表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
184/427

承 ≪買物≫

「いらっしゃい、旅人さんたち、新しい篭手(こて)はいかが? ずいぶん使(つか)()んでるじゃないか――」

「若いの、運勢を見てやろうか――」

「さぁお立会(たちあ)い、南方の大陸の妙薬(みょうやく)、ガマの油だ!――」


 お祭りみたいな活気(かっき)だ、と陸歩は息を()いた。

 『手区』に足を踏み入れてからずっと、周囲はこんな調子である。


 往来(おうらい)の右から、左からも客引き。

 ただし、地元組合(じもとくみあい)によく(しつ)けられているのか、いずれも(そで)(つか)んで()()()むような真似(まね)(けっ)してしない。


「このカラクリは名工の作を、弟子筋(でしすじ)でも一番優秀なのが再現したもので――」

「お嬢ちゃん方、口紅(くちべに)はどうだい、果物の香りが――」

「お一つ(おうぎ)はいらんかね、縁起物(えんぎもの)だよ――」


 歓楽要塞(かんらくようさい)は6つの区画に別れている。

 すなわち目・耳・舌・手・鼻・心。日付と同じだ。

 街側のショバ割りによって、同区画内には同系列の店が集まる。


 つまり、扱う品物が身体のどこで感じるものか、それによって出店できる区が決まるのだ。

 味覚に関するものならば、舌区。

 芸事(げいごと)を求めるなら、心区という具合に。


 手区ともなれば、こんな様子。

 手で扱うもの、あるいは触覚で(たしな)むものが、ずらり。


 どの店も冷やかすことなく、(かわ)してばかりの陸歩たちは、物見遊山(ものみゆさん)でなくこの区にちゃんと目的を定めて来たのだ。

 なお、ユノハだけはここでなく、自らの欲望が(おもむ)くところへすっ飛んでいった。


「兄さん! そこの兄さん、鈴つけた剣の兄さんだよ!

 あんた剣士だろ! 見てってくださいよ、逸品(いっぴん)が入ってるんだ!」


 陸歩は、これには流石(さすが)に、足を止めてしまった。

 剣を()()える気はさらさらない。ただちょっと、どんなものか見てみたかっただけ。

 なのだが店の親父は、さささ、と回り込んで陸歩の背を押す。

 看板娘らしい双子が、イグナとキアシアを引っ張った。

 どうも客の態度の何かが、店舗側の呪縛(じゅばく)()合図(あいず)だったらしい。


 無数の刃物がところ(せま)しと並ぶ店内。

 親父は次々に業物(わざもの)を持ってきては、この剣はどういう(いわ)れだの、この刀はこういう(うじ)だのと、舌が回る回る。

 結構な刀剣たち、だけれど。

 陸歩は苦笑気味(くしょうぎみ)に。


「あぁ、でも。あいにくオレには、コイツ以上はないので」


 振ってみせる鈴剣は、まるで(あるじ)の言葉を(ほこ)るように、チリリと涼しい音を鳴らした。

 だが親父は(ひる)まない。


「えぇ、えぇ、そいつは無双の名刀でしょうとも。アタシもこの界隈(かいわい)で数十年だ、鞘込(さやご)めのままでも分かりますとも。魔剣でしょう?

