結:転 ≪最深≫
食事を経て左目の負傷を全快させた陸歩は、入城と同時に、たちどころに違和感に勘付く。
それをイグナのセンサー感知が補強した。
「何者か、先に立ち入ったものがいますね」
「やっぱり?」
全面が塩で出来ているため、足跡やドアの開閉による轍などは残りやすい。
それでも先行者の痕跡は、目を凝らさなければ気付かないほど希薄だ。後発の人間を気にして、あえてそうしているのか。でなければ。
「相当の手練れと、推測されます」
イグナの言葉に陸歩と、それからユノハは強い納得を抱いた。
自分たちと同じように、ここまで異頭の騎士たちを打倒し辿り着いた者だ。普段から歩法に戦闘の沁みついた達人であることは容易に察せられる。
玄関ホールにしゃがみ込んだイグナは、確かめるように塩の床に人差し指を付け、さらに続けた。
「二人組、かと」
「ほう?」
と、ユノハの口元に好戦的な笑みが浮かぶ。横目で陸歩を伺い、半分こだぞ、とでも言いたげに。
陸歩は肩を竦めたし、その心はキアシアが代弁した。
「ってことは、このダンジョンは放っておいても攻略されたってこと? えぇ……じゃあ、その人達に任せておけば、あたしたちが出張って来る必要なかったんじゃ……」
「それについてユノハ、何か弁解はあんのか?」
「ちょっとは想像力を働かせてごらんよ。僕を信用してさぁ」
ため息をついてみせるユノハは、実に小馬鹿にした態度で、陸歩もキアシアも揃って目を眇めた。
ユノハの言い分はこうだ。
「僕たちが最初にここに挑むのは『正しい手順』だ。それは絶対。
だったら今、先を行く誰かさん方は何か。
女帝様も言ってたよね、忠臣が秘宝を手にした途端に謀反を起こしたって。この二人組が、そういう悪意を芽生えさせるのを、僕らが阻止しようとしている……そういう可能性はゼロ?」
「取ってつけたにしちゃあ、まぁまぁな理屈だな。よし、追うか」
イグナがトカゲ型のワスプを一機放つ。それは床を的確に探り、チョロチョロと先導した。
陸歩とユノハが矢面に立つよう、先に立ってそれを追う。
どんどんと上階へ昇っていく。
道中の景色は、やはりリンギンガウのレドラムダ女帝の宮殿に似ている。
もしや、と推察を述べたのはイグナだ。
「オーゼンフォリオは、初代レドラムダ女帝が特に力を入れて押さえた要所です。この城は、その方の居城を模しているのでは」
だとすれば、話を持ち帰れば当代女帝へのいい土産になる。陸歩はイグナへ見かけた限りを詳細に記録するよう言い、もし全てが片付いた後に余裕があるようなら全域を見学したいとも思う。
どんどんと上階へ昇っていく。
目指す先は、ここまで来ればもはや、全員に予想がつき始めていた。
外でちらりとユノハが口にした通りだ。
玉座の間へ、たどり着いた。
ここに至っては、すでに陸歩は鈴剣の柄に手を掛けている。
ユノハも神球を取り出し、立てた中指の先でしきりに回転させていた。
やはり、リンギンガウの宮殿と似た、玉座の間。
最奥には、塩で出来ていながら煌びやかな椅子。さらにその背後には、こちらは塩でない、扉の樹。
紛れもない、こここそが、ダンジョンの最深部。
しかし陸歩らの戦闘態勢もむなしく、全ては済んだ後である。
床に伏す、騎士の死骸。
その頭部は、太陽・月・星ときて、今度は何だったのか……それすら分からないほどに叩き潰されている。
数は三十か、四十か。
半数近くは鋭利に斬り裂かれていた。
玉座の前に立ち、こちらへ背を向けている、二人組。
彼らがこの惨状を敷いたことは間違いない。
片方は長身の男だ。
おそらくは青年と呼ぶべき年齢。
