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急:転 ≪天誅≫

 どういうことだ、貴方は本当に天使なのか。

 右からはユスティーム法務官が。

 左からはナックが。

 それぞれ怒鳴(どな)るように(たず)ねてきて、説明しろ説明しろであんまりうるさいから、陸歩はとりあえず翼を一度引っ込めた。


 けれどもワスプに納められていた記録映像から、事実が(つまび)らかになっていくにつれ、今度はふつふつと悪魔が顔を出す。


 陸歩の黒い瞳は、今や煌々と赤熱(せきねつ)していた。

 逆立った髪の先からは火の粉が舞う。


 彼の肌の上を炎が踊り、言葉よりも態度よりもよっぽど如実(にょじつ)に怒りを表している。


 まずは映像に出演していた法務官一人と看守数人を()めた。

 どいつも始めは、何のことだか分からん知らんと(しら)を切っていたが。

 陸歩が(てのひら)から発した火炎で宙を()がして見せると、吐くわ吐くわ、実に丁寧な口調で洗いざらい。


 後は破竹(はちく)の勢いだ。


 扉といわず壁といわず看守といわず、立ち(ふさ)がるものは残らず叩き伏せて進み、囚われていた女性たちを解放するまで、ほんの十数分。

 

 イグナの居場所と、何をされているかを聞き出してからは倍の速度だった。

 もはや後を追いかけてくるユスティームやナックの制止も聞かず、悪徳法務官の一人を引きずって(くだん)の地下室へ。


 そうして目の当たりにしたもの。


「イグナ……」


「リクホ様。お待ちしておりました」


 イグナの表情に、安堵(あんど)微笑(びしょう)が差した。

 反対に陸歩の首から上は、怒りでことさら真っ赤に染まっていく。


 拘束されたイグナ……詰め寄るむくつけき男ども……。


 真っ赤に。真っ赤に。


「テメェらぁ……よくも……」


 真っ赤に。


 それは比喩(ひゆ)でも何でもなくて、陸歩は顔から赤く発火している。

 やがて燃え盛る紅蓮(ぐれん)は彼の首から上を(おお)い隠して、狼のシルエットにして。

 その姿、悪魔と呼ぶ以外にあるだろうか。


「焼ッキ潰すゾォオァッ!! テメェらァ!!!」


 炎の爆ぜる音を、無理やり言語に落とし込んだかのような咆哮(ほうこう)


