呪いについて
怪我、病気と並んでこの世界にはもう一つ、オレたちの世界にはなかった身体の不具合がある。
呪い。
何らかの魔力に由来するそれは、とりわけ症状が奇妙奇天烈。しかも場合によっては何代にも渡る。
治療どころか特定にも手こずる厄介なもので、医者の中でも解呪師と呼ばれる、魔術的知識を持った専門医が患者を診るそうだが。それでも、根治するケースのほうが稀だという。
一口に呪いといっても、タイプがある。
まず、直接呪いをかけられるタイプ。
お姫様が白鳥に変えられたり、藁人形の丑の刻参りとか、あの系統だ。
髪だの爪だの相手の一部を媒介にする、あるいは水晶玉やらで標的の姿を見つめながら儀式することで、奇病じみた症状に陥らせることが出来る。
この手の呪いは持続のために、儀式を執り行った状況――床に書いた魔方陣だとか、焚いた護摩だとか――を維持しておく必要があるのが共通点で、それを崩すことが解呪の条件。
どこの誰かからも分からず、不意打ちで苦しめられる恐怖の黒魔術……と、いうのも今は昔。戦乱の時代には敵大将なんかを暗殺するために、盛んに用いられたそうだが、現代ではすっかり珍しい。
なにせ、ランニングコストとして魔力が陣に吸い上げられていく。術をかけている間、ずっと、延々と。 こんな手段で人一人を呪い殺そうと思ったら、自分の寿命を賭けるくらいのエネルギーが必要で、はっきり言って苦労に対してリターンが見合ってないんだ。
人を呪わば穴二つ。相手を苦しめた分、自分も苦しむ羽目になる。今時では相当に恨み骨髄でなくっちゃやらない。
さらには過去の流行時に対抗策がすっかり考案され尽くされており、呪いを逆探知する魔法がすでに確立しているそうで、犯人はすぐバレる。これじゃあ相手のところへ殴りこんでナイフで刺したほうがマシってもんだ。
次に、魔力を帯びた獣や物品から、傷を受けるタイプ。
呪毒と呼称されるそうで、呪いといえばこれが圧倒的に多いのだとか。
――魔物に噛まれたところから鱗が生え、生肉が食べたくて仕方がありません。
――骨董市で見つけたペーパーナイフでうっかり指を切ったら、全身の骨が蛸みたいにグニャグニャになっちゃいました。
レドラムダで妹姫様からも習ったけど、『そういう機能』を持つように魔術を込めて作られた物品は、何百年たってもそのままだ。
『そういう能力』を与えられたネズミが繁殖したら、魔性を持った新生物として子々孫々を続けていき、魔物として害になる。
前者は代謝しないが故に込められた魔力が残留し続け、後者は魔力によって存在が歪められた状態で仔が生まれると、親の形質が遺伝するが故。
言ってみれば呪毒は、過去からの負の遺産。
治療はとても難しい。
呪いの源となったものから薬を作成するしかないのだが、これは手間も時間もかかる。
つらい闘病を続けて、何年も後にようやくってのも、当たり前だとか。
魔具からの呪毒は厳しい。
解毒剤を作ろうにも、毒の採取がしづらいからだ。
解体して肝やら毒腺やらを引っ張り出す、という訳にもいかないし。
植物に呪毒を与えて、抗体を持つように育てて、そこから血清を得るなどの、迂遠な方法が必要だ。
そんなのも魔具が手元にあればの話で、どこの何で毒を食らったかも判然としていなければ、もっと苦労を強いられる。
魔物からの呪毒も厳しい。
生き物の中に残った呪術は、そいつが代を重ねるにつれて定向進化的に凶悪になっていくそうだ。
結果、元の術式すら意図していない、訳の分からない生物が誕生し、呪毒も予想不可能な効果を表してくる。
魔物討伐はどこの大陸、どこの街でも重要かつ名誉とされるが、理由は呪毒を断つため。それから呪毒を受けた患者の治療のために、呪いを与えた魔物、当の個体が必要だからだ。
冒険者の主な収入源の一つは賞金首の懸賞金だが、そこに名を連ねるのは犯罪者よりも魔物のほうが多かったりもする。
そんでもう一個。すンげーレアケース。
神威で呪われるタイプ。神罰の一環。
こんな事は通常有り得ない。地上から去って久しい神様たちは、滅多やたらには人に関わらないのだから。
どれだけ敬虔な信者の前にもまず現れないように、わざわざ天上から降りて来て罪人を罰して行ったりもしない。
あるとすれば、当代無比の愚者が神の領域を犯したときくらいのもので……あぁなに、つまりオレってそういうことなの?
腹が立つ。
腹が立つ。
ユノハの野郎。
腹が立つ。
オレは厳密には、神託者から呪いをかけられたわけだけど、それだって上記と同じ理由でないことだ。
なぜって、神託者は神の名代だから。神がしないことを神託者もしちゃいけないし、しようなんて思う奴はまず神託者に選ばれない。
神の意思と合致した高次の精神を持つ者のみが、神託者として採り立てられる。
……っつーことはだ。
オレにかけられたこの回路の呪いは、回路神が施したも同義ってこと?
呪いを解く方法は事実上、存在しない。
解呪師には「ひたすらに祈って、神に許しを乞うしかない」と言われた。
あるいは神が依代にするような巫女だの司教だのがいるんなら、その人から祝福とか洗礼を受けろ、だそうだ。
かけてきた相手を見つけ出してブチのめしたらどうだろうか、と訊ねたら、生ぬるい笑みが返ってくる。そうかい、悪手かい。
ただ、光明があるとすれば『回路神』だってことだそうで。
あの理路を司る神による呪いならば、呪いをかける道筋と同じように、呪いを解く道筋が必ず用意されているはずだ。
なるほどね。
ユノハの狙いは分からないけれど、時間稼ぎのつもりか。
くそが。
あと、呪い持ちは子どもを作っちゃいけないという。
オレも解呪師から釘を刺された。
生まれた子どもが魔物になっちゃうからだって。もっともだな。
取り急ぎその予定はないので、まぁ困りはしないけどね。
迷惑には変わらない。
さっさと解かないと。




