、なんか、茶室に通されたんだけどよ。
一人ずつとか言われて、今はイグナの番。キアシアはその次」
「ほー」
>>>>>>
密室に一人ずつ、というのは如何にも罠の気配がします。
……とはいえ、リクホ様が応じられたものを、ワタシが拒否するわけにも参りません。
リクホ様はすでに、この院の方々、住職への疑いを、ほとんど抱いてはおられない様子。
ユノハによって刻まれた印は害でないという、先方の言い分を殊更に跳ね除けるおつもりもないようです。
さて。どうでしょうか。
ワタシには未だ、判断しかねます。
「――どうぞ。粗茶だが」
「…………」
住職殿より、たてられた茶が差し出されます。
茶菓子も、ともに。
ワタシには毒は効きませんよ――そう釘を刺してやろうかとよっぽど思いましたが。
それはあまりにも、主の品格まで疑われかねない暴言でしょう。茶よりまず先にそんな汚い言葉を呑みこみました。
どうも、今のワタシは、冷静ではありません。
この方たちを目の仇にする論理的妥当性も乏しいというのに。
「……いただきます」
ほどよく温かく濃厚な抹茶は、美味さを伴う苦みの中に、ほのかな甘みを含んでいました。
喉を通る際に、何か、心を洗われたような心地がします。
思わず、この身体には必要ないはずのため息が漏れました。
ワタシに対して、横向きに着座している住職殿が、ふ、と柔らかく微笑みます。
「お服加減はいかがかな」
「はい、美味しく頂戴いたしました」
「なにより」
言って、住職殿がワタシへ向き直ります。
正座だった脚も崩して、「おしまい」とでも言いたげに、茶道具の類をまとめた盆を脇へやって。
堅苦しいのはここまで、ということでしょう。
「実はね、貴女とこそ話がしたかったもので、一人ずつとさせてもらった」
「ワタシと?」
などと、とぼけてみせますが、実のところ察しはついているのです。
ワタシはこの世界に顕現するにあたり、回路神の祭器である鎧を触媒としている。
それが原因で、あのユノハにも不愉快な思いをさせられたことですし。
こちらの住職殿も、ワタシの正体が分からないまでも、何か感じ取るところがあるのでしょう。
「うむ。イグナさん、だったか」
「はい」
「老婆心で忠告させていただくがね」
「はい?」
「もしご自身の能力についてお悩みならば、新しい力を作り出そうと躍起になるばかりでなく、いっそのことルーツに立ち返ってみるというのも一つの、」
「待ってください」
予想とあまりにかけ離れていた内容に、面食らいます。
いったい何を言っているのでしょう。
「いったい何を……」
いけません。
思ったことと口から出ることが一致してしまっている。
住職殿は、じっと全てを透かして見るような目つきで、ワタシの言葉を待っています。
その眼差しの、深さ。
「…………」
直感しました。
観念もしました。
嘘偽り取り繕い、それらはこの方へは、何の意味がない。
このヒトは、ワタシの、リクホ様にさえ打ち明けていない課題を、見抜いている。
「っ、」
かといってこの胸の内を晒せるほど、ワタシは回路神にまつわるこの人物を、信用できては……。
「あぁ、よい。無理に話さずともよいよ。
ただ、頭の片隅には置いておいてほしいんだが。
――いいかい、イグナさん。貴女は特別な『骨』を持っておられる。それは回路神に由来するもので、方法さえ心得れば、貴女の魂に力を与えるものだ。
まぁ、様々な葛藤と当然の猜疑があるようだから、無理にとは言わないが。そういうものが一番身近にある、ということだけ。ね」
「…………。
その、方法は?」
「経典の写しを差し上げよう。全部書いてある」
「いえ、結構です。一読させて頂ければ、暗記いたします」
「それは聡明」
ではさっそく、と住職殿は巻物を一つ、袈裟の中から取り出しました。
なるほど。ここまでの会話の流れ、全ては予想済みで、あらかじめ懐に用意されていた、と。
掌の上、というのは全く面白くありません。
なんとも悔しくてたまらなく、つい。
「ワタシに回路神の力を使用させることで、何らかの利益があるのでしょうね」
我ながら、芸がない。
住職殿は特に気分を害された風もなしに。
「こちらの馬鹿の不手際で、回路神が恨まれているなど、私には我慢が出来ないだけさ。
だから、我らが神の力が、貴女がたの得になれば、見方を変えてもらえるかと思ってね」
「左様で。
念のため申し上げておきますが、あくまで参考にするまでですよ。
実際にどうするかは、検討の上で決定します」
「それでいい。選択肢に入れておいてくれれば」
いずれにせよ、この件について最終的に決定なさるのはリクホ様。
まずは報告し、判断を仰ぐことと致しましょう。
……その際に、一つ覚悟がいるのは。
ワタシには、リクホ様と離れている際に得た情報を、可能な限り詳細にお伝えする義務があります。
この会話の全文はお伝えするとして。
そうなれば必然、ワタシの個人的な『課題』も明らかにしなければ、なりません、よね。