 悪党たちは何かをしようとしたはずだ。

 イグナを人質に交渉しようとしたのかも知れないし、あるいは逃走しようとしたのかも知れないし、もしくは単に悲鳴を上げようとしたのかも知れない。


 しかし何もかもが遅すぎる。

 息を吸って声を発するだけのことさえもが遅い。


 (まばた)きの間に、すでに陸歩は鼻の先にいるのだから。


「あ、」


 その法務官が、最後に感じたのは腹部への熱だ。

 陸歩の炎(まと)う拳がボディブローの要領(ようりょう)でねじり込まれ、足が床を離れて、宙を舞って、壁に激突する頃にはとっくに白目を剥いて意識は闇の中。


 二人目が身構えようとし、遅い、側頭部へ陸歩の蹴りが突き刺さり吹き飛んでいく。


 三人目は顎への掌底(しょうてい)。四人目は背中を踏みつけられて床を這った。


 五人目、刺青の法務官を足払いからの胸・顔・腹の順の三連打で片付けて、陸歩はイグナへ歩み寄る。


 彼にかかれば赤熱した指の一本、爪先(つまさき)の一振りだ。少女を(つな)いでいた鎖はあっさりと破壊された。


「ありがとうございます、リクホ様」


 イグナが自身で手首足首に巻きついた拘束具の残りを(むし)り取るのを見て、陸歩は表情から紅蓮を消す。

 代わりに(あら)わになるのは、わたわたとした狼狽(ろうばい)だった。


「い、イグナ! イグナ? 大丈夫か? 無事か? 変なことされてないかっ!?」


 彼女の顔や頭や肩や腕をしきりに触り、一つでも異常はないかと気が気ではない様子。

 そんな主に少女はくすぐったそうに微笑(ほほえ)む。


「はい。大事有りません」


「本当に? どこも? 痛いとことかないか?」


「はい。自己診断の結果、損傷部は認められませんので」


「――っ、あぁ、もうっ!」


 ついに(たま)らなくなったのか、陸歩はイグナをかき抱いた。


「あぁもう! あぁもう! なんで抵抗しなかったんだ! お前ならこんな連中、軽く吹っ飛ばせただろう!」


「暴力沙汰(ざた)にしてしまっては、リクホ様のお役目が果たしづらくなってしまうかと判断しました」


「そんなこと……っ、そんなこと、いいんだ。

 そんなのよりオレは、お前の方が万倍大事なんだから」


 陸歩の胸の中で、イグナは驚いたように目を見開く。

 やがて彼女に浮かんでくるのは、華のような笑顔。


「はい。申し訳ありません」


「オレの方こそ、ごめんな。お前をこんな目に……」


「いいえ、リクホ様が謝罪されるようなことは何一つありません」


「イグナ……」


「リクホ様……」


 むせる音が聞こえた。


 叩きのめした法務官五人のうち、四人は夢の中だ。

 が、刺青のだけは壁を頼りに起き上がろうともがいている。

 マスクが壊れたためか、それとも陸歩の拳で肋骨(ろっこつ)にひびでも入ったか、ひどく呼吸が苦しそうである。


 途端に陸歩は眉根に不機嫌なしわを作り、イグナは無表情に戻る。


「どうやら殴られ足りないみてぇだな。手加減し過ぎたか」


「青びょうたんのくせに、存外タフですこと」


 後ろからもむせる音。

 ようやく追いついたユスティーム法務官とナックが扉の(そば)で、口元を押さえてしきりに()き込んでいた。


「リクホ様、この煙は常人には有害です。晴らしていただけますか」


「確かに甘ったるくて舌が(しび)れそうだ。……ほれ」


 陸歩の左手の上へ浮かび上がる、極光(きょっこう)色のリング。

 それを中心に(くも)った空気中へ紫電が走り、次の瞬間には煙が消滅して、辺りは清涼としている。


 それだけで地下室はずっと明るくなった。


 元より暗視の利く陸歩は言うに(およ)ばず。

 ユスティームとナックも室内の様子をつぶさに見て取り、その光景に愕然する。


「なんですか、これは……」


 壁にずらりと掛けられた拘束具に拷問具。

 異教の祭壇と、無数の人形の生首。


 ユスティームの瞳に義憤(ぎふん)が差した。


「なんですかこれはっ! ジェニス上級法務官!」


 詰問(きつもん)に対して刺青のは、グヌグヌとろくに言葉を返すことも出来ない。

 代わりにさらりと答えるのはイグナだ。


「百腕天秤に住人の頭数(あたまかず)を誤認させる装置、とのことですよ」


「なんですって?」


「この首で裁判を任意に操作できるそうで」


「なっ、」


「魔女にもらったとも言っていましたね」


「……っ! ジェニス、貴方という人はっ!」


 陸歩のように感情に応じた炎熱は吹かないにしろ、今のユスティーム法務官の剣幕はそれにすら近いものがある。


「何よりも尊くあるべき判決を、私欲のために()()げていたとっ!?

 自分のしたことを分かっているの! ジェニス法務官!」


「いや、その、私は……」


「女性たちを見ましたよ! ああやって不当に捕えた人々を奴隷に仕立て上げていたのですか!」


「…………あぁ! あぁそうだとも! 大変に(もう)かったぞ!」


 追い詰められてむしろ一周回ったのか、ジェニスと呼ばれた法務官はせせら笑いながらに(わめ)いた。


「まだ始めて半年だ! たった半年! その半年でどれほどの利益があったか想像つくか!

 だがなぁ、それは私欲などでは断じてないっ! 全てはヴェルメノワのため!」


「ヴェルメノワのため? 世迷言(よまいごと)を!」


「あんたも気付いているはずだぞユスティーム上級法務官! すでにこの街はギリギリだ! 厳しすぎる法令に住民の流出は増える一方! 主たる物産もなければ観光業さえも先細り!

 この状況で、明日も街を維持していくために必要なものはなんだ!?」


「正義と規範です!」


「違う金だ馬鹿が!」


「馬鹿は貴方でしょう! それであの外道働きですか!

