結 ≪破門≫
病室であるというのに気後れもなく、アインはあっさりと魔女からアルコールを受け取る。
陸歩のほうは、差し出されてもそうはいかない。何が入っているか分かったものではないし、そもそも未成年だ。
警戒心をあらわに、睨み続ける陸歩に、魔女は肩を竦めた。
そして麦酒には自分で口を付ける。
「…………」
ぐっぱぐっぱとジョッキを呷る魔女。
顔をしかめながら陸歩は、右手で未だに鈴剣を掴まえていた。
この女、何をしに来たのか。
目的は何か。
だが実際にそれを訊ねたのは、彼ではなく。
口の端に泡をつけ、熱い呼気を吐き出したアインだった。
「そんで?」
「んー?」
「なんか用事があって来なすったんだろ、魔女殿?
あんたがわざわざ見舞いになんかくるタマかね」
然り、とばかりに魔女はコロコロ笑う。
そして飲み干したジョッキを、ぞろりと撫でると。
それは瞬きの間に、左用の篭手となっていた。
アインの篭手だ。
魔女はその掌に穿たれた穴へ、蠱惑的に指を挿し込み、たっぷりと勿体付けてから。
一本の鍵を抉り出した。
このとき、陸歩がもし知っていたら。
いま魔女が摘まんでいる鍵こそが、彼女たちのアジトへの鍵。
つまりは原初神の下へと通ずる鍵。
陸歩がアインからもぎ取ろうとした、まさにその鍵。
魔女はそれを抜き出して、あとは用済みとばかりに篭手をアインへと放った。
心底から楽しむ声音で告げる。
「――解雇通知よ、アインヴァッフェ・イリュー」
「ほう?」
「『塔剣』のアインも堕ちたものだわぁ。どこの馬の骨とも分からない剣士を相手に後れを取って、病院送りだなんてねぇ」
「おいおい、俺をここに送ったのはアンタだろう」
「言葉遊びで誤魔化せるとでも思ってるのぉ?」
傍で聞いている陸歩たちは、何というか、違和感を覚える。
魔女の口調はねちっこく、内容もアインをなじるものであるはずなのに。それなのに、ずっと快活で、ずっと楽しげなのだ。
それはアインも同様で、今まさに仲間から切り捨てられようとしていながら、クスクスと笑ってばかりいる。
「アインさん。あたしが貴方を引き入れたのは、貴方が強いから。貴方が誰にも負けないから。
不敗こそが貴方の価値だった。なのに」
「っつーことは、だ」
篭手をはめたアインは、指を開閉して感触を確かめながら、むしろ陸歩に聞かせるように言う。
「あんたはあの決闘で、負けたのは俺の方だって言いたいわけだ?」
ピクリと陸歩の肩が数センチ上がる。
魔女は、まさにその台詞を待っていたとばかりに、あらかじめ作ってあった匂いのする言葉を吐く。
「なんて心得違いかしら。そんなだから剣が鈍ったんじゃないの?
アインさん、貴方が負けたかどうかはどうだっていいの。
単に、貴方は勝っていないでしょう? それが問題なの。
今の貴方はあたしの求めるところを満たしていない」
この羅刹に、課せられていたのは常勝。
勝って当然。勝つのは前提。
魔女にとっては、アインは、如何なる戦いにおいても勝利する筈で話が成り立っていた。
敗北は論外。
勝敗に疑惑がつくだけでも重罪。
魔女が厳かに告げる。
「本日、この時この瞬間をもって、貴方を破門とします。
アインヴァッフェ・イリュー。あたしはもう、貴方を輩と思わない」
その言葉に。
羅刹は、裂けるように笑む。
「そうか。なら」
篭手に刺さった鍵、塔剣を呼び出す一本をがっちりと摘まみながら。
「もうあんたにも、あんたの子飼いの連中にも、手ぇ出していいってことだよなぁ?」
「もちろん。お好きになさいな」
「…………」
「…………」
一触即発。
だが。
「おい、ちょっと待てよ!」
陸歩が割って入る。
ここまで傍観者の立場だったが、いい加減、話が進むに任せるわけにいかなくなってきた。
「ちょっと待て! えっと……待てよ?
つまり、アインはもう、魔女の仲間じゃなくなった?」
「あぁ、そういうことになるな」
「じゃあ……じゃあ! オレとの約束はどうなるっ!?」
陸歩が決闘に勝ったら、原初神に合わせるという約束。
魔女の仲間でなくなったアインに、果たしてそれは履行しうるのか。
ことりと魔女が首を傾げた。
「どうもならないんじゃないのぉ?
だって貴方、アインさんに勝ったわけじゃあないんでしょう?」
「っ、それは……」
確かに勝敗については、ついさっきも議論になったところだ。
あそこから己の勝利を強弁するほど、陸歩は恥知らずでも捨て身でもない。
そこではたと気付く。
もっと直接の相手が目の前にいるではないか。
だったら。
「だったら……あんたに直接、頼めばいいよな。力尽くでも……っ!」
「あらやだそういうの好みぃ」
あくまでふざけた態度の魔女に、陸歩は奥歯を強く噛む。
そして短刀サイズの鈴剣を逆手に持ち、ゆっくりと、体重を、前傾へ、前傾へ。
鼻先へ鍵を放られた。
「お、」
「気に入ったから、それ、あげるわぁ」
「っは?」
アインから取り上げた鍵だ。
陸歩が問うように羅刹へ視線を向けると、彼は曖昧に頷く。
その間に、魔女は踵を返している。
「いつでもいらっしゃいなぁ。おもてなしの準備を整えて、待ってるからね」
「おい、ちょっと待て、待てって!」
待たない。
魔女はさっさと出て行ってしまう。
慌てて追いかけた陸歩は廊下に飛び出すが。
右を見ても、左を見ても、すでに魔女の背中はなかった。
手の中には鍵。
それは目的のものであるようなのだが。
「…………くっそ」
陸歩は、頭を抱えずにはいられない。




