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結:承 ≪共喰≫

「生き残った三人を愛してあげる」


 バルコニーの手すりへ頬杖(ほおづえ)を突いたゼアニアは、欠伸(あくび)まじりにそう言った。

 その億劫(おっくう)そうな態度が、むしろ中庭へ集まった男たちを魅了し、鼻息を荒くさせる。

 彼女の純白のドレスはいつもより肌の面積がずっと大きい。胸の谷間が深い。そうして(オス)()きつけているのだ。


 城壁のように高い(いばら)に囲まれた中庭。

 白い薔薇(バラ)が咲き誇り、徐々に殺気立っていく男たちを見つめていた。

 手に手に得物を(たずさ)えた、男は八人。

 彼らは皆、レドラムダ大陸のダンジョンをそれぞれ踏破して来た猛者(もさ)である。その最奥で秘宝を手に入れ、ついにゼアニアへの求婚まで辿(たど)()いた。


 そこへバルコニーから、ゼアニアに従っていた燕尾服(えんびふく)の三人が飛び降りて加わる。


 ここは蠱毒(こどく)

 バルコニーに咲く、一番美しく()(まま)な白薔薇が、頬杖を突いたままやっぱり億劫そうにつぶやいた。

 ――さぁ殺し合え、と。


 獣さながらの咆哮(ほうこう)が上がる。

 男たちの闘争が幕を開けた。

 居合わせた誰もが一角(ひとかど)の戦士。だというのに技も何もあったものでない。互いの喉笛へ、(かぶ)()くような仕方(しかた)で。

 十一人が三人になるまで続く、目を(おお)いたくなるような、凄惨(せいさん)な食らい合いが始まった。


 ゼアニアはその様を、退屈そうな右目で(なが)めている。

 その視線は、左の眼帯の鉄よりも、なお冷たい。


「――八人か」


 彼女の隣に立ち、同じく階下を見下ろし、気難しげに(つぶや)く男性。

 欠伸まじりにゼアニアが答えた。


「もう何日かすれば、また追加がくるわよ」


「もっと(いそ)がせることは出来ないのか。まだダンジョンは半分以上残っているんだぞ」


「別に、魔女様の計画より遅れてるってこともないでしょう」


 彼女のおざなりとでも言うべき態度へ対し、男は意識の低さを嫌がって舌を打った。


「レドラムダ攻略は私に一任された。十六人のうち、他でもないこの私にだ! それすなわち魔女様が、私ならばこの計画を予定以上で進捗(しんちょく)できると期待されてのこと!」


「あー、はいはい。そうでしたわね」


 面倒くさい男だ。ゼアニアは内心で零した。

 お前が選ばれたのは、一番単純で盲目(もうもく)でノセやすいからだよ、とも思う。

 この男は、いま下で殺し合っている連中と、本質的には同等のものだ。ただ、魅了されている相手が別なだけのこと。

 惚れた相手のために粉骨砕身。そりゃあ魔女様もコイツを使うに決まってる、自分でもそうする――ゼアニアは欠伸した。


「ダンジョンなど前段階! お前のための遊戯じゃないんだぞ! さっさと(あな)を開けなくてはならないのだ、この大陸に!」


「わーかってるってば。うるさいわねぇ」


 男はなおも、本当に分かっているのか、とかをブツブツと言っている。

 ゼアニアはそんなものはとっくに聞いておらず、ここまで立ち昇ってくる血風の(こうば)しさに心を砕いていた。


 半数にまで減った男たちは、誰もがとっくに泥をかぶったようだ。血と臓物(ぞうもつ)汚泥(おでい)を。

 今また一人の首が()()がり、(むくろ)と転がる。


 ぼそりと、ゼアニアが呟いた。


「今の、美味しそうなイケメンだったわね」


「はっ。今日の昼飯はあれか?」


 男が小馬鹿にしたように言うが、ゼアニアはクスリともせずに、「そうね」と実に真剣な調子で取り合っていた。


 ついに四人までに減る。

 そしてまた一人が()した。

 生き残った三人。それらは全員、頭から爪先(つまさき)までが血に染まり、分かりづらいが燕尾服の三人である。

 さすがというべきではある。一度ゼアニアの寵愛(ちょうあい)を受けていた彼らは他の男たちと比べてもなお死にもの狂いであり、素手で敵を引きちぎる様は悪鬼と形容すべきだったか、それとも羅刹か。


 それでも消耗は激しい。

 三人ともがゼイゼイと、苦しげな呼吸を繰り返していた。


 中庭は沼のような惨状(さんじょう)となり果てている。

 周囲に咲く薔薇は、飛び散った血肉で真っ赤だ。


 ――血に沈んでいた骸が一人、立ち上がる。


 胸に突き立った剣は、奇跡によって致命傷を避けていたのか。

 あるいは女への過ぎたる執念(しゅうねん)が、魔的に結実し、第二の心臓と成ったのか。


 燕尾服の、二人は反応した。

 しかし一人は骸を背にしていたために、まだ気付かない。


 その無防備な背中へ、骸が襲い掛かる。自らを穿(うが)った剣を乱暴に引き抜き、燕尾服の肩口へと叩き込んだ。

 血を()(こぼ)す。斬ったほうも、斬られたほうもだ。

 どうと、倒れ伏す、八つ目の骸。


 瞬間、彼の鎧は弾けるように剥がれた。

 それは逆巻いて収束し、真新しい燕尾服となって彼に(まと)わりつく。


 緩慢(かんまん)な拍手が響いた。


「おめでとー。(いと)しい三人」


 手すりに足を掛け、ゼアニアがバルコニーから飛んだ。

 満身創痍の燕尾服たちは、それでも軋む身体に(むち)を打ち、彼女を受け止める。

 血染めの彼らに抱かれたゼアニアのドレスは、一瞬で赤へ早変わりだ。


「期待してた通りよ。アタシ、始めから貴方たちが生き残ってくれるって信じてた。嬉しい……」


 言葉は白々しいが、恋する男にはこれで十分だ。そのことをゼアニアはおびただしいほどの経験から心得ている。

 そうだ。思いついた。

 彼女は茨から、薔薇を手折(たお)る。

 その一輪ずつを、彼らの胸へ飾った。


 そして自らも、赤と白に(まだら)の薔薇を(くわ)えて、はにかみながら言う。


「戦い疲れて、お腹空いたでしょう? 食べていいわよ。一人、一枚ずつ、ね? お好みの花弁を、どうぞ」


 男たちは感涙を流し、先を争ってゼアニアの肩を掴む。

 そして彼女の唇へ、自らの口を、寄せるのだった。

 女がいたずらに突き出した、(くき)(いばら)が刺さるのも、意に介さず。


 その下で、ゼアニアはにっこりと、毒のように微笑む。


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