深い藍色の髪はいっそ黒い。上半身はシャツのみで如何にも軽装だが、反面、下は鋲付きの長靴や装甲の施されたズボンと物々しい。
腰には一刀、剣を佩いている。やはり戦士か、あるいは軍人か。
片方は少女だ。小柄に見えるのは隣の男との対比のせいで、実際にはイグナと同程度の身長ではある。
こちらも軽装、二人ともが荷物は腰のポーチくらいのもの。
白かと思うほどの金髪は癖っ毛で眩しい。肌は浅黒いというか、浅赤い。
そのこめかみには、螺旋を描く角が一本ずつ。
……なにか。陸歩は彼女の背に、呼吸が乱れる。意味も分からず。
男女に共通なのは、左手の篭手だ。
それは先頃遭遇したゼアニアが身に付けていたものとよく似ているようにも思われるが、それは気のせいか、否か。
男の方が、肩越しにチラリと振り返った。そしてため息を吐く。
「おいおいおい……なんだよ、ちゃんと踏破してくるやつがいるんじゃねぇか。もう一日待っときゃ良かったなぁ。俺たちがわざわざ出張って来る必要もなかった」
そして陸歩に目をつけ、思い直したように笑みと共に振り返った。
「一人は剣士か」
その手は自らの剣に掛かっており、本気なのか戯れなのか、いつでも斬りかかれる体勢だ。
陸歩も警戒を引き上げる。
少女のほうは、背を向けたまま、何かゴソゴソと忙しい。
「いいじゃん、このお宝は気に入ったもんね。回収して帰るよ。これ、これ? ん? んー……」
どうやら件の秘宝は玉座に鎖で括りつけられているらしく、少女はそれをガチャガチャとやっていた。
が、どうにも上手く外れないのか、そのうちイライラとし出して。
「んー……ぁあぁもうっ!」
怪力を発揮し、ブチリと乱暴に鎖を引きちぎる。
解放された宝、少女に高々と掲げられたそれは……王冠を被ったクマのぬいぐるみだ。
黄色い声を上げながらクマを愛でる少女はひとまず置いて、陸歩は男へ向かって訊ねる。聞き捨てならないことがあった。
「あんたたちは……何者だ?」
「そういうときは、まず先に名乗るのがマナーじゃねぇの」
ニヤリと返してくる男を、あえて無視して続けた。
「さっきの口ぶり、まるでダンジョンを閉じることが目的みたいだった。
――それは、誰かの依頼か指示によるものか」
「そういうときは」
男は、抜刀した。
一目で業物と分かる。紺碧の波を描く、フランベルジュと呼ばれる片手用の長剣だ。
「まず斬りかかって来るのが、マナーじゃねぇの」
「……意味が分かんねぇ」
「嘘つけ。分かるだろ、お前も剣士なら。それとも、その剣は飾りか?」
「…………」
訊きたいことがあるのなら、力づくで訊き出してみせろ。
その意図を察した陸歩は、居合いの構えで腰を落とす。
だが、ユノハはともかく、イグナとキアシアは戦闘には反対だ。
「リクホ様、お待ちを」
「落ち着きなさいって、いきなり殺し合いする気?」
そしてその向きには、あちらの少女も同じのようである。
「ダメだよ、アインさん。こんなところで売る油はないんだから」
咎める声音と表情で、振り返る少女。
だが。
その瞬間。
「――――」
電撃に撃たれたかのようだ。
少女と、そして陸歩も。
理由はまだ分からない。ただ、直感とでもいうべき、衝動。
少女の手から、ぬいぐるみが落ちる。
気づけば少女は、陸歩の目の前まで跳んでいた。
大きく振りかぶる右の拳は、鉄の義手。左手も、両足も。
「あぁあああぁっっぁああぁっっ!?」
少女は慟哭に動揺と疑問を滲ませつつ、目に涙すら浮かべながら、拳を陸歩へ叩き込む。
それを、呆然としたままの陸歩は、頬で受け止めた。




