承:急 ≪術数≫
「んーっと……つまり貴方が言ってるのはぁ、」
魔女は酒を一口、グラスも用いず、酒瓶から直接呷った。
熱っぽい呼気を吐き出しながら。
「アインさんが負けないようにしろってこと?
それとも彼らの約束か、決闘自体をぶっ壊せってこと?
もしくはあたしたちに、今すぐ引っ越ししろってことかしらぁ」
「どれだっていいよ」
酒瓶を魔女の手から引っ手繰るように受け取ったユノハも、ぐいとラッパ飲み。
喉を滑り落ちていくアルコールは氷のように熱く、腹の中で青い炎が躍る心地がする。
ユノハが持参した、彼の馴染みの清酒だ。
けれどもその飲み口は、いつもよりずっと甘い、気がした。
「とにかく、いま君の原初神様が、我らのリクホくんと面識を持つのは正しくないんだ。
どんな卑怯卑劣な手を使ったって構わない。
二人を、会わせちゃいけない」
「でもそれ、貴方の事情でしょう?」
この会談は、魔女とユノハの二人きりだ。
高弟たちの誰が何を言っても魔女は一切聞かず、ユノハに誘われるまま、城を出て月面を歩いた。
悪だくみでかき集めた扉の樹の森を、二人はそぞろ歩きながら、酒を回し飲みにしている。
「別にあたしたちは、正しくなんかなくったって、何にも困らないんだけどぉ?」
「君だって何か、目的があってあの原初神を呼び出したんだろ。
リクホくんと知り合ったら、彼女の制御が効かなくなるかもしれないぞ」
「ふぅん……?」
歩くのに飽きた魔女は、立ち止まって手近な樹の幹を、爪先で小突く。
するとそこから新たな枝が猛烈な勢いで伸び、まさに彼女が腰掛けるのにちょうどいい高さへ、腕を伸ばした。
座りつつ、魔女はユノハにも隣を勧め、しかし彼は腕を組んで応じない。
男のつれない態度に肩を竦めながら。
「ジュンナイリクホくん。んーん……。
彼は、ナユタ様の、何なのかしら?」
「彼にとっての彼女は、特別な人だそうだよ。
……今の彼女は、彼が何者か知らない。知ってはいけない」
「もし知っちゃったら?」
「この世界の全ての根幹である彼女が、この世界の正体について気付くことになる。
そうなれば……神の一人も残さずに、この世界はなくなっちゃうだろうね」
ほ、と魔女は笑った。
そんなものか、と。
元より彼女は、そのくらいのつもりなのだ。でなくては原初神、などと大仰なものを呼び出したりしない。
とはいえ。
「まぁ、準備も出来てないのに世界に滅びられてもね。始末が悪いわね、確かに」
「その準備とやらはいずれ僕が挫くわけだけど。とにかく、今は」
魔女が酒瓶を差し出した。
受け取ろうとするユノハ、その前に、魔女は酒瓶を落とす。そして彼の手を捕まえて、ぐいと引っ張った。
瓶は不自然なほど呆気なく砕け散り、最後に残っていた一口分の酒が破片とともに跳ね、二人の靴を濡らした。
契約の口づけを交わす、二人の靴を。
「んふっ。お上手なのねぇ、回路神の神託者様ぁ?」
「二度はごめんだよ、冒涜の魔女」
>>>>>>
二機のアメンボまでもが形を変えて、陸歩となった。
数にして四。
他のどの陸歩よりも先駆けてアインへ跳びかかっていくのは彼らで、水溜りを蹴立てながら、四方から鈴剣を振り下ろす。
「……軽いな」
それを、羅刹は剣一本でまとめて受け止めてみせる。
「真似てるのは姿までかよ……ガッカリさせんなぁ!」
アインにしてみれば、軽く身を揺すっただけのことだった。
だが今の彼の挙動は、周囲にとっては――重すぎる。
「っ!」
ナノマシンで形作られた陸歩四人が、剣から伝わる衝撃だけで容易く爆散した。
血液の代わりにぶちまけられるのは、アメンボの時代から保持していた水。
新たな流水が辺りを池に変え、それぞれの脚を洗った。
一人の陸歩が肉薄する。
フランベルジュに鈴剣をぶつけ、彼は、息をのんだ。
押せども、びくともしない。
アインの剣は、こんなに重かっただろうか。
アインの見せる犬歯は、あんなに鋭かっただろうか。
「お前は、本物のリクホか」
「っ! っ!?」
「コソコソしてないでちゃんと自分で飛び込んでくるのは、評価してやる」
腰の入った動作ではない。
アインがしたのは、肩から先の運動だけだ。
鍔迫り合いを演じる鈴剣とフランベルジュ。
アインは肩から先、剣握る片腕で、軽く押し返しただけのこと。
陸歩が両手で持ち、全身全霊を込める、鈴剣を。
「おら」
「――――っう、ぉ!」
それだけで、陸歩は軽々と吹き飛んだ。
イグナが直ちに主の姿勢制御を図る。
鎧にスタビライザーがいくつも生え、地を向いていた頭、天を指す脚を、正しい向きへ押し戻した。
分身たちが、本体とアインとの間に次々に立ちはだかっていく。これも彼女の判断だ。
羅刹はそれらを紙切れのように薙ぎ倒しながら、着地しようと宙でもがく陸歩に迫った。
「らぁああぁっ!」
「あ、ぐっ!」
まだ空中にあり、足のつかない陸歩。
その胴へと、閃くアインの刺突は空気との摩擦に炙られ、流星よりも真っ赤だ。
金属音が劈く。
辛うじて鈴剣の腹が、フランベルジュの切っ先を受け止めてはしたものの……勢いに負けた陸歩は、さらに遠く長くを転がる羽目となる。
今度はそれを見送る構えのアインは、自らの肩を剣で叩いた。
「俺も見くびられたもんだぁなぁ? とんだ子供だましじゃねぇか」
「――まんまと騙されているくせに」
背後。
陸歩の声。
「っ、」
馬鹿なと思いつつ、アインは即応し、振り向きざまの横一閃。
そこには、胴体から真っ二つになる、陸歩……の、分身。
「ほらな、騙された」
カタカタと空の兜がアインを嗤った。
陸歩の似姿は、サラサラと黒い砂へほどけた。
あぁ、しまったな、と羅刹は内心で舌を打つ。
「っ――ぉんりゃあああああぁっ!!」
つい声のする方へ、惑わされて目をやってしまった。
背中へと突き刺さる、衝撃。
吹き飛ばされた陸歩――本当に本物だった陸歩が、両脚をロケットに変えて、全身を弾丸に変えて、突っ込むように戻ってきたのだ。鈴剣を先端にして。
「か、っは」
アインの口から血の咳が零れた。
しかし……それでも、彼は、その場から。一歩たりとも、揺らがない。




