起 ≪手記≫
手記No.32:『承院』バーミングラウゼ
――棍の月/上心の曜――
ジッズ大陸中部。
バーミングラウゼとは本来、ここにある寺院の名前だが、今ではその周辺に出来た街もひっくるめてバーミングラウゼ。
とりあえず、手持ちの鍵から行ける中では、ここが最寄り。
回路神セキュア縁の宗教都市としては。
理由は言わずもがな。
あのアホにかけられた呪いを解く手立てを見つけるため。
出来ればこんな理由と状況で訪れたくはなかった。
小高い丘の上の街は、昼夜を通して落ち着いた雰囲気を漂わせて、風光明媚という言葉が実によく似合う。
かっかした頭では観光なんて気分にはとてもなれないけれど。
おまけにすれ違う誰も彼も、回路神信徒と思うだけで、今のオレには敵にさえ見えちゃう。……いけないな。
並ぶ家屋は全て木造の二階建て。多分、デザインが取り決められているのだろう、ざっと見て建物は四パターンしかない。
土塀で囲まれているものの、これが跨げるほど低い。門もない。外からの侵入を阻む意図がなく、敷地を区切るラインってだけなんだろう。
聞いたところ、バーミングラウゼでは留守でも家に鍵をしないんだそうだ。
鍵を神聖視しているってのが理由の一つ。神の産物、扉の樹がつける神秘の木の実だから。
でもそれよりも何より、隣人を深く信頼している。
実際にこの街では物取りなんかの犯罪は滅多にないそうだ。
そんな街の中心にある寺院。
バーミングラウゼ。
ここは回路神信徒には宗教的要地であるとのこと。
千年の昔、神格を得た回路神セキュアは、神威を世界の遍く全てへ示すために、諸大陸を漫遊したのだそうだ。
旅路は物語として詳細に伝えられている。
その中で、セキュアが神としての自覚し、悟りを啓いていくのに大きな影響のあった地が、四つ。
後世に神託者がその場所へ、扉の樹を入植して寺院を建てた。
ここバーミングラウゼはセキュアがやってきた順番で行くと二つ目に当たるため、起承転結の「承院」ってわけ。
オレの抱える問題の、解決の糸口が何か手に入る……かは、微妙。
むしろ門前払いされるかも。
だってオレってば、回路神の神託者から呪われた身。
そんなやつがのこのこ現れたら、回路神のお寺の人にしてみりゃ、犯罪者が訪ねてきやがったってなもんだろ。
とはいえこっちとしても、落ち度なんかないわけで。
テメーんとこの神託者に泥を付けられたんだが、どう落とし前つけてくれんの、くらいの気持ちではある。
下手したら宗教戦争だぜ?
……いやオレんとこの神様には、信者とかいないから、戦いになんないんだけどさ。
承院、というか回路神のとこの聖職者は、法衣に袈裟をかけている。
お坊さんスタイルだな。
髪型は自由っぽいけど。
そんで寺院の庭で子どもたちに、蹴鞠を教えていた。
遊びって温度じゃない。
そういえばユノハも神球を持っているし、回路神的には球体はシンボリックなアイテムなのかね。
訪問に際してどれくらい態度を強硬にしていくかは迷った。
というか今回に関していえば、イグナがだいぶキレてる。
自分より怒ってる人がいると、不思議なもんで、妙に冷静になっちゃうよね……。
結局、オレに害をなしたのはあくまでユノハであって、ここの人たちじゃないし、無礼はしないことにした。
出迎えてくれた僧正に、回路神についてお尋ねしたいことがある、と伝えて。
オレの翼から抜き取った羽根の一枚を、名刺代わりに差し出しつつ。
シャツを巻くって胸を見せたら、血相が面白いように変わった。
すぐに住職に取り次いでくれるって。
院内に通される間の対応。
さっと出てくる湯呑。
小僧さんたちの畏まった様子。
……うーん、目の仇にはされてない、かな。
イグナはすっかり疑り深くなっていて、罠かもとしきりに警戒しているけれど。
まぁそんときゃそんとき。
多分、そこまで心配しなくても大丈夫そうだしな。




