結 ≪要求≫
歓楽要塞での暴力沙汰はご法度。
飲食店で刃物を見せびらかしたなんて、それこそ手配書付きで追いかけ回されても文句は言えない。
そういう危機を、イグナの平謝りとキアシアの褒め殺しで、なんとか逃れた。
さらには陸歩が神託者であると明かし、その羽根の一枚を贈ることで、ついに「またのお越しを」の一言を引き出す。
戻った鶴の店で、注文の服を受け取る際にも、同じことを。
紹介状をくれた先で、揉め事を起こしてしまったことを陳謝しつつ、そうだせっかくだからアレもコレも、と更に買い物をして金を落とした。
全員が両手に、抱えきれないほどの荷物を持って、宿へ。
その道すがらで、陸歩は大変に凹んでいる。
今度ばかりは、ほとほと自分の沸点の低さが嫌になった。
「…………ごめん、イグナ、キア」
「いえ。心中、お察しします」
「たまにはこうやって、思いっきり服を買うのも悪くないわ」
「……ごめん」
そしてもう一人の元凶である男は、今も気楽に付いてきていた。
ゴタゴタの中で会計を陸歩たちと一緒にしてやり過ごしたアインは、しめしめと爪楊枝を咥えている。
このまま帰ったっていいのだが、何故まだ一緒にいるのかと言えば、陸歩の視線だ。
話は終わってない、逃がさないぞ……という殺意篭る目。アインはこれを面白がっている。
もうちょっと突けば、こいつは本気になるかも――アインもアインで、とっくに陸歩に目を付けているのだ。
リンギンガウでの続きが出来るのならば、是非もない。
なんなら、今この場でも。
心区へ入り、宿へ戻った。
取った部屋は畳敷きの和室二部屋で、陸歩たちは襖を隔ててこっちは男用、あっちは女用としてある。
陸歩が腰を下ろすと、アインも勧められるまでもなく手近な座布団を引き寄せて胡坐を掻く。
イグナは主のすぐ傍に正座し、鈴剣を我が子のように膝に置いた。陸歩から預けられたのだ。彼は頭に血を登らせた自身を深く恥じていて、また激情のままに振り回してしまわないようにその心ごと刃を、理性の化身である彼女へ任せた。
キアシアは荷物の中から折り畳み式の薬研を取り出して、薬草を煎じ始める。
間もなく、キアシアから全員へ、茶が振る舞われた。
アインはこれにもやっぱり勧められるよりも先に口を付け、「ん」と一瞬眉を寄せる。茶葉に煎じ薬が混ぜられたこれは、精神安定や虫歯予防に効果を持つが、独特の渋みがあるのだ。
が、彼はすぐに慣れたのか、数度頷きながら湯呑を空にした。
「お代わりもらえるかい」
「どうぞ」
「ありがとう」
陸歩もまた、一口。
少し気持ちが落ち着いた。
息を吐く。
「――アインヴァッフェ・イリュー。要求がある」
「食後の甘いもんが食いてぇなぁ」
「…………頼みが、」
「甘いもん。何かねぇの?」
「――っ」
あくまでとぼける男に、かっと陸歩の手が翻る。
イグナの膝の鈴剣、その柄を取って、その勢いのまま目の前のアインを――
と、する前にイグナがひょいと鈴剣を逃がした。
結果、陸歩は何でもない空中を掴むことになる。
「リクホ様」
「…………」
またやった。
陸歩は耳に熱を感じる。
それを誤魔化すように、頭をバリバリと掻いて、座り直した。
「ありがとう、イグナ……」
「いえ」
その様子に、アインはつまらなさそうに顔をしかめている。
そして何かを言いかけるのだが、キアシアから皿が差し出されたことで口を噤んだ。
羊羹だ。
「どうぞ。お口に合うといいけど」
「はっは、こりゃこりゃ」
表面に白く薄っすらと、砂糖が霜のように吹いている。
よく面倒を見られた上等な羊羹。
「言ってみるもんだな。こんなに高級品が出てくるなんて」
「高級ってこともないわ。あたしが作ったんだもの」
添えられた楊枝で、アインは茶菓子を、ぱくり。
感動に唸った。
「すごい、大したもんだ。
おい、ジュンナイ・リクホ。お前いつもこんなの食べてんの? 羨ましいなぁ、いい仲間を連れてる」
陸歩は重々しく頷く。
「あぁ。昔っから、人には恵まれてる」
「みたいだな。腕のいい料理人に、沈着な参謀か。
だが――師匠はどうだ?」
「……なんだって?」
「言っちゃあなんだが、剣の師匠については当たりを引いてる風には見えねぇな」
「このっ、」
すんでのところで、陸歩は自制した。
落ち着け……この剣士は、挑発して荒事に持ち込みたいだけだ。本気になった相手と斬り合いがしたいがために、いちいち癇に障る戯言を吹っ掛けてくるだけのこと。
だが。
この時ばかりは、アインの眼差しは真剣だった。
「お前が修めてるの、見たところ、流体使役の剣術だろ。しかも、可変剣だと?
どう考えても身体に合ってないだろうが。
ジュンナイ・リクホ。お前は俺と同じタイプのはずだ」
「あんたと……?」
「そうさ。
お前の本当は、金棒でも持って、上から下に振り下ろす――これだけでいいはずだ。これだけの剣術がお前の血肉に最も適してるはず。
それを、なんだぁ? 嫌に小器用で小賢しい剣の道を歩んでやがるな」
「知ったようなことをっ」
絶対に聞き捨てならない。
こいつ、今、師匠どころかおやっさんまで馬鹿にして。
イグナに目配せする――いよいよとなったら、やるぞ。
恩人を何人も貶されて、冷静でいるなんて出来ない。
イグナはそれを承認し、その時に備えるように目を伏せた。
陸歩は火を吐くように吼える。
「あんたに何が分かる!」
「分かるさ」
アインはきっぱりと言い切った。
「剣のことなら分かる。
剣は正直だ、嘘なんかつけない、取り繕うことも出来ない。
だから、分かる」
「っ」
日々を戦場と共に過ごし、一都市をたった一人で陥落せしめる剣士の言葉だ。
そこには得体の知れない迫力があり……陸歩は思わず、押されたように、顎を引いている。
アインは、覗かせた覇気を自ら区切るように、すんと鼻を鳴らした。
「それで。頼みだっけ。原初神に会わせろってか」
「ぁ、あぁ、そうだっ」
「分かった。伝えとくよ、飯代のお礼だ。
あの方が会おうって気になれば、会いに来るかもな」
「違う、そうじゃない、それじゃダメだ!」
「じゃあ、連れてけってか? お前を? 俺たちのアジトに?」
剣士は昏く嗤う。
「冗談だろう?」
当然の返答だ。
逆の立場だったら、陸歩だってしない。
だが。
それでも。
どんな手を使っても。
「だったら……力尽くになるぞ」
それを聞いて、今度こそアインは、声を上げて笑った。
「あぁ、いいな、それがいい。
剣士だもんな。相手の懐に自分の欲しいものがあるんなら、斬って捨てて漁れば一番話が早いやな!」
ゆらりと立ち上がる彼は、灯りを背にして、元よりもずっと長身に見える。
その瞳。その剥き出した歯。それらだけが、白白と輝いていて。
「いいぜ。なら決闘だ。作法に則って、互いの命と誇りを賭けて」




