承 ≪到達≫
群馬の景色には大変にチグハグである。
例えば看板。
例えば標識。
例えばホロ・ポスター。
街並みに有り触れる、文字の全てが……日本語でもなければ英語でもない。
神智文字、というわけでもない。
「新発売の、高出力……3Dプリンタ?」
貼られた広告の一つを読み上げたキアシアが、「3Dプリンタって何?」と首を傾げる。
そう、彼女やアインにも読める文字。
陸歩が最近ようやく、たどたどしく扱えるようになった文字であり、イグナが一瞬で習得した文字である。
キアシアたちの世界の、統一言語。
ということは、この場所は、まだその世界の続きにあるということか。
「やっぱり帰ってきたんじゃねぇな」
十中八九、そうだろうとは思ったが。
ここは魔女の作り上げた箱庭。
だとすれば、どうやって。
どうのようにして、『この』世界の景色を、知り得たのか。
この街は、陸歩の記憶と完全に一致している。
「アイン。念のために聞くけど、ここはお前の言ってた月じゃあないんだよな?」
「あぁ、違うな。月はもっと殺風景で白くて砂だらけだ。
ここが街なのか、それともダンジョンなのか、それすら見当つかねぇ」
「…………」
以前、レドラムダ大陸でダンジョンの一つが、故郷そっくりだったときは……。
あの時は、確かトエンが……なんと言ったんだったか。
「……そうだ……『元ネタがある』、だ」
「あん?」
「急ごう」
言うが早いか、陸歩はキアシアの腰を抱き、肩に担ぎ上げた。
女子にするにはいささか乱暴。しかしそのことが反って、彼に余裕がないことを示しており、キアシアも「わっ、ちょっと……」と呟くくらいで抵抗もしない。
「キア、ごめんだけど、」
「いいわよ……全力でどうぞ」
申し訳程度の許可を取りつけ、陸歩は両脚に力を込めた。
疾走。
筋力にものを言わせ、一陣の颶風となり、道に足跡型の焦げを焼きつけていく。
あっという間に点になるほど遠くまで駆けた彼に、アインの口笛が甲高い。
「おー、はえーはえー」
「ワタシたちも、急ぎましょう。置いていかれてしまう」
「だな」
芝居がかった身振りで、アインが恭しく手を差し出してくる。
イグナはその意味を一瞬考え、すぐに悟り、拒否した。
「自分で走れます」
脚部をCode:Formulaで組んだプリセットに形状変化。
バーニアから火を噴き、文字通りのロケットスタートでイグナは主を追った。
学校から研究所までは、子どもでも毎日通える距離だ。
今の陸歩が本気で走ればものの数十秒。
思い出と同じ、そびえる門の前で、陸歩はキアシアを下ろした。
「大丈夫か?」
「へ、平気……」
口元を押さえた彼女は、自分の胸を何度か撫で、わずかに涙目になりながら息を吐いた。
ほどなくイグナが到着する。
「ここは……」
「そっか、イグナも知ってるのか」
始まりの日。陸歩はカニマークのトラックに誘われて、ここに来たのだ。
その時、荷台に積載されていたのが、彼女。
「はい。正確には、ワタシのより前の、試作個体の記憶ですが。
ここで、思考制御ナノマシンの、研究が行われていた――と、ライブラリにあります」
思うままにナノマシンを動かす、というとナユねぇの身体を創る研究の一環だろうか。
陸歩も同じアプローチを考えたことがある。生存に関係しない部分――手と足とか――を、イグナのようにナノマシンの集合で形成する方法。
「――――」
フラッシュバックのようだ。
原初神の姿が過る。
ナユねぇの顔で、ナユねぇの声で、ナユねぇの微笑みで、手足を身体を備えた、神。
もし。
もし、『そう』なら。
もし、あれが本当にナユねぇ、なら。
「……行こう。いるなら、絶対ここだ。
アインは?」
「――開かねぇぞ、この扉?」
いつの間にか、すでに羅刹はそこにいて、門扉を行儀悪く爪先で突いている。
蹴破るか、と獰猛に笑うが。
それには及ばない。陸歩は首を振った。
「あっちから入るのが正解なんだよ」
大きく回り込み、茂った藪の一つを掻き分ける。
経年で出来た壁の裂け目から、掌と膝小僧を汚しながら、潜り込んだ。
全部が記憶通りだ。
だがその先が違う。
「――あらぁ。いらっしゃぁい」
甘ったるい猫なで声で魔女が出迎える。
そこに在るはずの建物が一切ない。
代わりに、森だ。
一本一本が扉の樹。
香しき花を満開につけて、敷地の中いっぱいに広がっていた。
その中心に、魔女。
ぺたりと地面に座り、膝を枕として貸している――原初神に。
すぅすぅと寝息を立てる、原初神に。
「――ナユねぇ」
か細く震える、陸歩の声。
それを面白がるように、魔女はわざとらしく、原初神の髪を撫でて耳をくすぐってみせた。
微睡みの神は、むにゃむにゃと微笑みを浮かべる。