 そんな悪行でしか成し得ない未来ならば、私は正しいままに今日滅びることを選びますよ!」


「なぁ……聞け、聞いてくださいよユスティーム上級法務官。

 貴女はそうでも、住民全てがそうじゃあないんだ。どんな手を使っても街を護りたい者たちはたくさんいる。声を押し殺して。

 な? 売った女どもはどうせ異邦人(いほうじん)だ。住民を養うために他の街の人間を(おびや)かすなんて、そこら中で当たり前に行われている戦争や侵略と同じじゃないか。

 な? だいたい奴隷生産はこの大陸でもほんの二百年前には合法だったんだ。それを取り戻しているだけのこと」


「このっ! いい加減に、」


 詰め寄ろうとするユスティーム上級法務官。

 それを、陸歩が手を挙げて制した。


「――おいこのクソ野郎。もう黙れ」


 再び陸歩の四肢(しし)が赤熱を放ち出した。

 踏みしめた石床が、煙を上げて形を歪めるほどの、熱。


「聞いてりゃ反吐(へど)の出そうな御託(ごたく)をペラペラと……。二度と口利けないように灰にしてやろうか」


「ほざけ! 思い上がるなよ化け物め!

 私にはなぁ、神の鉄槌(てっつい)がついているんだよぉ!」


 縦に衝撃が走った。

 焦燥(しょうそう)の濃い笑みを浮かべるジェニス以外の全員が、激しく揺れる足場に何事かと周囲を見回す。


 最初に察したのはイグナだ。

 まばたきもせずにじっと真上を(にら)み、各種センサーをそばだてて。


「リクホ様。巨大な神威(しんい)物体の接近を感知しました」


「ユスティーム法務官、ナック、何か来るってさ。下がって!」


「上からです。出現まで、三、二、一、」


 天井から滝のような砂礫(されき)が降った。

 粉塵(ふんじん)に包まれて、顕現(けんげん)した巨体があった。


 まず目に付くのは、腕。腕。腕。

 広げられた無数の腕は蓮華(れんげ)のよう。

 意外というべきか、それらを備えたのは人型だった。


 筋骨隆々、黄金色の巨人が、着地姿勢からゆっくりと立ち上がる。

 その身長は四メートル強。


 目につくのはやはり腕、腕、腕。


 肩からだけではとても収まらず、背中からも生えた無数の腕。

 胴や掌と比べたら小さ過ぎるくらいの頭部には、憤怒(ふんぬ)の相が深々と刻まれている。


 ユスティームは瞠目(どうもく)し、ジェニスは勝利を確信していた。


「へ、ヘカトンケイル!」

「そうだ! ヘカトンケイルだ!」


 ヘカトンケイル。

 そのカタカナに、何だったか聞き覚えがあった陸歩は、誰へともなく求めた。


「あー、解説してくれる?」


「はい。ヘカトンケイルはギリシア神話に登場する巨人で、トップクラスの怪力を持つとされます。

 その名は『百の手』を意味し、五十頭百手の姿で描かれますが……アレには頭が一つしかありませんね。

我々の世界のヘカトンケイルとは似て()なるものでしょう」

「ヘカトンケイルはナルナジェフが(たま)わしたもう一つの神器です!

 天秤の守り手として安置されており、法やこの街に危機が迫ると立ち上がるのです!」

「こいつは望む者が多数派となれば起動し、望めば望むほど強くなるんだよ!

