序:起 ≪報告≫
いくら鍵を預かっているとはいえ、「そうしても構わない」と女帝様より仰せつかってもいるとはいえ、直接玉座の間へ帰るのは憚られる。
なので陸歩たちはダンジョン最奥に見つけた『扉』から、首都リンギンガウが保持する『扉の樹』のうち、南西のものへ帰還した。
陸歩たちが王宮へ辿り着く前に、すでにオーゼンフォリオのダンジョンが閉じた報は伝わっていた。踏破から一息で移動して来たから、ほんの数分のことであるのに、どのような情報網を敷いているのか。
結局、道すがらで呼びに来た文官と出会って、そのまま玉座に直行する。……最初から鍵で飛んで行っても、同じだったかもしれない。
ダンジョンが閉じる瞬間を、ダンジョン踏破者が目撃することは不可能だ。だからこの辺りは全て伝聞である。
――地震が起きた。
――ダンジョンを探索していた者は全員、気が付けば外にいた。
――そこには金の壁によって固く閉ざされた入口。
――壁には本日の日付が簡潔に刻まれている。
陸歩なんかは、ダンジョンはてっきり融けるよう消えるものと思っていたが。痕跡として残るらしい。
「よく帰ったな」
玉座の間へ行くと、すでに臣下を軒並み退出させ、妹姫と二人だけで待っていた女帝が笑みでもって陸歩たちを労う。
その笑顔……何か、固いような。
そういえば、秘宝として安置されていたクマのぬいぐるみは、イグナが拾ってきた。
あの義肢の少女が気に入った様子を見せていたが、そのあと陸歩と揉めた時に手放していて、先に扉を潜ってどこかへ去る際にも回収していかなかったのだ。
「ただいま戻りました。
――こちら、戦利品です。イグナ」
「はい」
陸歩が促すと、イグナが進み出て、ぬいぐるみを差し出した。
が、女帝がそれを受け取るより先に、妹姫のほうがハァっと息を呑む。つい出てしまったのか、彼女は自身のはしたなさに、すぐに口を手で押さえるが。
女帝が苦笑し掌を向けたので、イグナは秘宝を妹姫へと渡す。
「どうぞ、姫様」
「ど、どうも……」
クマのボタンアイとしばし見つめ合っていた妹姫。その口元はモニョモニョと、複雑な波を描いている。愛でくり回したいのを、必死で我慢しているのが丸わかりだ。
女帝はといえば、そんな妹を、というかその手のぬいぐるみを……もっと言えば頭部にチョコンと載った冠を、じっと見つめて「ふむ」と息をつく。
「秘宝は黄金だと予想していたのだがな。金なのは王冠だけか」
「あぁ……」
そういえば。陸歩は思い出す。オーゼンフォリオのダンジョン好景気は、這い出た魔物の腹から金塊が出てきたから、とかだったか。迷宮内からも金が産出されていたはず。
だが彼らが辿ったのは塩の迷路だ。つまり、あの金は神託者以外を引きつけておく蜜だった、ということだろうか。
「いずれにしても、ご苦労だったな。よくやってくれた」
「いえ。……女帝様、実は、ご報告しなきゃならないことが」
「奇遇だな。私もだ」
「え?」
先に失礼する、と肩を竦めた女帝は、頭痛を堪えるような表情で話し始めた。
曰く――ここ二・三日の間に各地のダンジョンが、十も踏破されている。
それ自体は歓迎すべきことではある。女帝は言う。
それによって陸歩らの任を解くことも、契約を破棄することもないから心配しなくていい。女帝は言う。
「だがどうにも、タイミングが解せん。
……いやレドラムダ中、至る所に生じたダンジョンには全て、冒険者が名乗りを上げて挑んでいるから、偶然に偶然が重なればない話でもないだろうが。
こうも同時とは、まるで計ったようではないか」
「…………」
「何やら男をかき集めて、ダンジョンへ挑ませている女もいるというし」
「……それは、」
陸歩もイグナもユノハも、キアシアをそっと横目で伺う。
彼女は意を決したように大きく息を吸い込んでいて、若干の躊躇いを滲ませてはいるものの、堂々と述べた。
「女帝様。その女に、あたしたちも会いました。――その人は、あたしの姉です」
「なんだと?」
今度は陸歩たちが話す番だ。
キアシアの姉、ゼアニアが男たちを焚きつけていたこと。
ダンジョン最奥で出会った、二人組の存在。
特に二人組のほうは発言から、明らかに各地のダンジョン封鎖を目論んでいた。
それが誰の指示によるものかは分からない。
ゼアニアまで含めて一派で、組織立って動いている、というのも想像が過ぎるかもしれない。
だが大陸全土に、不自然に蔓延したダンジョン。
それを、女帝とは別口で封じて回る連中。
「姉様」
妹姫が、ぬいぐるみを胸に抱いた格好で、神妙に進言する。
「状況に何か、儀式的な匂いを感じます」
「そうだな。……頭の痛い話だ」
実際に額を押さえた女帝は、眉間に皺を寄せてしばし黙考に耽る。
やがて。
「とにかく、キアシアの姉上か長身の剣士か、義肢の少女か。あるいはそれに組する者、類する者が他にいるならば……誰かから話を聞かねば始まらん」
立ち上がった女帝は陸歩の傍まで寄って、彼の肩へ手を置く。
そして為政者の鋭さで依頼した。
「リクホ。ひとまず当初の契約通り、引き続きダンジョンを封じてほしい。その過程で、君たち以外に『何か目的の元にダンジョンを踏破している者』と出会った場合には、捕縛してもらえないだろうか」
「はい。もちろん協力させて頂きます」
ゼアニアはキアシアの血縁であるし、義肢の少女と陸歩は復讐の因果で雁字搦めだ。どのみち既に因縁は浅くない。
「ありがとう、感謝する――だが、今はまず休まなくてはな」
緊張を緩めた女帝は、改めて親しみを込めて陸歩の肩を叩き、退出して屋敷でくつろぐように促す。
陸歩たちはその厚意に素直に甘え、挨拶を残してその場を辞し、何日かぶりの青空・街並み・室内を謳歌する。
そうしながら、陸歩はずっと一方向を気にしていた。
それはイグナには容易に察されていたし。ユノハにすら勘付かれている。
「リクホくん」
こっそりと、耳打ちしてくるユノハ。
「考えは、まぁ、分からないでもない。どこをうろついてるかも知れない相手を目指すよりも、互いに引かれ合う者を探す方がよほど正確だ。
でもそれは『まだ』だ。義肢の彼女と再会するのは、もう少し先でなくちゃ」
「……『手順』じゃねぇってか」
「うん。先に、あっち」
ユノハが差すのは、陸歩が目指そうとしたのとはまるで逆。
彼らはまだ知らない。そこ先にあるのは、『無人街』とあだ名される街。
ノームポウム。
定住者の存在しない、街あるのみの街。




