表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
185/427

転 ≪昼食≫

 味も絶品(ぜっぴん)だが、今は何よりその量がありがたい。


 エァレンティア大陸には米食(こめしょく)の文化があって、歓楽要塞も主食は(もっぱ)ら米だ。

 もちろん欲望を満たすための街、ありとあらゆる美食が(そろ)う街ではあり、パン食も(めん)食も一流が(のき)(つら)ねてはいるが。

 内陸に位置するこのカプリティズは、周囲に広大な田園(でんえん)(そな)えていて、得られる様々な品種の米は特産と呼んでいい。


 服屋に紹介された店は、(かめ)(もん)(かか)げた()(もの)屋だった。

 これが嬉しい。

 旅の最中(さいちゅう)、毎食キアシアの料理に舌鼓(したつづみ)を打ち、他の旅人・冒険者と比べればよほど優雅な身分だと、陸歩は常々思うし言ってもいるけれど。揚げ物については、街の外ではなかなかありつけない。

 調理に必要な火力は陸歩がいれば問題ないとしても、やはり食用油を大量に持ち歩くのは難しいものがある。というか、率直(そっちょく)に無駄な贅沢(ぜいたく)だからだ。


 だから最近では、街に立ち寄ったら必ず一度は揚げ物を食すのが、彼らのお決まり。


 厨房から、(こう)ばしい匂いが(ただよ)い、また油が()ねる(にぎ)やかな音が(かす)かに聞こえる。


 肉や魚、野菜に衣を(まと)わせ、さっくりと揚げたところへ、甘辛(あまから)のタレを(まぶ)す。

 それを(どん)の米と一緒に(いただ)くのだ。

 箸休(はしやす)めの漬物は食べ放題(ほうだい)だが、これがちょっとしたもの。場所が場所なら主役を()れるんじゃないかってくらい。


 しかし……なんとも勿体(もったい)ないことに、今の陸歩にはそれらを楽しむ余裕がない。


 味は絶品。

 けれども今の彼は、その量こそを頼みにしている。


 一方、この剣士は。


「いやぁ、うンめぇなぁ!」


 持ってきた紹介状が効き、奥の座敷席(ざしきせき)へ通された陸歩たち。

 ……それに便乗(びんじょう)する形で、アインもくっついて来ており、彼は喜色満面(きしょくまんめん)でメニューを(かた)(ぱし)から(たい)らげている。

 空になった皿が積み上がり、すでに(とう)瞠目(どうもく)すべき大食漢(たいしょくかん)だ。

 


「飯どうしようか困ってたんだ。こんなイイトコに連れて来てもらえるとは、感謝感謝」


「…………」


 陸歩は、無言のまま、アインに匹敵(ひってき)する量を腹へ(おさ)めていく。

 咀嚼(そしゃく)していないと、我を失って大声を出してしまいそうだから。

 今の自分は腹芸(はらげい)に向かないことを、陸歩は強く自覚している。話は一旦(いったん)イグナ任せだ。


「いいえ、我々も人の紹介で知ったお店ですので。お礼なら、その方へ」


謙遜(けんそん)しなさるなって。お前さんたちにも感謝だ。

 仮にも敵に、一飯(いっぱん)(ほどこ)すなんてことは、よっぽど徳が高くなきゃ出来ないぜ」


「……。(おご)りませんよ?」


「…………、え?」


(おご)る義理がありませんが。なんならワタシたちこそ奢られてもいい側かと」


「…………」


 アインの食事のペースが若干(じゃっかん)落ちる。

 目は泳いでおり、その表情が(しぶ)いのは、いま(かじ)った獅子唐(ししとう)()げが原因ではあるまい。

 それでも手を止めない辺り、自棄(やけ)になったのか、大人物(だいじんぶつ)なのか――おそらく前者だろうが。


 一つ息を()き、イグナは(はし)を置く。


 少量ずつ丁寧(ていねい)に味わい、それでいて陸歩とアインの様子を交互に(うかが)っていたキアシア。彼女も(なら)って居住(いず)まいを(ただ)した。


「それで。アインヴァッフェ・イリュー、貴方(あなた)神器(じんぎ)修復(しゅうふく)の報告に来たのでしょう」


「あぁ、まぁな」


「約束より二日も早く(まい)られるとは、存外(ぞんがい)律儀(りちぎ)なことですね。

 それに、てっきり初回は、リャルカ・エナムガかメディオ氏が来るものと」


 そうでなければフェズか、カナか、あるいはゼアニアか。

 少なくともこの剣士よりは関わりの深い人物が、他に何人もいる。


 アインも、自身が意外な人選であることは認めるところらしく、(しか)りと(うなず)いた。


「この間のザナムゥでの会談、俺も顔を出したかったんだがよ。こっちの馬鹿が二人(あば)れたせいで機会を(のが)したから。

 だから今回は、無理言って俺がもらった」


「そうまでしてワタシたちに会いたい理由がありましたか」


「たち、っていうか、ジュンナイ・リクホにな」


 意味深(いみしん)な視線を向けられて、陸歩は一瞬(かた)まった。

 アインの、その鋭い、金臭(かなくさ)さすら感じる、双眸(そうぼう)

