転 ≪診断≫
鍵師の隠れ里は冬の街。
だから出かける前に着込んでいく必要があって、身支度に多少の手間がかかった。
その多少の間に、すでにフェズがいない。
「もう行ったわよ」
魔女にさらりと言われ、カナは目を剥く。
すぐさま自分も鍵を借りて、ビックキップへ飛んだ。
「……っ! ……っ!」
カナは扉の樹をくぐり抜けるなり、右を睨み、左を睨み、また右を睨みつける。
鴉を探しているのだ。そこにフェズがいるはず。
だが黒い翼は見当たらず、代わりに一人の少女と目が合う。
他の住人は誰しも仮面を被っているのに、彼女だけは素顔で、それだけで余所者と知れた。
きっと向こうも同じ判断をしたのだろう。
「「……、あ」」
互いに小さく声が出た。
カナはその少女に見覚えがある。
確か、ジュンナイリクホの仲間だ。ザナムゥで、フェズを座らせた車椅子を押していた娘。
少女――キアシアのほうも、彼に見覚えが。
確か魔女の手下だ、ザナムゥでフェズを迎えに来た、先生とか呼ばれてた人。
「…………」
「…………」
「「……ど、どうも……」」
どうしたものか、どちらも困ってしまう。
知り合いというほど知ってはいないし、赤の他人というほど知らなくはないし。
なんとか糸口を見つけたのは、キアシアが先だ。
「えっと……リクホ、ですよね」
今日は裏鼻の曜。だから彼が訪ねてきた要件は、神器修理の進捗報告と踏んだのだ。
陸歩とイグナは長老宅の片付けに行っているところ。
キアシアだけ別なのは、鍵師たちに昼食を振る舞っていたからだ。
彼女がビックキップに開いた青空食堂は大盛況で、両手には代金代わりに受け取った山盛りの果物。その表面はどれも金や銀でコーティングされ、精緻な装飾が施されている。これこそ鍵に次ぐこの街の工芸品で、流通価格を知っていれば、こんな雑な持ち方は出来ない。
「あたしも今から合流するところで。こっちです」
「あ、どうも…………あの、」
「はい?」
「フェズ、来てます、よね?」
「え? いえ、どうだろ」
とにかくこっち、とキアシアが先に行く。
カナも、距離を測りかねる態度を隠しようもなく、そろりそろりと続いた。
一際大きなテントが見えた。
「あそこです」
「っ!」
屋根の上に鴉が止まって、翼で嘴を擦っているではないか。
キアシアを追い越したカナは、余所様の家であるということも忘れ、入口の幕をめくって、テントの中へ叫ぶ。
「フェズ!」
迎えたのは、ガラクタがうず高く足の踏み場もなく積まれた屋内。
そして少女の「げ」という表情。
――よかった。いた。
彼は安堵の息を漏らし、ようやく肩肘から緊張を抜いた。
まさか過保護もここまで、とは思っていなかったフェズは、嫌そうな顔を継続中だ。
「カナ先生……わざわざ追っかけてきたの?」
「一緒に行くと言ったでしょうっ」
つい、大声。フェズに「しぃっ!」と窘められる。
隣に並んだ陸歩とイグナも、同じように口に人差し指を当てていた。
三人とも、行儀よく正座の格好。
その前には子どものように小柄な老人がいて、虫眼鏡でなにやら熱心に見ているのは鍵だ。
それが自分たちのアジトへの鍵とカナもすぐに気づき、場の真剣な雰囲気もあり、何事かと固唾を飲む。
恐る恐るとキアシアもテントの中へ入って来て、靴を脱いだ。
そこで自分がまだ土足であることに思い至ったカナが、慌ててブーツの紐を解く。
この新参二人も、倣って正座して。
キアシアがこっそりと囁く。
「よかったじゃない、見てもらえたんだ?」
「あぁ、やっとだ」
思えば他の鍵師たちが、口をそろえて「もっと適任がいる」と言っていたのは、長老のことを指していたのか。
この爺様こそがビックキップ随一の腕前の持ち主とはあらかじめ聞いている。
そんな職人が今、じっくりと時間をかけて鍵を確かめていた。
他の職人が譲るほどの、鍵。
相当の難物と見える。
陸歩とキアシアのやり取りを、聞き捨てならなかったカナが、声を落として訊ねた。
「フェズ。あれは、貴女の持っていた鍵ではないんですか?」
「違うよ。リクホの」
「なんですって……?」
「アインさんから――っていうか、魔女様から? もらったって」
「なんですって?」
事情を問う目をカナから向けられた陸歩は、冷ややかに肩を竦めるだけだった。
やがて長老は、虫眼鏡を置き、息を吐いた。
「不思議だの」
「あの、何か分かりましたか」
「不思議だのぉ」
しきりに首を傾げる爺様に、陸歩は不安になる。
長老は、やっぱり首を傾げて。
「儂もそれなりに長いこと生きてきたんだがな。こんなのは初めて見たわい。
これは、鍵の半分だ」
「…………はい?」
「一見、これで一本に見えるがの。これでは半分。
片割れが無くては、鍵にならんなぁ」
つまり何か、部品が足りていないということか。
だがアインはそんなことは言っていなかったし、フェズも同様だ。
陸歩は前のめりになりながら、声を荒くした。
「それで、その、片割れってのは!?」
つい、と長老は指を差す。両手でだ。
右手はフェズの、篭手を。
左手はカナの、篭手を。
「その手で握って、初めて鍵なんか。はぁ、不思議だし、よく出来とる」
瞬間、フェズもカナも、指先に熱を感じた。
それは錯覚ではあったのだが、つまり、それくらいの熱量だったということ。
答えを目前にした陸歩から注がれた、その赤い視線は。




