結:破 ≪巨人≫
陸歩の神威が大地に開けた、真新しい谷間。
極炎がその筋を、べろりと舐め上げた。
土の焼ける匂いが辺りを包む。
もうもうと蒸気が立ち込めるのは、地下に沁み込んでいた水が熱せられたためだ。炎に直接触れずとも、この湯気で十分に生き物を焼死させる温度である。
谷底など、間違いなく地獄そのものだろう。
そこに落とされては、いかに羅刹と言えども。
本来は踵のアンカーを降ろし、身体を地面に固定して撃つCode:Dragoonだ。
それを空中で使用したため、陸歩とイグナは相当な距離、後ろへ押し下げられていた。
着地しても、轍を刻みつけながらまだ滑る。
ようやく止まった。
機甲鎧の全身から、長くため息のように、放熱。
……装甲が崩れた。
陸歩から剥がれた鎧は、その場で蹲るように、いつものイグナの姿へ結晶していく。
「も、うしわけ、ありませ、リクホさ、」
「イグナっ、大丈夫か?」
「は、い、、、」
彼女は人間のようには息切れしない。
しかしこの激しい決闘はイグナへ、ハードにもソフトにもオーバーワークを強い、これ以上の稼働は熱暴走の恐れすらあった。
陸歩もまた、消耗し切っている。
手足は筋肉が硬直して、全身とも疲労で鉛のようだ。
視界が霞み、耳鳴りが断続していた。
これ以上戦いが長引いていたらと思うと。
ぞっとする。
だが。
「…………、勝っ、」
不意にその言葉に不吉を覚えた陸歩は、咄嗟に呑み込む。
そして代わりをため息のように。
「こういうとき、絶対に、言っちゃいけない言葉があるよな」
「……いわ、ゆる、フラ、グで、しょ、うか、」
「無理して喋らなくても」
「大丈夫、です。――リクホ様、上空を、御覧に、警戒、」
アインが放っていた塔剣が、柄を先にして落ちてきている。
陸歩たちは図らずも、あの場所からずいぶん下がっているから、落下に直接巻き込まれることはないだろうが。
予想される衝撃に備えるため、陸歩はイグナを抱き上げて、背中を向けた。
ザナムゥが揺れる。
――だがそれは。空から大地へ打ち付けられた質量によるもの、ではなかった。
地獄の底から、巨人が這い出したからだ。
谷を割って巨大な右腕が突き出し、空中の塔剣を掴み取った。
陸歩は目を剥く。
まだしも燃え残る極炎の中から、巨大な上半身が現れた。
イグナが身を固くする。
「死ぬかとぉ思ったぜぇぇえ!?」
羅刹の声が銅鑼のように響いた。
再び、大地に立つアインヴァッフェ・イリュー。
その威容は。
ほんの数十秒前と、比べ物にならない。
今の彼は、陸歩と入れ替わるようにして、鎧姿だ。
金属ではなく、何らかの獣の皮か、鱗を繋ぎ合わせたもの。
兜はなく、また肘や肩や腹部に装甲がなく、防具というよりも装具といった趣である。
だが、そんな色直しなどは本当に些末なことだ。
アインのその体躯。
ついに現した、その本性。
まるで天を衝くようではないか。
谷間で紅蓮に炙られながら、アインは最後の鍵で開錠し、ついに本来の『大きさ』を解放した。
これこそが、彼の正体。
その足は千の戦場を蹂躙し、その拳は万軍を打ち倒す。
強大無比にして剛力無双。
巨人族。
…………だとしても。
「で、っかすぎ、だろっ!」
塔剣の存在から、アインは何らかの方法で人間大に化けた巨人であろうとは、陸歩も予想していた。
戦いの中で、この男が真なる姿を晒すこともあるだろうと。
だとしても。
なんだあの大きさは。
規格がおかしい。
アインの頭で太陽が隠れる。
携えた塔剣が短刀に見える。
巨人のスケールにも収まっていない。
文献によれば、その身長は人間の十倍程度であるはずだ。
なのに、アインは、さらにその十倍か。十五倍か。
実のところ、巨人とは身長の一定しない種族だ。
個体の強さに応じて、その身体は大きくなり続ける。
それでも大抵は、前述のとおり、人間の十倍で天井を迎えるが。
いずれかの武の神が、アインを深く愛したのだろう。
そうとしか思えない。
あらんかぎりの才を与え、天へ手を届かすことさえ許したのだ。
「こっからがぁああぁ!」
塔剣を振り上げる。
もはや陸歩にはどうしようもなかった。
「本気のぉ本気だぁあぁぁ!」
塔剣が振り降ろされる。
それでも陸歩はイグナを背に庇い、鈴剣を構えた。
巨大な剣が、巨大な腕に、渾身で振るわれた。
だというのに、音は驚くほど小さい。
太刀筋が鋭すぎて、空気も地面も空間も抵抗なく両断されたためだ。
ザナムゥにもう一筋、谷が生まれる。