 今や私の力、私の望みを叶えるための武力だ! さぁ後悔しながら死ぬがいい!」

「リクホさん気を付けて! ヘカトンケイルは万軍に匹敵し、平原を埋め尽くす蛮族を一夜で(ほふ)ったとの伝承が!」


「……はい、いっぺんにどーも」


 突然巨人が身を(ひるがえ)した。

 一度に振るう五十の右ストレートは壁のよう。

 陸歩はイグナの細い腰を抱き上げて、全力の跳躍(ちょうやく)で横合いへ逃げる。


 空を切った鉄拳は余波だけで、爆撃と言って()(つか)えなかった。


「リクホ様、お気づきかもしれませんが」


「なんだ。砂の話か」


「はい。あのヘカトンケイルなる神器は、地盤を掘り進んでこの場へ降下してきました。にもかかわらず、共に落ちてきたのは瓦礫(がれき)ではなく大量の砂」


「秘密があるとしたらあの手かな。粉々にする能力があるとか。

 何にせよ、不用意に触らないほうがよさそうだ」


 迫る拳を、陸歩は紙一重で()(くぐ)る。

 するとすぐに次の拳が目の前にあって、それをまた避けて、また拳が。


 陸歩は反射神経や膂力(りょりょく)こそ超人だが、身のこなしについてはまだまだ()()しだ。

 その動きは蝶や蜂に例えられるほど精練されておらず、良いところが蚊ぐらいのものか。


 ヘカトンケイルの周囲を、まとわりつくように跳び回る彼。

 イグナを抱えてなお疲労の色はないが、反撃の隙が掴めないことには顔をしかめた。


「ヘカトンケイル、何をしている! 叩き潰せ! ――っえぇい!」


 (にが)り切っているのはジェニスも同じだ。

 そして業を煮やしたのはあちらが先。奥の手を投じてきた。


「ぅおっ!」


 陸歩の肌は、百腕巨人の全身にみなぎる神威が、倍に(ふく)れたのをまざまざと感じ取った。


 とっさにイグナを敵の腕の長さより外へ放り投げるのが精一杯。

 そのため流れた(たい)は宙に無防備で残留し、次なる一手は待つしかない。


 ヘカトンケイルの腕が裂けた。

 全ての腕が、中指の先から肘を通って肩まで、縦に真っ二つに。

 それぞれの欠損部分は(またた)く間、プラナリアさながらに生えて補完され、つまり本数が百から二百へ倍増したのだ。


 今度こそは避けられない。

 ついに黄金の拳が陸歩を(とら)えた。


 岩盤を(えぐ)る一撃を、しかし両腕で受け止めた彼は、歯を食いしばって威力に耐える。


「ぐっ――」


 そのとき陸歩だけが異常を感じ、またそこからヘカトンケイルの能力を知った。


 腕へ走る衝撃が一つで終わらない。

 まるですぐ(そば)で爆弾が破裂するかのように、いくつも、いくつも、終わらない。


 たった一個の拳、たった一度の接触から、いくつもの『打撃』が発生していた。


 姿のない殴打(おうだ)(さら)されながら、その回数を正確に測るほど暢気(のんき)ではいられないが。

 大よそ二百と当たりをつけて、陸歩はこの異能を断定した。


 ――共鳴神の神器、なるほど全腕が手一つと共鳴して、一撃が本数分の拳打(けんだ)を生むのだ。


 地盤くらいなら容易(たやす)く砂にもなろう。


「いいぞヘカトンケイル! ぶっ潰せ! ラッシュだ!」


 そう、この巨人の能力の真価は、やはりその腕の数にある。


 一撃が腕の数分の威力を生む腕が、二百本。

 連打を浴びれば累計(るいけい)が何発分の攻撃に相当するか、とても数え切れるものではない。


「はっはははははは! はっははっはっはっはははははは!」


 ジェニスの勝ち誇った高笑いも、巨人の打擲(ちょうちゃく)にかき消えていく。

 陸歩を壁へと押し込んで、なお壁ごと粉砕して。


「リクホ様っ」


「ははははははっ! ははは……、

 は?」


 居合わせた者のほとんどが、出来事の脈絡(みゃくらく)を失った。


 突然ヘカトンケイルの巨体が宙を舞ったのだ。

 そして反対側の壁面へぶつかり、けたたましい音を立てて倒れる。


「さすがに神器。硬いなぁ」


 晴れゆく土煙の中からは、さしたる傷もない陸歩が悠々と歩み出てくるではないか。

 わずかに顔をしかめ、赤熱の右手を軽く振りながら。


「馬鹿な……」


 緩慢(かんまん)な動きで立ち上がるヘカトンケイル。

 その腹筋には確かに、小さくも鋭い拳の跡が刻まれている。

 ――殴り返していたのだ。あの暴力の激流の中で、陸歩は。


 二百の腕より、四万の拳打より、よほど致命的な一発でもって。


「馬鹿なぁああああっ!」


 ヘカトンケイルにまた震えが走った。

 そして再び、二百本の腕が全て裂けていく。生えていく。

 もはや上半身全てが腕に包まれるような有様だ。


 巨人が()いた。

 それは、ともすれば苦痛に(うめ)くようにも響く。陸歩は哀憐(あいれん)を禁じ得ない。


「終わりにしようぜ。なぁ、イグナ」


「はい。リクホ様」


 いつの間にか(かたわ)らには、(ひざ)をついて(こうべ)を垂れる少女の姿。

 その白磁(はくじ)の頬へ、そっと触れる。


「借りるぞ、お前の力」


「はい。この身の全ては貴方のもの。どうぞ、ご随意(ずいい)になさって下さいませ」


「いい子だ」


 彼より(つむ)がれるそれは、呪文。


Order(オーダー). Code(コード):Ignition(イグニッション)


 たった三節の詠唱(えいしょう)

