承:序 ≪土産≫
陸歩が決闘するという。
相手は魔女の手下の剣士。
もし陸歩が勝てば、剣士は自分たちのアジトへ彼を招くと約束したとか。
そして魔女の呼び出した神に会わせる、なんて話になっているというじゃないか。
「良くないんだよなぁ、それは……」
望遠鏡を覗き込みながら、ユノハは呟く。
レンズに映る、陸歩とアイン。
互いの剣を遠慮なしにぶつけ合い、周囲に災害をまき散らす二人のうち、現在どちらが優勢なのか……剣士でもないユノハにはいまいち判然としない。
陸歩は、負けるかもしれない。
決闘の趨勢は、未だ拮抗しているように見える。
陸歩は、勝つかもしれない。
「困るんだよなぁ、それは……」
勝ってもらっては困る。
ここで件の神に会われると、ユノハが困るのだ。
それは手順違いであって、経るべき過程をいくつもすっ飛ばしていて、運命の正しい順路ではない。
100ページ目は、99ページの次にこなくてはならないのに。
――僕としたことが。
ユノハは唇を噛んだ。
「どこで間違えたかな……」
「なにか言った?」
背後から問われて、ユノハは望遠鏡を顔から離してゆっくりと振り返る。
風呂敷包みを手に下げたキアシアがこちらへ来るところで、ことりと首を傾げた。
「やぁ、キアシアちゃん。何でもないよ、独り言」
「そう?
……それは? ユノハくん、なに見てるの?」
彼女はユノハの望遠鏡の先を、額に手を当て目を細めて、追ってみるが。
少なくとも、見渡すかぎりは紺碧ばかりが、トレミダムの深い海だけが続いている。
微笑んだユノハは、キアシアから包みを受け取った。
「ごめんね、急にこんなことお願いして」
「別にいいけど、ありあわせだよ?」
「十分十分。うわぁー、もういい匂いする」
代わりに、望遠鏡をプレゼント。
覗き込んだ彼女は、「あれ」と声を上げる。
「なんだ、これ、万華鏡じゃない」
「お土産に買ったんだ。あげるよ」
右手に包みを、左手にはまだ開封していない酒瓶を。
じゃ、とユノハは踵を返した。
「僕ちょっと、出かけてくるから」
「またぁ?」
どこへ行くのか。
陸歩とイグナの出発のすぐ後、ユノハは様々な土地の食材を携えて帰ってきた。
それで「リクホくんの故郷の料理で、ささっと出来るものをこしらえてくれ」とキアシアに頼んできたのがついさっき。
「ユノハくんさ、最近なにしてるの? あっちこっち飛び回ってるんでしょ」
「もちろん、神託者のお仕事さ」
答えると、キアシアは「なんだてっきり」という顔をした。
思わず笑ってしまう。
「僕ってこう見えて、意外と敬虔で勤勉なんだよ?」
「まぁ、それは、そうなのかな?」
もう一度ケケケと笑って、ユノハは扉の樹を目指して歩き出した。
「ねぇ! ユノハくん、夕飯は?」
「うん、帰って来れたら食べるよ!」
笑顔で答えて、手を酒瓶ごと振って。
前を向いたとき。彼の表情から柔らかいものは、全て取り払われている。
「帰って、来れたらね」
呟くユノハはあまりに険しく、剣呑としていた。
⇔
そもそも、どこで道を違ったのか。
陸歩がアインと決闘を取り付けたのは歓楽要塞だという。
カプリティズへ連れて行ったのが間違いだったか。
あるいは捕虜としたフェズを引き渡すことを、静観したのがまずかったのか。
ザナムゥにそもそも行かなければ、陸歩が例の神と出会ってしまうアクシデントもなかった。
それとも、もっと前、レドラムダへ渡ったことが誤りの始まりか。
そうとも、最初はノイバウン大陸に行くのが正解だったのだ。それを歪めたから、巡り巡ってこうなったのかもしれない。
陸歩とアインの初顔合わせは、首都だったというじゃないか。
……とにかく。
修正を図らねばならない。
運命は、描くべき軌跡があらかじめ定められているのだ。最も尊き神の手によって。
それを外れ、元に戻らないほどにズレが生じれば。
物語が、破綻する。
ユノハはそんなことは、決して容認しない。
たとえ、どんな手段を用いても。
「――やぁ。差し入れを持ってきたんだ」
色めき立つ連中を敢えて挑発するように、笑み浮かべるユノハ。
両手に持参した手土産を掲げてみせる。
魔女は、ソファーに寝転がったまま、ニッコリと微笑んだ。
「いらっしゃい。来てくれるなんて嬉しいわぁ」
ユノハは今また、魔女たちのアジトへ乗り込んだのだ。
ザナムゥではっきりと告げられた通り、彼の首を狙う高弟もいる、その只中へ、単身で。
事実、既に得物を抜いて、殺意の視線を注いでくる者が、一人、二人。
そうでなくとも、過去に仲間の一人を討った回路神神託者の予期せぬ再訪に、誰もが固唾をのんでいる。
そんな中。
じっとユノハを見つめながらも、ケーキをパクつき続ける、少女が。
これが――原初神ナユタか。
傲岸不遜、大胆不敵、慇懃無礼なユノハをして、その存在にはため息を付いた。
自然と膝をついた自分の身体に、ユノハは驚かない。
まったく意図せず傅いた自分を、ユノハは不思議とも思わない。
まるで信徒であるかのように、回路神神託者は畏まって言う。
「お初にお目にかかる、全ての始まりにして結末である御方」
敬うことが当然なのだ。
この物語はこの少女から発し、この少女によって彩られ、この少女によって幕を閉じるのだから。
原初の神。神の中の神。
「貴女様の故郷の料理を持参いたしました。どうぞ、ご賞味ください。原初神ナユタ様」
「え、ほんとっ」
捧げものを、神は、飛びつくように受け取った。
「中身はなんですっ?」
「えーっと、なんだったかな……」
束の間、ユノハは言いよどんだ。
なにぶん、初めて耳にする料理名だったから、なんていったか。
あぁそうだ、と思い出す。
「テリヤキチキンバーガー、とか」
途端、神は目を輝かせた。




