急:承 ≪拘禁≫
電波の遮断される場所に幽閉される――この状況は想定していた中でも、悪い部類です。
ワスプとの通信が完全に途絶してしまいました。
あのテントウムシは見つかった後すぐに、叩き潰されてゴミ箱へポイ。
しかし舐めていただいては困ります。
ワタシやワタシの付随機には全部、自己修復機能があるのですから。
一晩かけた今頃は、這うくらいには回復し、リクホ様へメッセージを届けてくれている……はず。
なにせ通信が出来ないため、ワスプ自身の判断に任せるよりありません。
ワタシは現在、地下室に閉じ込められています。
ホールのように広い円型の部屋で、その中央に立たされていました。
両手首の枷を、高い天井から下げられた鎖と頭の上で繋がれ、脚も肩幅に開いた状態で拘束されて。
この部屋は存在自体が秘密であり、しかも十重二十重に結界が張ってある、とか。
喚いても無駄だぞ、とも言われました。
笑いを堪えるのは大変でした。
ワタシが本気で喚いたらどうなるか。
悪党どもに音響兵器というものがあることを体験させて差し上げようかとも思いましたが、うっかり死なせでもしたら今度こそリクホ様に申し開きのしようもありません。我慢しました。
この場所が巧妙に隠されているというのは、はったりではないでしょう。
何故と言えばここは、とても人目に触れさせることの出来たものではなく。
祭壇が設えられ、そこへ、おびただしい数の生首が据えられているのですから。
生首はどれも一様に双眸を目隠しで覆われています。
苦悶に大きく開いた口からは、不気味に青く長い舌がダラリと……。
もっともこれらは本物でなく、人形の首です。
さらに言えば香炉のようで、口にお香を詰めて焚くという、悪趣味も極まるオブジェでした。
数千という生首から立ち昇る、数千の煙。
部屋中に充満するこの甘ったるい匂いは、どうも、例の麻薬果実のようです。
性懲りもなく、ワタシを薬効で前後不覚にしようというのでしょうか。
人間とはそもそも構造も素材も違うこの身体には、効くはずがないというのに。
扉が開きました。
法衣の男が五人、連れ立って入ってきます。
その口元にはマスク。その目には下劣な好色。
先頭の、左目の周囲に剣の刺青を入れた男がリーダーなのでしょう。
近づいてきてワタシの顎を掴み、くぐもった声で問うてきます。
「気分はどうかな」
「取り立てて、良くも悪しくも」
気がかりと言えば衣類や身体に匂いが付いてしまうことくらい。
完全に素面で答えるワタシに、男たちの表情がやや曇りました。
「なるほど。君は本当に、ヒトではないわけだ」
本当に。
今、そう言いましたね。
その言葉の裏には、入れ知恵をした何者かがある……考えすぎでしょうか。
でもワタシのワスプを見破って捕まえた、あのフードの少女。
この場にはいませんが、あの人物が、もしかして。
「君を従順にするには、少しやり方を工夫しなくてはならないようだね」
刺青の男が凄みます。
滑稽ですこと。
「はぁ。拷問でもしてみますか」
「そんなことはせんよ。君ほど美しければ良い値が付くことだろう。進んで傷物にはしないさ」
「それは紳士的なことで」
「……、本当に豪胆だな。この期に及んで眉一つ動かさないとは。
だが、人間よりいささか頑丈だからと高をくくっているのなら甘いぞ。裏の世界には、心をいじる魔導器くらいあるのだからな」
言って、袖口から取り出した錐のようなものをワタシの鼻先で振りました。
それが言うところの魔導器なのでしょうが。
そんなちゃちな小棘でワタシの電脳防壁を突破できるものか、大変見物です。
なおも変化させないワタシの表情から、その意を大よそ読み取ったらしい刺青法務官が続けます。
「言っておくが、別にこれが我々の最終手段という訳でもない。素直にならないなら、また違う方法を試すだけのこと。
なに、長丁場になったとて、我々もそれだけ長く愉しむことが出来るし、時間はいくらでもある」
「果たしてそうでしょうか」
「なに?」
「状況は、貴方がたが思っているよりも、ずっと差し迫っているかもしれませんよ。
きっと、こうしている間にも、破滅は近づいている。
なにせワタシの主たる方は、目も耳も鼻も、大変優れておりますゆえ」
「ははっ! あの男、君の連れの男のことか? あの男が助けに来ると!
はっははははははっ! お嬢さんは薬が効かずとも、ずいぶん夢見がちなようだ!」
男たちが耳障りに笑います。
「あの男は今頃、絞首台さ! 我々が送ってやった!