 この世界とは異なる天地において、取り決められた約束の言葉。


 少女をヒトならざる者へと(かえ)す、(ツワモノ)の号令。


 今こそイグナの表情から、瞳から、完全に感情が失せた。

 瑞々しい唇から朗々と告げられるは、色彩と(うるお)いを失った、無味乾燥なアナウンス。


Code(コード):Ignition(イグニッション)受諾(じゅだく)

 戦闘能力の解放を、ライン4まで許可。

 兵器各種、戦術レベル2までロック解除。

 当該機はこれより、アサルトアーマーモードへと移行します。

 ユーザーはその場に待機し、装着に備えてください】


 イグナが陸歩を後ろから抱きしめた。

 かと思えば少女の全身は膨張し、ひび割れて開き、機械であることが(あら)わとなる。

 糸のように細かく(ほつ)れ、主の手足を。

 粒子のように緻密(ちみつ)に組み代わり、主の身体を。

 (よろ)っていく。

 

 赤き髪の乙女は仮のカタチ。

 これこそが、彼女の真の姿。


 一騎当千の『駆動鎧』。

 パワードスーツという近代武装を、過去のものとするために生み出された、科学の極北(きょくほく)燦然(さんぜん)と輝くモノ。


 わずか二秒のうちに陸歩の全身を(おお)った機甲の具足(ぐそく)

 (かぶと)、肩部、腕部、籠手、胴、腰部、脚部。

 すべてが白銀であり、一片の欠けもなく、神秘的なまでの流線を描く。


 排気の白すら(まぶ)しい。

 眼光は電子の緑。


 そこに現れるのは兵器というジャンルで芸術を極めた、鋼の天使だった。


【装着完了。

 システム・オールグリーン。

 ご武運を祈ります。Have a nice day.

 ――、……、リクホ様。リクホ様、不備はございませんか」


「おぉ。サイッコーの気分だね」


 ヘカトンケイルが肉薄する。


 対して騎士装甲の陸歩は左手を向けるだけだ。

 それだけで電光が鎖のように巨人へ(から)()いて、その場に釘付けにした。

 

 電磁シールドである。


 従来のそれは飛来する弾丸に対し、外向きのエネルギー力場を展開しておいて速度を()ぐ、という程度の作用しかない。

 イグナに搭載(とうさい)された最新式なら、最大出力であれば砲弾をも一時停止させることが可能だが、バッテリーをひどく消耗(しょうもう)するため、一瞬が限界だ。


 だが今はヘカトンケイルの巨体を五秒、十秒と縛り続けていた。


「ヘカトンケイル! どうしたっ、やれよ! いけっ! くそっ!」


 秘密があるのは陸歩だ。

 彼の肉体に備わった紅蓮の異能。

 その炎と熱量はほぼ無尽蔵であり、これを肌に密着するイグナへ供給することで、彼女の兵器性能は最大値をアベレージとすることが出来る。


 それでも、さすが神器と賞賛すべき。

 ヘカトンケイルの拳はじりじりと、ミリ単位ではあるが、前進を続けていた。


 陸歩は鎧の背から、極光の翼を広げた。

 兜の頭上には同色のリングが。


「滅びろ」


 天使が(うた)う。


 空中へ波動が走り、巨人の腕が片端から消滅していく。

 のけぞるようにしてヘカトンケイルが啼いた。


「イグナ。電磁シールドを右手に集めてくれ。最大密度」


「了解しました。密度最大まで、二、一、」


 腕を失くしてグラグラとバランスを崩すヘカトンケイルへ、陸歩は拳を振りかぶった。

 その手首から先は視認できない、(まと)ったシールドが光の進行をすら歪めているのだ。

 その手首から(ひじ)にかけては真っ赤に燃えている、陸歩が意志を轟々と()いているのだ。


「ふっ――飛べぇっ!」


 限界まで小さく(かた)い電磁シールド。

 陸歩の超人的腕力。

 駆動鎧イグナの動作補助(アクション・アシスト)

 肘の噴出口から(ほとばし)った火炎の推進力。


 それらの全てが相乗された一撃は巨人の胸を()()え、地中であることもお構いなしに(はる)彼方(かなた)まで吹き飛ばした。


 鎧の全身から、放熱。

 残心。


「馬鹿な……」


 目の前の惨状(さんじょう)に、ジェニスはがっくりと(ひざ)をつく。


 壁に深々と穿(うが)たれたクレーター。

 いやそれは、もはや洞窟と言ってよい。

 その最奥にはヘカトンケイルの(からだ)が埋まっているはずで。


「馬鹿なぁ……」


 さらに(かし)いだジェニスは床に手を突いた。

 その視界に、白銀の爪先(つまさき)が映りこむ。


「あ……」


 見上げると、機械仕掛けの天使の冷たい眼光。

 

