起:序 ≪手記≫
手記No.10:『世界樹』ドゥノー
―― 槍の月 / 下耳の曜 ――
カシュカ大陸全体を人間の胸部に見立てたとき、心臓の位置には天を衝く巨木がある。
それがドゥノーだ。
樹齢二〇二年。歴史と呼ぶに十分な年月を経ているが、余所と比べれば取り立てて古いわけでもない。
でありながら何かの間違いのように異常成長した『扉の樹』で、イグナの計測では全長1472メートル余り。
なんとまぁ。現代史で習った、かの電波塔より倍以上高い。まさしくスカイツリーってわけだ。
しかもまだ伸びている最中という。
面白いのが人々は、根元や樹の周辺に家を建てているのでなく、樹自体を街としていることだ。
樹が傷まないよう、細心の注意を払って幹や枝が掘り進められ、類を見ない積層都市と化している。
そういう生態のアリを、いつだったかテレビで見たような。
世界樹の広げる枝葉から落ちる影の内側がドゥノーの土地、という取り決めになっているらしい。
主産業は牧畜。羊だ。
牛のように大きくなるヨンム種というのがメインで、そこから得られる諸々がドゥノーの糧となる。
羊毛、羊皮、羊肉、羊乳、骨や角は呪物。すごいな、羊って捨てるところがないんだ。
滞在中の食い物には大変期待が持てる。
文化については魔術、それからカラクリも中程度は見込める。
魔術の方はともかく、カラクリの方は意外といえば意外。
緑豊かな風景は、オートメーションとはあんまり印象が結びつかない。
まぁでも、エレベータくらいなくては、世界樹なんかでとても暮らせないか。
学ぶこと多いようであれば、長逗留の予定。
春の世界樹には花が咲き誇るのだとも聞いた。
夏には新緑が燃えるように眩しく、秋には紅葉が景色を幻想的に曖昧にして、冬には一面に落ちた葉っぱで大人も子供も頬っぺたを真っ赤にして遊ぶのだとか。
今の時期なら花の残り香くらいなら、あやかれるだろうか。
あぁそうだ。
ドゥノーにいる間は、炎は自重しなくちゃ。
引火でもしたら、目も当てられないものな。




