転 ≪昼食≫
味も絶品だが、今は何よりその量がありがたい。
エァレンティア大陸には米食の文化があって、歓楽要塞も主食は専ら米だ。
もちろん欲望を満たすための街、ありとあらゆる美食が揃う街ではあり、パン食も麺食も一流が軒を連ねてはいるが。
内陸に位置するこのカプリティズは、周囲に広大な田園を備えていて、得られる様々な品種の米は特産と呼んでいい。
服屋に紹介された店は、亀の紋を掲げた揚げ物屋だった。
これが嬉しい。
旅の最中、毎食キアシアの料理に舌鼓を打ち、他の旅人・冒険者と比べればよほど優雅な身分だと、陸歩は常々思うし言ってもいるけれど。揚げ物については、街の外ではなかなかありつけない。
調理に必要な火力は陸歩がいれば問題ないとしても、やはり食用油を大量に持ち歩くのは難しいものがある。というか、率直に無駄な贅沢だからだ。
だから最近では、街に立ち寄ったら必ず一度は揚げ物を食すのが、彼らのお決まり。
厨房から、香ばしい匂いが漂い、また油が跳ねる賑やかな音が微かに聞こえる。
肉や魚、野菜に衣を纏わせ、さっくりと揚げたところへ、甘辛のタレを塗す。
それを丼の米と一緒に頂くのだ。
箸休めの漬物は食べ放題だが、これがちょっとしたもの。場所が場所なら主役を張れるんじゃないかってくらい。
しかし……なんとも勿体ないことに、今の陸歩にはそれらを楽しむ余裕がない。
味は絶品。
けれども今の彼は、その量こそを頼みにしている。
一方、この剣士は。
「いやぁ、うンめぇなぁ!」
持ってきた紹介状が効き、奥の座敷席へ通された陸歩たち。
……それに便乗する形で、アインもくっついて来ており、彼は喜色満面でメニューを片っ端から平らげている。
空になった皿が積み上がり、すでに塔。瞠目すべき大食漢だ。
「飯どうしようか困ってたんだ。こんなイイトコに連れて来てもらえるとは、感謝感謝」
「…………」
陸歩は、無言のまま、アインに匹敵する量を腹へ納めていく。
咀嚼していないと、我を失って大声を出してしまいそうだから。
今の自分は腹芸に向かないことを、陸歩は強く自覚している。話は一旦イグナ任せだ。
「いいえ、我々も人の紹介で知ったお店ですので。お礼なら、その方へ」
「謙遜しなさるなって。お前さんたちにも感謝だ。
仮にも敵に、一飯を施すなんてことは、よっぽど徳が高くなきゃ出来ないぜ」
「……。奢りませんよ?」
「…………、え?」
「奢る義理がありませんが。なんならワタシたちこそ奢られてもいい側かと」
「…………」
アインの食事のペースが若干落ちる。
目は泳いでおり、その表情が渋いのは、いま齧った獅子唐の揚げが原因ではあるまい。
それでも手を止めない辺り、自棄になったのか、大人物なのか――おそらく前者だろうが。
一つ息を吐き、イグナは箸を置く。
少量ずつ丁寧に味わい、それでいて陸歩とアインの様子を交互に伺っていたキアシア。彼女も倣って居住まいを正した。
「それで。アインヴァッフェ・イリュー、貴方は神器修復の報告に来たのでしょう」
「あぁ、まぁな」
「約束より二日も早く参られるとは、存外律儀なことですね。
それに、てっきり初回は、リャルカ・エナムガかメディオ氏が来るものと」
そうでなければフェズか、カナか、あるいはゼアニアか。
少なくともこの剣士よりは関わりの深い人物が、他に何人もいる。
アインも、自身が意外な人選であることは認めるところらしく、然りと頷いた。
「この間のザナムゥでの会談、俺も顔を出したかったんだがよ。こっちの馬鹿が二人暴れたせいで機会を逃したから。
だから今回は、無理言って俺がもらった」
「そうまでしてワタシたちに会いたい理由がありましたか」
「たち、っていうか、ジュンナイ・リクホにな」
意味深な視線を向けられて、陸歩は一瞬固まった。
アインの、その鋭い、金臭さすら感じる、双眸。
ざらりとした刃のようだ……思わず、意識が鈴剣へ向かう。
に、とアインが歯を見せる。
「レドラムダの首都から、少し時間が経ったが。その後、剣の腕はどうだよ。
――あん時は、こっちの事情で中断しちまったからな。気がかりだったんだ、ずっと」
「…………っ」
陸歩は答えかけて。