「ひぃいいっ!」


 男は腰を抜かしたまま無様に後ずさり、(すが)る目をあちこちへ彷徨(さまよ)わせていた。


 だが陸歩は追い詰めにかからない。

 その場に(たたず)んだまま、ついと視線を上げる。

 自らが開けた、真新しい洞窟へと。


 そして大声で(たず)ねた。


「……、あのぉ! ユスティーム法務官様ぁ!」


「っ、何ですか?」


「神器ってもしかして、壊せないものだったりするんですかねぇ!」


 駆け寄ってこようとしていた法務官と少年看守はその場で立ちすくんだ。

 陸歩の見つめる先、暗い穴の奥底から、()()してくるものが、ある。


 ヘカトンケイルだ。


 ボロボロの胴体。

 しかしその傷は煙を上げながら(ふさ)がり始めていて、また喪失した腕は(すで)に十数本が新しく生えてきているではないか。


 ジェニスはもう小躍(こおど)りせんばかりだった。

 這うようにして巨人の元へ()せ、(つば)を飛ばしてまくしたてる。


「そうだ! それでいいんだヘカトンケイル! お前は完全で完璧で真正なんだ!

 ざまぁみろ! さぁほら早く治れよヘカトンケイル! そして私に逆らうあの罪人どもをすり潰せ!」


 巨人が咆哮(ほうこう)し、立ち上がった。


「リクホ様、いかがなさいますか」


「んー。とりあえず、もう一発ぶち込んでみるか」


「待ってくださいジュンナイ・リクホ! 神器を壊されては困ります!」


 やれやれ、これだから外野は。

 陸歩は思わず肩をすくめる。

 好き勝手を言ってくださる。


「っつったって仕方(しかた)ないでしょうよ。

 ……あぁ、でもその言い方、ってことはやっぱ壊せるんだな」


「だから壊されては困るのです! 壊さずに止めてください!」


「そりゃ手段があればこっちもね、やぶさかじゃないですけどね?」


「あります手段! ヘカトンケイルは百腕天秤に応じた、百腕天秤と同質のものです! 

 ならばあの生首! あれが天秤を狂わせているのなら、取り除けばヘカトンケイルも止まるはずです!」


「……そういうの、もっと早く言ってほしい」


「貴方の火力なら出来るでしょう! 今すぐ! 焼き払って!」


 兜の中、陸歩は獰猛(どうもう)に笑った。


「火力? 必要ねぇよ、そんなもの」


 狙うは、街の多数派に取って代わった無数の生首。

 そして多数を滅ぼすのは、陸歩の得意中の得意だ。


 彼の翼と、リングの極光が、ことさら強く淡く輝いた。


 ――この世界へ渡って来た際に、(めぐ)()った一人の神。

 時の中で人々の記憶からも失われてしまった(いにしえ)の大神が、陸歩へ授けた神威(しんい)


 それは、多きを滅する力。

 有象無象を憎み、灰燼(かいじん)()権能(けんのう)


 空気中へ波動が走る。

 この場においての最多数派たる生首は。

 それで、ひとたまりもなく絶滅した。


 ぴたりと止む、ヘカトンケイルの身もだえ。


 ジェニスは、大層な(ほう)けぶりをさらした。


「え?」


 じろりと、ヘカトンケイルがジェニスを見下ろす。


「え?」


 ジェニスは、大層な呆けぶりを。


 鎧のままイグナが静かに(つげ)る。


「神器を(だま)していた生首は消滅いたしました。これで天秤も巨人も、本来の活動を取り戻すでしょう。

 であるならば、ここからは神器は、正真正銘の民意を示すことになるかと思われますが。さて、ヘカトンケイルはどうするのでしょうね」


 未だ()(そろ)わないまでも十分に屈強な巨人の腕が、次々と持ち上がる。

 あたかも鎌首(かまくび)もたげる大蛇がごとく。


 ジェニスは、自らへと影を落とす掌を見上げて、言葉にならない悲鳴を上げた。


 手が伸びる。

 手が伸びる。


 何本も。手が。


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