承 ≪買物≫
「いらっしゃい、旅人さんたち、新しい篭手はいかが? ずいぶん使い込んでるじゃないか――」
「若いの、運勢を見てやろうか――」
「さぁお立会い、南方の大陸の妙薬、ガマの油だ!――」
お祭りみたいな活気だ、と陸歩は息を吐いた。
『手区』に足を踏み入れてからずっと、周囲はこんな調子である。
往来の右から、左からも客引き。
ただし、地元組合によく躾けられているのか、いずれも袖を掴んで引っ張り込むような真似は決してしない。
「このカラクリは名工の作を、弟子筋でも一番優秀なのが再現したもので――」
「お嬢ちゃん方、口紅はどうだい、果物の香りが――」
「お一つ扇はいらんかね、縁起物だよ――」
歓楽要塞は6つの区画に別れている。
すなわち目・耳・舌・手・鼻・心。日付と同じだ。
街側のショバ割りによって、同区画内には同系列の店が集まる。
つまり、扱う品物が身体のどこで感じるものか、それによって出店できる区が決まるのだ。
味覚に関するものならば、舌区。
芸事を求めるなら、心区という具合に。
手区ともなれば、こんな様子。
手で扱うもの、あるいは触覚で嗜むものが、ずらり。
どの店も冷やかすことなく、躱してばかりの陸歩たちは、物見遊山でなくこの区にちゃんと目的を定めて来たのだ。
なお、ユノハだけはここでなく、自らの欲望が赴くところへすっ飛んでいった。
「兄さん! そこの兄さん、鈴つけた剣の兄さんだよ!
あんた剣士だろ! 見てってくださいよ、逸品が入ってるんだ!」
陸歩は、これには流石に、足を止めてしまった。
剣を買い替える気はさらさらない。ただちょっと、どんなものか見てみたかっただけ。
なのだが店の親父は、さささ、と回り込んで陸歩の背を押す。
看板娘らしい双子が、イグナとキアシアを引っ張った。
どうも客の態度の何かが、店舗側の呪縛を解く合図だったらしい。
無数の刃物がところ狭しと並ぶ店内。
親父は次々に業物を持ってきては、この剣はどういう謂れだの、この刀はこういう氏だのと、舌が回る回る。
結構な刀剣たち、だけれど。
陸歩は苦笑気味に。
「あぁ、でも。あいにくオレには、コイツ以上はないので」
振ってみせる鈴剣は、まるで主の言葉を誇るように、チリリと涼しい音を鳴らした。
だが親父は怯まない。
「えぇ、えぇ、そいつは無双の名刀でしょうとも。アタシもこの界隈で数十年だ、鞘込めのままでも分かりますとも。魔剣でしょう?
でもねぇ兄さん、アタシが言いたいのは、もう一本腰に佩いてたら、もっと男前が上がるんじゃないかってこってすよ」
そこでこれです、と差し出されるのは脇差だった。
子どもの腕くらいの小刀で、一見して何の変哲もない。
親父は、他に客なんていないのに、わざとらしく忍ぶように声を落として。
「こいつもね、魔剣なんです」
「へぇ……」
「とある刀匠が、愛娘を亡くした哀しみ、その全てを焼けた鉄に打ちこんだもので、二つとない名品なんでさ。特殊な魔を帯びてる!」
「ほぅ」
陸歩もまんざら興味が無いわけじゃないので、思わず身を乗り出す。
「まぁ正確には刃じゃなくて、鯉口がなんですが、喋るんです。そんで折々に、持ち主に語りかけて、助言をするっていう――」
「いりません」
きっぱりと言うのはイグナだ。
声音にはっきり浮かぶ拒否の色は余りに強く、他の全員が呆気に取られる。
なんというか……すごく、凄みがあって、すごく、恐い。
彼女は真っ白に無表情のまま、瞬きもせず、ことりと首を傾げる。
「リクホ様には、そのようなものは、間に合っております。
間に合っておりますね、リクホ様?」
「えぇ、あぁ、うん。いらないっす。
助言とか、もうすっげー貰えてるんで。
なんで、店主さん、オレそれ、いいっす」
「そうですか。お時間を取らせて、すんません」
「いえ、こちらこそ」
それでも親父は、なんとか商魂を奮い立たせて。
「……、……ほ、他に、ご入用なものとかは……?」
