転 ≪入院≫
ダンブリールの面積事情には、のっぴきならないものがある。
各地から絶えず集まってくる患者を、入院させておく施設が必要になるからだ。
この問題に対し、街は様々な対策を講じていた。
建物を上や下へ伸ばしたり。
区画を厳格に整理したり。
面する海を埋め立てて、ダンブリールのある半島を大きくしたり。
提携してくれる他所の街に病院を立てたり。
そういった不断の努力を聞かされては……あてがわれた部屋に、文句なんてとても言えない。
言えないが。
いややっぱり言うべきだろうか。
「おい、リクホ。お前の番だぜ」
「…………」
促され、陸歩はサイコロを二つ振る。
出目はそれぞれ4と5で、その強さにアインは「あっちゃーっ」と顔をしかめた。
さすがに、どうなのだろうか。
殺し合いを演じた相手と、相部屋というのは。
山札からカードを引くアイン。
その体躯は、今は人間のサイズだ。
盤面のコマへと伸ばされる羅刹の手。……一度はその掌が、天を覆うほど巨大であるのを目の当たりにしている陸歩は、つい息をひそめてしまう。
あの決闘の後、陸歩とイグナ、そしてアインも、まとめてこの街へ担ぎ込まれた。
そのときのことを、陸歩はおぼろげにしか覚えていない。
担架に揺られながら、混濁した意識で、傍にいるのが誰かも分からないまま、イグナの安否を必死で訊ねた……ような……。
次に目が覚めたのはこの病室で、キアシアの瞳の下だった。
いったい誰が搬送してくれたのか。おそらくはアインの仲間。フェズかもしれない。
少なくともキアシアではない。彼女はトレミダムで陸歩たちの帰りを待つばかりだった。そこへダンブリールの看護師が一人、遣いとしてやってきて、この街まで誘ったのだという。
さらに不明なのは、その誰かの意図。
救護が魔女の手下によるものと仮定すれば、一体なぜか。
敵である陸歩とイグナがともに意識不明、機能停止だったのだ。ならとどめを刺してしまえばよかったはずで、わざわざ医者へ連れてくる必要とは。
「…………」
陸歩はこっそりと、アインの表情を盗み見る。
羅刹は今は、自分の手札を熟読するのに忙しく、視線に気付く風もない。
病室は、陸歩とイグナとアインで相部屋だった。
これにもまた、何者かの何らかの企み、その一部か。
「んっしゃ! 出目、合わせて7だ! いい位置だぜぇ」
サイコロに一喜一憂するアインは。……如何なる策謀とも無縁に見える。
思わず陸歩はため息をついた。
なんだか、疑っているほうが馬鹿なんじゃないだろうか。
賽の目に従ってコマを進め、要所でカードを切り合う陸歩とアインは、どちらもが未だに入院着だ。
二人とも、身体はすっかり癒えている。けれどもまだ医者から、退院どころか運動の許可も下りないのだ。
有り余る時間と体力。こうして卓を挟んでゲームにでも興じていなければ、一日が長すぎる。
イグナは自分のベッドの上で正座し、どこでないところを見つめ、ぼぅっとしていた。
彼女もまた入院着。
その様子も陸歩はちらちらと横目で気にしているが。
なんとも、心配。
キアシアだけが普段の服装で、今は果物の皮を剥いているところだ。
そのまま食べさせてくれればいいが。おそらくはこの街の習慣に則って、ジュースにされてしまうことだろう。
アインが最後のサイコロを振る。
競りに競った試合、ここで合わせて7を超える目が出れば彼の勝ちだが。
「げっ、6かぁ。くそぅ1足りねぇ」
参った、とばかりに伸びをする。
陸歩は使い終わったカードを山札・捨て札とまとめながら。
アインがまた「もう一勝負」と言い出す前に。
「…………なぁ。オレは、負けたのか?」
重く訊ねる。
目を瞬かせたアインは。
「勝ったろお前、今。
あ、どっか点数の計算、間違えてたか?」
「違う、そうじゃない」
分かってて言ってるだろ、と陸歩はじっとりとした目で睨んだ。
アインは喉で笑う。
問うているのは、決闘の行方。
そうだなぁ、とアインは椅子の上で胡坐を掻いた。
難しい問題に取り組む表情をする。
「結局お互い、こうして生きてるんだしよ。
勝った負けたは、どっちにもねーのかもしんねぇよ?」
「本気で言ってるのか?」
詰問の語気となりつつある陸歩に、アインは今度は苦笑いで応えた。
ため息を一つ吐いた羅刹は。
「勝ったような気もするし。負けたような気もするんだよなぁ。
リクホ、お前あのとき、完全に潰れてただろ」
「……あぁ」
「な。勝敗が生き死により手前で決まっていいって言うんなら、あのとき俺はお前に勝ってたぜ。
……でも俺はそこから、お前の中から現れたものに打ち倒された」
その辺りのあらましを、陸歩はイグナから聞いている。
にわかには信じがたいが。自分の血液が意志を持ち、アインへ襲い掛かった、と。
これは流体操作剣技の作用なのか。
それとも炎の異能を授けたあの謎めいた薬液の、効能なのか。
ダンブリールの医者たちは、検査の結果にはなんら異常なところはないと言っていたが。
そして自分から出たものとはいえ、正体の分からない存在が打ち倒した相手を……はたして自分の勝利と呼べるのか。
羅刹もそこに悩んでいる。
「これってよぉ、誰が判定すんだろうな?」
ニヤリとするアインの、言いたいことは陸歩にもピンと来た。
――白黒はっきりさせるため、もう一回殺し合うか。
生粋の戦闘狂め。
だが。
陸歩は手の中で炎を小さく灯す。
必要とあらば。
「――お薬の時間ですよぉ」
病室のドアが開く。
看護師が一人、両手にジョッキを持って入ってきた。
この街では食事のみならず、薬においても錠剤や粉末などの固形を用いない。全て液体だ。
だが、そのジョッキの中身。
透き通る金色に、真っ白な泡がたっぷりと。
明らかにビール。
そして看護師は奇妙な目隠しをしていて。
陸歩たちは息を詰まらせた。
アインが声を上げて笑う。
「魔女殿! なんだよ、また妙なことしてるなぁ!」
「んふ。お見舞いよ、お見舞い。
お加減いかがかしらぁアインさん」
「おう、この通り」
「それから。
ジュンナイリクホくぅん?」
こっそりと、陸歩は枕の下へ手を入れている。
そこには小さく縮めた鈴剣が隠してあって、いざというときのために抜き身のままだ。
だが。
陸歩は気付いてしまう。
そのこっそりを、魔女は隠した双眸で、目ざとく見つめている――
んふ、と魔女はもう一度、粘っこく口角を上げる。




