起 ≪手記≫
手記No.6:『海上の華』トレミダム
――追記④:斧の月/裏心の曜――
マチルダ・ヴィスケス師匠。
トレミダムの防人。
海神流天海剣の達人。
彼女の道場には現在、オレを含めて、総勢27名の門下生がいる。
そのうち一番年上はオレだ。
他は全部、小中学生相当の少年少女たち。
おぉそんな幼い頃から軍事教練。トレミダムはスパルタさながら戦士の街か。……って、んなわけない。
彼らは別に、剣士になろうってんじゃないんだ。大半は自分の将来を漁師と決めているし、海洋学者になりたいって言ってた子もいるし。
つまり、習い事の温度だな。
武を通して、肉体や心構えや根性を養うのだ。
子どもの頃から鍛えておけば、やがて財産になることは間違いない。
しかも防人から直々の手ほどきを受けられるとあって、マチルダ師匠の道場は親御さんにも大人気。
師匠のほうも、あれでかなりの子ども好きだから、生徒を一切拒んだりしない。
防人も暇を持て余す役職でないだろうに、時間を捻出して面倒を見ている。
ときには読み書きや算盤の授業まで。
月謝もほとんど取らずに、だ。
師匠は、子どもの笑顔と成長を、何よりも得難い報酬と考えている。
それが道を極めた者の器なのだろう、あまりにも尊い。
翻って、オレは弟子入りの際に非常に苦労した。
というか、師匠は剣士を志す者を弟子に取らない。
それもまた、道を極めし者ゆえ、か。
マチルダ師匠は知ってるんだ、誰よりも知ってる。
剣の道を行く。……それは立てた刃の上を歩いていくことと、一緒なんだってことを。
だから、剣士を目指して門を叩く相手に、師匠は懇懇と説く。得るものは少なく、失うものの多く、傷の絶えない人生を。自分の経験を交えて。
大半の人間は、それで言葉少なになって、すごすごと帰るのだそうだ。
だがたまに、説得の効かない馬鹿がいるとか。
オレのその一人。
前には二人、男と女が一人ずついたらしいけど。
ユノハと初めて出会い、痛み分けをしたすぐ後のことだ。
オレが、自身の異能やイグナの性能に寄らない、自力を鍛え高める必要を痛感していたとき。
立ち寄ったトレミダムで目撃した、マチルダ師匠の剣。
痺れたね。今でも瞼の裏にくっきりと残っている。
師匠の鞘から閃光が駆け抜け、巨大な海魔をいとも容易く打ち果たした。
痺れた。
この人だって思った。
弟子入りは本当に苦労した。
何時間を門の前で正座して待って、頭を何回下げたか分からない。
でも、それでも、どうしても、オレはマチルダ師匠を師事したかったんだ。
だって、もう師匠の剣が焼き付いて、離れなかったんだから。
……あぁそうだ。
オレは師匠の剣に憧れたんだ。
師匠の剣があったから、オレは剣を取ったんだ。
向き不向きなんて知ったことじゃない。あぁ向いてなかろうともよ。そんなことはあらかじめ師匠からだって釘を刺されている。
だから何だって言うんだ。
オレは、師匠の剣に惚れたんだ。
今さらアインヴァッフェ・イリューになんと言われたって関係ない。
オレの剣は、師匠の剣だ。
それを否定するっていうんなら。
この剣で、分からせてやるしかない。
オレの師匠は世界最高で、オレの剣はこの剣以外になくて、この剣がどれだけ研ぎ澄まされたものかってことを。




