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承:急 ≪舞曲≫

 一つごとにじっくりと間をおいて、銅鑼(どら)が二十一回、打ち鳴らされた。

 そのたびに世界樹から、群衆が草原へと繰り出していく。


 平原に(しつら)えられた木組みの矢倉(やぐら)は、羊の角、それから(つた)で飾られ、中に光源が仕込まれているのか隙間から明かりを(こぼ)していた。


 幾千もの人々が、しかし一人として口を利かない。

 聴こえるのはただ笛の音、太鼓の音、篝火(かがりび)の爆ぜる音。


 誰もが矢倉を囲んで、固唾(かたず)をのんでいて、その中には陸歩とイグナもいた。

 陸歩はピンと張りつめて高まっていく緊張を肌で感じ、意味も由来も分からないまま、静かに震えを覚える。


 二十二度目の銅鑼が鳴った。

 樹上から、落下する、影。


 その小柄は矢倉に着地し、その小柄は白無垢に似た衣装を(ひるがえ)し、その小柄は色とりどりのカラクリの手足をしていて、その小柄はリンリャだった。


 吹き抜けるものがある。

 陸歩はそれを始め、風の音かと思った。

 しかし実は細く高く鳴ったのは、群衆の発した指笛。

 音はさらに加速し、かと思えば遠雷のように低く重く轟き、まるで質量を持つかのように千変にうねった。


 リンリャが舞う。

 その腕は力強く空を()ぎ、その足は優麗(ゆうれい)に舞台上を弾む。


 彼女、音を(まと)った――陸歩にはそう映った。

 リンリャの腕と脚とに複雑に刻まれた(みぞ)が、空気を裂いて、さながら楽器と化したのだ。


 リンリャがあらかじめ舞台に置かれていた面を取り、綿帽子(わたぼうし)を脱いで代わりに被った。

 羊の頭部を丸ごと用いたそれは、たっぷりとした白毛で少女を包む。

 

 リンリャが腰から剣を抜き放った。

 右手に一振り、左手にも一振り。

 夜に()()えと輝く刀身は、油に(ひた)したような黒。

 それは一瞬の後には月光に白く濡れ、次の一瞬には篝火の(だいだい)へと万化する。


 リンリャが舞う。

 紺碧(こんぺき)の右腕が跳ね、

 真紅(しんく)の左腕が沈んだ。

 翡翠(ひすい)の左足が顔の前を蹴り上げ、

 山吹(やまぶき)の左足、その(かかと)が続いた。


 双剣は少女が回るに合わせて(せわ)しなく明滅し色を変え、たなびく羊毛は目に痛いほど白い。


 矢倉の根元には羊頭を被った四人が(ひか)え、(たる)から柄杓(ひしゃく)(すく)った何かを、舞い続ける少女へと飛ばした。

 (すみ)だ。


 飛沫(しぶき)を浴びたリンリャ、とくにその羊毛が黒く汚れていく。


 それでも彼女の剣舞は留まらない。


 雨のように降りしきる墨で足元はすっかりぬかるみ、けれども拍子を取る雅楽(ががく)はさらに鋭さを増し、リンリャの剣は、四肢は、苛烈さを極めた。


「…………、」


 陸歩は呼吸も忘れて、食い入っていた。

 もうずっと息をしていない。

 瞬きも忘れて。


 固く(にぎ)()めた拳の内側では、熱いものが燃え盛っている。


 その眼が射るのは、舞い続ける少女の手であり、足である。


 ツクリモノのそれ。

 温度を持たぬであろうそれ。

 鉱物の光沢を放つそれ。


 なのに、血が通うかのように躍動する、それ。


 やっぱり、あるんだ。


「やっぱり、あるんだ」


 やっぱり、あるんだ。


 この世界には。

 この天地の理屈の内には。

 己の求める答えが、きっとあるのだ。


「あるんだ……」


 矢倉を見つめたまま、陸歩は乞うように拳をイグナへ差し出した。

 彼女は意を()み、その手を自分の両手で包む。


 こうして二人がかりでいなければ、陸歩の熱情は拳を飛び出して、きっと天まで焼いていたに違いないのだ。


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