「あー、そうだ、あたし」
この場で唯一、気楽なままのキアシアが手を挙げた。
「砥石が欲しかったんだ。
あります? 包丁に使いたいんですけど。携帯用だと嬉しいな」
「あ、はい、ございます。こちらの棚に……」
具合のいい砥石数個と、それからキアシアの御眼鏡に適った果物ナイフ一本を購入し、店を後にした。
荷物を持つのは陸歩だ。
本来の目当てへ歩く三人。
未だ、表情は平静ながらも、気配がプリプリとしているイグナに、陸歩は困って頬を掻く。
そうやってモタモタしている彼の脇腹を、キアシアが小突いた。
わかった――陸歩は観念した――わかったから。
「あ、あのな、イグナ、」
「リクホ様。他の剣に浮気されては、ジンゼンの親方に面目が立たないのでは?」
「はい……その通りです……面目ないです。イグナ、ごめん」
「――いえ。ワタシも、みっともなく感情的になりました。申し訳ありません」
「はい、じゃあこれでお終いねっ」
キアシアが陸歩とイグナの間に入り、二人の腰を抱く。
「宿の人が教えてくれたお店って、そこじゃない? 着いたみたいよ」
やってきたのは暖簾に鶴の図を入れた、服屋である。
陸歩たちの衣類はそろそろ新調が必要な頃合いで、取った宿屋の主人にどこかいい店はないか尋ねたら、旅装束なら断然ここ、とのことだった。
入店すると、恰幅のいい女将が切り盛りしていて、なかなかの盛況。
接客にやって来るのは、若旦那か。こちらは痩身だが女将の面影を映しており、親子に違いない。
「いらっしゃいませ。何をお探しでしょうか」
「普段着に使う一式を仕立てて欲しいんですけど」
そう陸歩が答えれば。では男性はこちら、女性はあちらへとすぐに案内されて、採寸。
一流は、相手を一瞥するだけでその大よそを把握するものだが、この店もそうなのだろう。
こちらがあれこれと注文を付けるまでもなく、素性を旅人と見破って、実に具合のいい服を上下、揃えてくれた。
陸歩なんかはこれで済んでしまったが、女性たちはもう少しこだわっている様子。しばし待ち時間である。
若旦那が世間話に付き合ってくれて、この辺りの風土や時事について話していると。
「リクホ様、お待たせいたしました」
「じゃじゃーん。どう?」
「おぉー、見違えたな」
真新しい服に着替えただけで、イグナもキアシアも、まるで化粧をしたように表情の明度が違う。
旅の装いということもあって、決して華美ではないが、あちこちにさりげなく飾りや色が散りばめられている辺りに、店の力量を感じる。
「うん、気に入った。
じゃあ、これと同じのを、全員あと二着ずつお願いできます?」
「有難う御座います、畏まりました。
お時間を少々頂きますが、こちらでお待ちになりますか?」
そろそろ昼時だ。
腹ごしらえをしてくる旨を陸歩が答えると、若旦那は一筆したためてくれた。舌区に馴染みの店があって、これを紹介状にすれば、手厚くしてくれるだろう、と。
ほくほくとしながら陸歩たち一行は、舌区へ移動するため、元来た道を戻る。
その、道すがら。
「――んにゃ、カエルはいらんのよカエルは。油でもなくて。
オタマジャクシ探してるんだ。ある? ない? ない……。今ここには? ないかぁ。ないよなぁ。
卸業者なら持ってる? 持ってるか。じゃあよ、ちょっと連絡とってくんねぇかなぁ」
一軒の店の前。店員としきりに話す、男。
あ、と陸歩は声を上げそうになる。知らない顔じゃない。
いっそ黒いほど深い、藍色の髪。
鍛えられた長身は、季節感無視の薄着だ。
鋲付長靴に装甲の貼られたズボン。
腰には剣。鞘からでも分かる、波型の刃。フランベルジュ。
向こうもこちらに気付いた。
「よぅ、ジュンナイ・リクホか」
「アインヴァッフェ、イリューっ?」
魔女の高弟の一人。剣の月を負う男。
連中との約束にはまだ早いが、この男が来たのか。
……どうも、なにか、本当にお遣いって、感じのことしてるけど。




