起:急 ≪激突≫
刃と刃がぶつかり合った。
アインヴァッフェ・イリュー。
循内陸歩。
フランベルジュ。
鈴剣。
この一刀は、双方とも剣術などとは、とても呼べたものではない。
技が篭るのは、せいぜいが指から手首まで。剣術の基本形、刀身の折れない柄の握り方をしている、それくらい。
腕からその先は、ひたすら力あるのみだ。
どちらも一歩も退かない。
「――――っ!」
「――――っ!」
一方は剛力の剣士。
突き立てた刃で容易く地を割り、塔と見紛う剣を軽々と振るう戦人。
相対した者が皆、鬼神の面影を見るほどの猛者。
もう一方は、怪力の剣士。
百腕の巨人を拳で打ち倒し、果ても遠き旅路の困難を、その両手で切り開いてきた英傑。
神威を帯びる、誉れ高き神託者。
「お、おぉおおぉ!」
「ぜああああああ!」
どちらも、一歩も、退かない。
打ち合わせた鈴剣が啼く。フランベルジュが吠える。
たった一合、剣を交えたのみで、空が震えた。
大地が軋んだ。
互いの刃金は込められた力のあまり、紫電を吐き出し、周囲へとまき散らす。
衝撃が二人の剣士を中心に、波紋のように津波のように、辺りに広がっていく。
「う、わっ!」
フェズは思わず顔を庇った。
吹き付ける剣気が肌に突き刺さるようだ。
荒野の砂礫も飛ばされてきて、彼女の手足にガリガリとぶつかっていく。
イグナは、礫も意に介さず、主の戦いをじっと見つめていた。
「フェズさん」
「な、なに……っ」
「この街から立ち去ることを推奨します」
陸歩が後ろへ跳ぶ。
アインもだ。
しかしどちらもが間髪を入れずにまた突っ込んで、二撃目を交差させた。
激震。
空に叢雲。
衝撃。
フェズは身を竦める。
イグナは変わらず沈着なまま言う。
「巻き込まれれば、御覧の通り、ただでは済みませんよ」
「あ、あんたは、どうすんの……」
「ワタシは、リクホ様の鎧ですので」
三撃目が爆ぜる。
赤土が溜まらず捲れ上がった。
「きゃ!」
この距離だというのに、フェズは煽られて尻餅をついた。
だがイグナは相変わらず、しゃんと立ったまま。
そのことに、悔しそうに唇を噛んだフェズは、意を決したのか背を向けて、扉の樹へ向かって転がるように駆けた。
決闘の結末は見届けたい。
見届けたいが……。
あんな天変地異を間近で臨もうなんて、自殺行為に等しい。
ドアノブに飛びつく、フェズ。
「っ!」
背中へ突風が殺到する。どちらかの剣士に刺し穿たれたのかと思ったほどだ。
陸歩とアインの四撃目が炸裂したのだ。
少女の小柄は、剣圧によって扉へと押し付けられた。
「ぐ、ぎ、んんぅっ!」
なんとか耐えきり、扉から身体を離したフェズは、ろくに確かめずに手持ちの鍵から一本を引き抜き、ノブへ挿す。
そして向こう側へと命からがら逃げ延びた。
それを見送ってから、イグナも走る。あたかもフェズの後を追うように、扉の樹へと。
されど彼女は他所の街へ飛ぼうというのではない。
むしろ逆。
あらかじめ陸歩から預かっていた、一本の鍵を胸元から取り出す。
扉を開いた。
向こう側は、ジッズ大陸にある砂漠の駅だ。
広く、めったに人の寄り付かない場所。駐車場に、うってつけな。
そこに控えさせていた、眷属(眷属)たちを呼び寄せる。
イグナ本人よりも、巨大なワスプが二機。
アメンボの形をしたものがそれらは、腹に水をたらふく蓄えて、本体の意思する通りにザナムゥの空を飛ぶ。
「リクホ様!」
呼びかけると同時、イグナはアメンボで放水を開始した。
陸歩はアインの胸を蹴り、一度距離を作った。
降りしきる人工雨に打たれながら、陸歩は頭上で剣を回す、回す、回す。
鈴剣の刀身を細く、長く、そして澄み渡らせながら。
「――力こぶの比べっこはお終いだ。
ここからは、技巧の出る幕だぜ」
「おいおいおい! おい! そんなこと言うなよ!」
アインは髪を掻き毟らんばかりだ。
「俺ぁ感動してんだ! 真正面から打ち合ってくれる奴なんて故郷を出て以来だ! 俺に打ち負けない奴なんて初めてだ!
な! な! な! 小細工なんてよしてくれよ!
もっと! 力で! 俺にギンギン響かしてくれや!」
「オレの細工が小っちゃいかどうか……」
陸歩は上段、火の構え。
しかし鈴剣には水が、大量の水が重力を無視してまとわりつき、まるで柱のよう。
あるいは天を目指す昇竜か。
「くらって確かめろっ!」
振り下ろす。
水が瀑布となってアインに襲い掛かった。
その量。その重さ。
しかも飛び散る一滴一滴が針のように細く鋭く、避けようもなく敵へ押し寄せる。
赤土が無惨に抉れた。
土埃が舞い上がる。
水煙も、もうもうと。
だが……陸歩はその中に、未だ立ち続ける人影を見ていた。
「これだけか? ジュンナイリクホ」
血と雫を滴らせながら、けろりとしたアインヴァッフェ。
決して軽傷でないはずなのに。
その目には煮え滾るような失望の色があり、陸歩は顔をしかめた。
「違うよな? なぁ? 違うんだよな? まだあるんだろう、まだぁなんかぁ!」
「あぁ、もちろん。まだまださ。
――イグナ!」
従者が馳せ参じる。
「はい。リクホ様」
「Order! Code:Ignition!」