 でもねぇ兄さん、アタシが言いたいのは、もう一本腰に()いてたら、もっと男前が上がるんじゃないかってこってすよ」


 そこでこれです、と差し出されるのは脇差(わきざし)だった。

 子どもの腕くらいの小刀(こがたな)で、一見して何の変哲(へんてつ)もない。


 親父は、他に客なんていないのに、わざとらしく(しの)ぶように声を落として。


「こいつもね、魔剣なんです」


「へぇ……」


「とある刀匠(とうしょう)が、愛娘(まなむすめ)()くした(かな)しみ、その全てを焼けた鉄に打ちこんだもので、二つとない名品なんでさ。特殊な魔を帯びてる!」


「ほぅ」


 陸歩もまんざら興味が無いわけじゃないので、思わず身を乗り出す。


「まぁ正確には刃じゃなくて、鯉口(こいぐち)がなんですが、(しゃべ)るんです。そんで折々に、持ち主に語りかけて、助言をするっていう――」


「いりません」


 きっぱりと言うのはイグナだ。

 声音(こわね)にはっきり浮かぶ拒否の色は余りに強く、他の全員が呆気(あっけ)に取られる。

 なんというか……すごく、(すご)みがあって、すごく、恐い。


 彼女は真っ白に無表情のまま、(まばた)きもせず、ことりと首を傾げる。


「リクホ様には、そのようなものは、間に合っております。

 間に合っておりますね、リクホ様?」


「えぇ、あぁ、うん。いらないっす。

 助言とか、もうすっげー(もら)えてるんで。

 なんで、店主さん、オレそれ、いいっす」


「そうですか。お時間を取らせて、すんません」


「いえ、こちらこそ」


 それでも親父は、なんとか商魂(しょうこん)(ふる)()たせて。


「……、……ほ、他に、ご入用(いりよう)なものとかは……?」


「あー、そうだ、あたし」


 この場で唯一、気楽なままのキアシアが手を挙げた。


砥石(といし)()しかったんだ。

 あります? 包丁に使いたいんですけど。携帯用だと嬉しいな」


「あ、はい、ございます。こちらの(たな)に……」


 具合のいい砥石数個と、それからキアシアの御眼鏡(おめがね)(かな)った果物ナイフ一本を購入し、店を後にした。

 荷物を持つのは陸歩だ。


 本来の目当てへ歩く三人。

 (いま)だ、表情は平静ながらも、気配がプリプリとしているイグナに、陸歩は困って(ほほ)()く。

 そうやってモタモタしている彼の脇腹を、キアシアが小突(こづ)いた。

 わかった――陸歩は観念した――わかったから。


「あ、あのな、イグナ、」


「リクホ様。他の剣に浮気されては、ジンゼンの親方に面目(めんぼく)が立たないのでは?」


「はい……その通りです……面目ないです。イグナ、ごめん」


「――いえ。ワタシも、みっともなく感情的になりました。申し訳ありません」


「はい、じゃあこれでお(しま)いねっ」


 キアシアが陸歩とイグナの間に入り、二人の腰を抱く。


「宿の人が教えてくれたお店って、そこじゃない? ()いたみたいよ」


 やってきたのは暖簾(のれん)(つる)の図を入れた、服屋である。

 陸歩たちの衣類はそろそろ新調(しんちょう)が必要な頃合(ころあ)いで、取った宿屋の主人にどこかいい店はないか(たず)ねたら、旅装束(たびしょうぞく)なら断然ここ、とのことだった。

 

 入店すると、恰幅(かっぷく)のいい女将(おかみ)()()りしていて、なかなかの盛況(せいきょう)

 接客にやって来るのは、若旦那(わかだんな)か。こちらは痩身(そうしん)だが女将の面影(おもかげ)を映しており、親子に違いない。


「いらっしゃいませ。何をお探しでしょうか」


「普段着に使う一式を仕立(した)てて欲しいんですけど」


 そう陸歩が答えれば。では男性はこちら、女性はあちらへとすぐに案内されて、採寸(さいすん)


 一流は、相手を一瞥(いちべつ)するだけでその大よそを把握するものだが、この店もそうなのだろう。

 こちらがあれこれと注文を付けるまでもなく、素性(すじょう)を旅人と見破って、実に具合のいい服を上下、(そろ)えてくれた。


 陸歩なんかはこれで済んでしまったが、女性たちはもう少しこだわっている様子。しばし待ち時間である。

 若旦那が世間話に付き合ってくれて、この辺りの風土や時事について話していると。


「リクホ様、お待たせいたしました」


「じゃじゃーん。どう?」


「おぉー、見違(みちが)えたな」


 真新しい服に着替(きが)えただけで、イグナもキアシアも、まるで化粧(けしょう)をしたように表情の明度が違う。

 旅の(よそお)いということもあって、決して華美(かび)ではないが、あちこちにさりげなく飾りや色が散りばめられている辺りに、店の力量を感じる。


「うん、気に入った。

 じゃあ、これと同じのを、全員あと二着ずつお願いできます?」


有難(ありがと)御座(ござ)います、(かしこ)まりました。

 お時間を少々頂きますが、こちらでお待ちになりますか?」


 そろそろ昼時だ。

 腹ごしらえをしてくる(むね)を陸歩が答えると、若旦那は一筆(いっぴつ)したためてくれた。舌区に馴染(なじ)みの店があって、これを紹介状にすれば、手厚(てあつ)くしてくれるだろう、と。


 ほくほくとしながら陸歩たち一行は、舌区へ移動するため、元来た道を戻る。

 その、道すがら。


「――んにゃ、カエルはいらんのよカエルは。油でもなくて。

 オタマジャクシ探してるんだ。ある? ない? ない……。今ここには? ないかぁ。ないよなぁ。

 卸業者(おろしぎょうしゃ)なら持ってる? 持ってるか。じゃあよ、ちょっと連絡とってくんねぇかなぁ」


 一軒の店の前。店員としきりに話す、男。

 あ、と陸歩は声を上げそうになる。知らない顔じゃない。


 いっそ黒いほど深い、藍色の髪。

 (きた)えられた長身は、季節感無視の薄着(うすぎ)だ。

 鋲付(びょうつき)長靴(ちょうか)に装甲の()られたズボン。

 腰には剣。(さや)からでも分かる、波型の刃。フランベルジュ。


 向こうもこちらに気付いた。


「よぅ、ジュンナイ・リクホか」


「アインヴァッフェ、イリューっ?」


 魔女の高弟の一人。剣の月を負う男。

 連中との約束にはまだ早いが、この男が来たのか。


 ……どうも、なにか、本当にお(つか)いって、感じのことしてるけど。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