やっぱりやめて、米を掻きこんだ。
イグナが、あくまで会話の手綱を握るべく、少し声を大きくして言う。
「そうですか。まぁ、こちらは誰でも構いません。
とにかく、修復作業の進捗を報告してください」
「へいへい。っちゅーても、俺は門外漢で詳しいことはさっぱりだからな。
ほらこれ、報告書。預かって来た」
腰のポーチから取り出され、卓に置かれるのは巻物だ。
受け取ったイグナは「確認します」と、アインへというよりは陸歩に断って、広げた。
隣からキアシアも覗き込む。
陸歩もちらちらと目で追うが――あの単語は専門用語だろうか――この言い回しは、知らない慣用句か――この世界の言語を就学中の身には、パッとは解読できない。
が、イグナとキアシアの表情ならば、読み解くのは得意だ。
その彼女たちの顔が、曇っていく。
「芳しくないか」
この店についてから、陸歩は初めて口を利いた。
対して、アインは海老の揚げ物を齧りながら、巻物の先を見るように、と箸の仕草で示す。
イグナが完璧な手つきで、スクロールすると。
「これは。目録、でしょうか」
「呪物の材料だとよ。女の髭だとか、岩の根だとか。どこで手に入れりゃいいんだかな。
そいつらで薬とか膠とかを作って、一個ずつ神器の修理に試してみるってことらしい」
「……。思ったよりもずっと進んでいませんね。
確かザナムゥで、カナという人物もリャルカ・エナムガも、ずいぶんと頼もしいことを言っていたと記憶しておりますが」
「これだけ短期間で修復材の目星をつけたところを評価してもらいたい、とかなんとか言ってたぜ。あいつら賢そうな顔並べてっけどよ、結構テキトーに物を言ってる節あるよな。
おかげさんで俺も、オタマジャクシの買い付けに駆り出される始末だぜ。ガキの遣いかよ……そんでこの街に二日前に着いたわけなんだが」
「なるほど」
イグナはちらりと陸歩に目配せしてから。
「ひとまずは了解しました。次回の報告とすり合わせて、そちらの取り組みが正当かつ誠実か、判定することにします」
「はいはい」
「――ところで、神器の件とは別に、聞きたいことがあるんだが」
鋭利な声音で、陸歩が切り出した。
アインは卓に置いてある瓶から漬物を摘まんでいるところで、眉を上げる。
「ザナムゥに来た、あの女性。誰だ」
硬質になり続ける陸歩の気配。殺気すら帯びる彼に、しかしアインは呑気なままで首を傾げた。
「どの女?」
「フードを被ってた人。最後に、ライヤとトサカ男を鎖でしょっ引いてった……」
あぁ、とアインが得心する。
「あの人は魔女様のゲストだ。最近招いた。召喚したんだよ、俺たち全員で」
召喚、という単語に陸歩もイグナも、咄嗟にキアシアを見る。
別に彼女に何か心当たりを期待したわけではなく。連想が反射を生んだのだ。
それでもキアシアは狼狽を見せ、首を左右にふるふると振る。
召喚、という単語に、陸歩は奥歯を噛んだ。
つまり、あれが、ナユねぇ本人の可能性がある?
それとも他人の空似か……。
「……名前は?」
ため息のように、陸歩は重く訊ねた。
アインが軽口で応じる。
「名前? なんで。
なんだ? 惚れたのか」
「名前はっ!!」
店内であることも忘れ、陸歩は鈴剣を、居合いの格好で脇に、膝立ちになる。
――その時には既に、アインのフランベルジュが抜き身となって、顎のすぐ下に添えられていた。
「行儀が悪いな、ジュンナイ・リクホ」
「っ、」
戦慄で、汗がこめかみを滴り落ちる。
イグナの声、キアシアの声が、ずいぶん遠くに聞こえた。
それよりさらに向こうで、店員の悲鳴と、落とされた食器が床で割れる音。
アインの声だけが、はっきりと聞こえる……顎の下から。
まるで、波型の刃が喋っているかのよう。
「名前、ね。
あれは原初神さ。神器の力で召喚された、全ての根源たる女神様」
「……神様、だって?」
「名前は、ナユタってんだそうだ」
斬られた。と陸歩は思った。
それくらい、衝撃の一言だった。
名前は、ナユタというそうだ。
そして……その前にくっついていた、揶揄っているのかというくらい、意味不明の情報。
陸歩は一を知ったがために十が分からなくなる感覚に、手足の先がさぁっと凍えていく。