あぁ、知り過ぎた君が悪いのだぞ! 百腕天秤での判決を死刑にしてやったよ!」
「判決を変更した……神器を、欺いた?」
「種明かしをしてやろうか。そうすれば君も諦めがつくだろう。
――百腕天秤、あれはね、完全無謬の量刑なぞ、行ってはいないのだよ」
以下、自慢高慢と罵詈雑言が多分に盛り込まれ、明らかに無駄であると判断できたため、要点のみを抽出します。
百腕天秤。
その本当の力は、ヴェルメノワの住人全員の深層心理とリンクし、一つの議題に対しての各個人の是非を集積して、多寡を計測できる……。
平たく申しますと。住人全員に投票させるのと同じ答えが、住人たちに生活をさせたままで一瞬で得られる、というもののようです。
つまりは究極の直接性民主主義装置。
この者は有罪か。
そういう命題があったとして、百腕天秤はそれを圏内に収めている住人の無意識へと問いかけ、『Yes』もしくは『No』を集めてくる。
そうして多かった方を、判決として開示しているのだと。
思い返してみれば天秤はナルナジェフ、『共鳴』神の賜わした神器。
完全量刑が能力という話には、違和感を覚えるべきでした。
事件や悪事を感知するのも住民と共鳴しているからで、つまり街中の人間の目と脳が監視カメラの代わりという訳です。
刺青が言うには、この事実を知るのは彼と彼の同志のみ、とか。
きっと四百年前の賢い誰かが、派閥や魔女狩りが横行しないように事実を秘匿したのでしょうが。
「――ある日、私の元へ魔女がやってきて、この部屋をくれた。この人形たちの頭を。
天秤はこの首を住人と誤認している。我々はこの首に好きな唄を歌わせることが出来る。分かるね?」
「なんてことを……」
ワタシは空恐ろしい。
悪党たちはこの呆然を、リクホ様を亡くした喪失と取り違えたようですが。
ワタシは空恐ろしい。
神の時代からたった千年で、愚か者どもは畏れを忘れてしまった――いつか耳にしたあの嘆きは、本当だったのですね。
「もはやこの街は我々のものだ。我々が法だ。我々が王だ」
「神器を謀るなんて……天罰は避けられませんよ」
また哄笑が弾けます。
こいつら、本当に、救いがない。
「ナルナジェフが再臨して我々を罰するかね! 神話の続きがあるというのなら、是非ともお目にかかりたい!」
いよいよ男たちがにじり寄ってきます。
手に手に錐や、口に出すのもはばかられる器具を携えて。
……ふと思い至ります。
こうして鎖で繋がれた女性は、きっとワタシが最初ではないだろうと。
過去にも弄ばれた女性がいるかと思うと、電脳の奥の奥から激しいものがこみあげて来るようでした。
「天罰は、避けられませんよ」
ワタシは覚悟を決めました。
すなわち、鎖を引きちぎってこいつらをブチのめすことを。
そのせいでリクホ様の方針に、一部抵触してしまう覚悟を。
「天罰は、避けられない」
次にワタシの肌に触れた手から、Eブレードで斬り落としてやる。
まさしくそのときでした。
閂のされた扉が、強引に蹴破られたのです。
そして外から放り投げられ、転がり込んでくる何か……それは法衣を着た男でした。
ぐったりと床で伸び、時おり痙攣を繰り返しています。
「な、なんだっ、何事だっ!」
悪党どもが泡を食っており、大変良い気味でした。
ワタシはもう一度呟きます。
「天罰は、避けられない」
まぁもっともワタシも、これを指して唱えていた訳ではないのですが。
この抜群のタイミングは巡り合わせ、でしょうか。
やはり神様は全てをご覧になっていらっしゃいますね。
今、その方は、まさしく天罰の化身のようでした。
扉の向こうの暗がりから、ゆっくりと進んでくる、その方は。
赤々と炎上した怒髪で天を衝いている、リクホ様は。
「だから言ったでしょう。状況は貴方がたが思っているよりも、ずっと差し迫っていると」
みっともなく腰を抜かした刺青男が、ワタシを見上げました。
そうですか言葉も出ませんか。その表情、なんて小気味よいのでしょう。
「貴方がたは、ワタシの主の逆鱗に触れたのです。
リクホ様は優しいお方。とりわけ人を物のように扱う外道は決して許しません。
お覚悟、なさいますよう」
では、ようやくリクホ様と再会できましたので、ワタシの記録はここまでと致しまして。
これよりは、懲罰タイムと参りましょう。




