承:破 ≪手段≫
【Code:Ignition を受諾】
電子の声音で、イグナが告げる。
【戦闘能力の解放を、ライン4まで許可。
兵器各種、戦術レベル8までロック解除。
当機はこれより、アサルトアーマーモードへと移行します。
ユーザーはその場に待機し、装着に備えてください】
機甲の鎧に覆われていく陸歩に、アインは顔いっぱいの好奇を浮かべた。
羅刹の笑みだ。
ぺろり、とアインは口の端に伝う血を舐める。
と同時に白銀を纏いつつある陸歩へ、獣のように突き進み、斬りかかった。
「やっはぁーっ!」
アインヴァッフェ・イリュー、その剣の極意は、後の先にあり。
常に先手は敵に譲る。
相手の全力を受け止め、さらにその上をいくことこそが戦いの最たる愉悦と、彼は知っているからだ。
だが今は、あんまり堪らなくて、つい跳びかかってしまった。まだ色直しの済んでいない陸歩へ。
数多の戦場を渡り歩いてきたアインだから、イグナから漂う濃密なその匂いを嗅ぎつけ、媚薬さながらに当てられたのかもしれない――兵器の芳香に。
一閃。
そのフランベルジュが描く太刀筋の、あまりに美しいこと。
一切の歪みなく完全なる真直で天を指した切っ先から、わずかのズレもなく振り下ろされた剣。陸歩の目には刃の軌跡は、完全な垂直に映った。
剣士ならば誰もが舌を巻く。幾何学の者を連れてきたとしても、魅了されたのではないか。
対して、陸歩は左手を差し出す。
アインへ向けた掌から、発せられるのは青白い電光の壁。
電磁シールドだ。
テクノロジーに、異能を掛け合せた、この世ならざる絶対防御。
羅刹は、それを押し切ってみせる。
「お、らあぁっ!」
「っ、」
エネルギー力場が実体ある剣に両断されることはない。
電磁シールドは陸歩とアインの間でクッションとなり続け、双方へ弾力を伝えつつ、結果として鎧姿の陸歩が後ろへ大きく押し下げられた。
過去には、神器である百腕の巨人すら止めたことのある科学の障壁を、この男は。
陸歩は兜の中で目を見開く。
完全に甲冑へと変身したイグナが、蒸気を吐き出した。
あたかも、敵の常識外れに、嘆息するように。
【装着完了。
システム・オールグリーン。
ご武運を祈ります。Have a nice day.】
「フェズから聞いてるぜ」
隠しようもなく弾む声で、アインが言う。
フランベルジュを正眼に構えながら。
構えを取る。これが彼にとってどれほど稀なことか、陸歩は知らないが、発散される剣気の圧から戦いの次元が一つ上がったことを感じる。
「嬢ちゃんを着込んだその格好が、お前の本気なんだろ?」
「あぁ。こっからは、さっきまでのオレと思われたら心外だ」
「嬉しいねぇ」
アインが重心を下げた。
その様子が、イグナから視覚支援を受ける今の陸歩には、ありありと見える。
アインが踏み込む、その予備動作を――
「――BLAZE!」
陸歩の火炎が制す。
彼が叫ぶのに合わせ、イグナが即座に左腕に作った放射機構から、紅蓮が迸った。
「おっと」
迫る炎に、アインは咄嗟に剣を薙ぐ。
ろくに体重も乗らない、手だけで振った刃だというのに、その風圧は眼前の赤を退けるに十分なものだ。
だが陸歩に必要だったのは、炎それ自体ではなく、熱のほう。
アインが目を細めた。
「あん?」
陸歩の姿が揺らいだのだ。
まるで細波でも走ったかのように、ぐにゃりと、頭の天辺から爪先まで。
そして全くの無造作で、ゆったりと、一歩詰めてくる。
それを、アインはあえて待つようなことをしない。
自ら接近し、白銀の陸歩へ斬りかかる。
陸歩を袈裟に両断。
――しかし何の手応えもなく、フランベルジュは空だけを掻いた。
斬った、と思ったところよりも更に後ろに、陸歩はいるではないか。
距離を誤った――アインは刹那の間に心中で激しく訝しんだ――目測が狂うなんて、馬鹿な。
鈴剣が、閃いた。
斬撃後の姿勢、たたらを踏んだに等しいアインには、避けるも受けるもない。
血の飛沫が散る。
喉を押さえたアイン。止めどない鮮血が、隙間から溢れて零れる。
が、それでも羅刹は、しっかりと確かな歩法で間合いを取った。
「リクホ様」
「おう」
間違いなく致命傷。
……だというのに、あの羅刹の表情はなんだろう。
苦痛にのたうつでもない、潰された呼吸に溺れるでもない。どうして、口角を上げたまま、赤くした犬歯を剥き出したまま、平然としていられる。
「ごほっ……ごっ……あー……あー。あー」
発声を確かめながら、アインが手をどかした時。
喉の傷は、すでに薄っすら痕しか残っていなかった。
「面妖だなぁ。どんな手品だ? ジュンナイ・リクホ」
そりゃこっちのセリフだ、と陸歩は口の中で苦く呟く。
尋常な回復速度ではない。
陸歩の方のトリックは簡単だ。
いわゆる蜃気楼。
先の攻撃で辺り一面にまき散らした大量の水。それをイグナの計算に従った温度で炙り、空気に密度の差を生み出した。
もちろん、ネタなどバラさない。
むしろ畳みかけるべき――
「イグナっ。Order. Code:Perceptionっ!」
【Code:Perceptionを受諾。
電脳能力の解放を、ライン4まで許可。
ワスプ全機、運用規定二十一項までロック解除。
当機はこれより、索敵アーマーモードへ移行します。】
鎧が変形していく。
兜は風鈴をぶら下げた笠に。
甲冑は鎖帷子に。
腰には樽型ユニット。
【装着完了。
ユーザー設定により、使用ワスプはプリセットを自動選出します。】
樽から飛び出す機械の微粒子たち。
最初は煙でしかなかった無数のナノマシンが、イグナの指示に従って一瞬のうちに集合を繰り返し、ヒトガタとなっていく。
その形は……今の陸歩にそっくりだ。色まで。鈴剣まで携えて。
立ち並ぶ分身は、十か、二十か。
今度こそ、アインは声を上げて笑った。
「手段の多いやつだな! 魔法使いみたいじゃねぇか!」
何故か、その言葉が、ひどく陸歩の癇に障る。
アインを取り囲んで、幾人も立った陸歩のうち、どれだかが押し殺した声で言った。
「――オレは、剣士だ」
「そうかい」
アインはフランベルジュを地面に突き立てた。戦闘中とは思えない呑気さだ。
そして篭手の腕に刺さった鍵のうち、一本に指をかける。
彼もまた、次の手段を投じようというのだ。
「なら、見せてもらわねぇとな。
あぁ――魅せてみろよ、もっと」
引き抜いた鍵を、アインは篭手の掌へ挿す。
開錠。
群と化した陸歩は、一斉に跳びかかった。