 ざらりとした刃のようだ……思わず、意識が鈴剣へ向かう。


 に、とアインが歯を見せる。


「レドラムダの首都から、少し時間が経ったが。その後、剣の腕はどうだよ。

 ――あん時は、こっちの事情で中断しちまったからな。気がかりだったんだ、ずっと」


「…………っ」


 陸歩は答えかけて。

 やっぱりやめて、米を()きこんだ。


 イグナが、あくまで会話の手綱(たづな)(にぎ)るべく、少し声を大きくして言う。


「そうですか。まぁ、こちらは誰でも構いません。

 とにかく、修復作業の進捗(しんちょく)を報告してください」


「へいへい。っちゅーても、俺は門外漢(もんがいかん)で詳しいことはさっぱりだからな。

 ほらこれ、報告書。預かって来た」


 腰のポーチから取り出され、卓に置かれるのは巻物だ。


 受け取ったイグナは「確認します」と、アインへというよりは陸歩に断って、広げた。

 隣からキアシアも(のぞ)()む。

 陸歩もちらちらと目で追うが――あの単語は専門用語だろうか――この言い回しは、知らない慣用句(かんようく)か――この世界の言語を就学中(しゅうがくちゅう)の身には、パッとは解読できない。


 が、イグナとキアシアの表情ならば、()()くのは得意だ。

 その彼女たちの顔が、(くも)っていく。


(かんば)しくないか」


 この店についてから、陸歩は初めて口を()いた。


 対して、アインは海老(えび)の揚げ物を(かじ)りながら、巻物の先を見るように、と箸の仕草(しぐさ)で示す。

 イグナが完璧な手つきで、スクロールすると。


「これは。目録(もくろく)、でしょうか」


呪物(じゅぶつ)の材料だとよ。女の(ひげ)だとか、岩の根だとか。どこで手に入れりゃいいんだかな。

 そいつらで薬とか(にかわ)とかを作って、一個ずつ神器の修理に試してみるってことらしい」


「……。思ったよりもずっと進んでいませんね。

 確かザナムゥで、カナという人物もリャルカ・エナムガも、ずいぶんと頼もしいことを言っていたと記憶しておりますが」


「これだけ短期間で修復材の目星(めぼし)をつけたところを評価してもらいたい、とかなんとか言ってたぜ。あいつら賢そうな顔並べてっけどよ、結構テキトーに(もの)を言ってる(ふし)あるよな。

 おかげさんで俺も、オタマジャクシの買い付けに()()される始末だぜ。ガキの(つか)いかよ……そんでこの街に二日前に()いたわけなんだが」


「なるほど」


 イグナはちらりと陸歩に目配(めくば)せしてから。


「ひとまずは了解しました。次回の報告とすり合わせて、そちらの取り組みが正当かつ誠実か、判定することにします」


「はいはい」


「――ところで、神器の件とは別に、聞きたいことがあるんだが」


 鋭利な声音(こわね)で、陸歩が切り出した。

 アインは卓に置いてある(びん)から漬物を()まんでいるところで、(まゆ)を上げる。


「ザナムゥに来た、あの女性。誰だ」


 硬質になり続ける陸歩の気配。殺気すら帯びる彼に、しかしアインは呑気(のんき)なままで首を(かし)げた。


「どの女?」


「フードを被ってた人。最後に、ライヤとトサカ男を鎖でしょっ()いてった……」


 あぁ、とアインが得心(とくしん)する。


「あの人は魔女様のゲストだ。最近(まね)いた。召喚したんだよ、俺たち全員で」


 召喚、という単語に陸歩もイグナも、咄嗟(とっさ)にキアシアを見る。

 別に彼女に何か心当たりを期待したわけではなく。連想が反射を生んだのだ。

 それでもキアシアは狼狽(ろうばい)を見せ、首を左右にふるふると振る。


 召喚、という単語に、陸歩は奥歯を()んだ。

 つまり、あれが、ナユねぇ本人の可能性がある?

 それとも他人の空似(そらに)か……。


「……名前は?」


 ため息のように、陸歩は重く(たず)ねた。

 アインが軽口(かるくち)(おう)じる。


「名前? なんで。

 なんだ? ()れたのか」


「名前はっ!!」


 店内であることも忘れ、陸歩は鈴剣を、居合(いあ)いの格好で(わき)に、膝立(ひざだ)ちになる。

 ――その時には(すで)に、アインのフランベルジュが()()となって、(あご)のすぐ下に()えられていた。


行儀(ぎょうぎ)が悪いな、ジュンナイ・リクホ」


「っ、」


 戦慄(せんりつ)で、汗がこめかみを(したた)り落ちる。

 イグナの声、キアシアの声が、ずいぶん遠くに聞こえた。

 それよりさらに向こうで、店員の悲鳴と、落とされた食器が床で割れる音。


 アインの声だけが、はっきりと聞こえる……顎の下から。

 まるで、波型の刃が(しゃべ)っているかのよう。


「名前、ね。

 あれは原初神さ。神器の力で召喚された、全ての根源たる女神様」


「……神様、だって?」


「名前は、ナユタってんだそうだ」


 斬られた。と陸歩は思った。

 それくらい、衝撃の一言だった。

 名前は、ナユタというそうだ。

 そして……その前にくっついていた、揶揄(からか)っているのかというくらい、意味不明の情報。


 陸歩は一を知ったがために十が分からなくなる感覚に、手足の先がさぁっと(こご)えていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