転:結 ≪真相≫
「リクホ! 使って!」
キアシアに投げ渡された魔銃を、陸歩は躊躇いを抱きつつも即座に発砲した。
手順の絶対防御を敷く騎士が、それでも警戒するように防御の体勢を取る。
射出される奇跡。
それは相手を打ち負かす光の矢、ではなく。
人ならざる領域へ上げる、狼煙となる。
『――何をやってるんだ、君は』
すぐ近くから声がして、陸歩は周囲を伺った。
『こっちだ、こっち』
どこかと思えば、左手の上へ浮かべた光輪からだ。
それを受話器のように耳に当てると、より克明に言葉が聞こえる。
『セキュアのとこの小僧なんかに手こずってるな? ボクの面目を潰す気か』
「お久しぶりです神様……見てらっしゃったんですね」
『ずっと見てるとも』
「なら話は早い。……なかなか、重たい状況で」
『全く』
不意に、陸歩は翼に熱と加重を感じる。
そして羽の極光の中で、漆黒の一片が眩いほどに輝いた。
かと思えば抜け落ち、地面に落ち、もう一度発光するとそこには漆黒の猫が一匹。
『しょうがないから遣いは出してやる。本人も行きたがっていたし。
ただし、供物が眼球一個じゃ、そう長くは顕現させてられないぞ』
「ありがとうございます!」
肩越しに振り返った猫は、愛らしく「にあ」と鳴く。
と、陸歩の鈴剣の切っ先に漆黒が灯り、あの猫の尻尾と引かれ合うのを強く感じた。
猫が駆ける。そのしなやかな四足で、足音もなく。
騎士に飛び掛かる。が、何故か相手は陸歩を見据えたままで、猫には反応すらしない。
猫へ導かれるまま、蛇行するようなルートで陸歩も接敵し、刃を振るうと。
「――――」
初めて。騎士が後ろへ飛び退いた。
その装甲には薄く刀傷が刻まれ、陸歩は切っ先に手ごたえを感じている。
斬れた。
斬れる。
「これで、ようやく勝負だな!」
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間一髪のところで飛び退いた。
ユノハは服に刻まれた裂け目に顔をしかめる。
「こいつ――っ!」
少しばかりの焦燥を滲ませながら右手を振るい、無数の神球と騎士へ浴びせかける。
騎士は、まるであらかじめルートが分かっているかのように巧みに神球の隙間を縫い、さらに斬りつけてきた。
何かその動きは、四足獣を想起させ。
その剣は、逸れることなくユノハへと向かってくる。
「急に、『抜けて』くるようにっ!?」
必要手順がバレている。
やはりあの、弾も出ない発砲はこけおどしではなかったか。
あれは何らかの術式で、それによって手順が露見した。
「なら!」
手順を変えるまで。
神球たちの飛行を、甲虫を意識したものから、猛禽をイメージした鋭いものに変えた。
そうして騎士を追い立てて作った隙で、ユノハは左掌の神球の上へ、右手をかざす。
より難解かつ厳重な手順へ、変更。
しかし騎士は、それすらも意に介さない。
「なにぃっ」
再び斬りつけられ、ユノハは瞠目する。
大剣幅の刃が、危うく上げた顎を擦過した。
さらに追撃。
騎士の鈴剣は一瞬で細剣に早変わり、その髪のように細い刃は一瞬目視すら出来ず、必殺の突きはユノハの心臓を過たず狙っていた。
「――――」
胸へと突き立つ、細剣。
「この……」
だが貫いてはいない。
間一髪、間に入った神球の一つが受け止め、ユノハの胸筋へ触れているのはそれだ。
けれども、しかし、ユノハの表情に安堵はなく……浮かぶのは、憤怒。
「やりやがったねぇ!!」
自らの許可もなく、女にでもなく、肌に触れられる屈辱。
こんなことは、神託者になって以来初めてのことだ。
「いいよぉ……僕の本気を見せてやるぁ!!」
>>>>>>
騎士の周りを無数に飛び回る神球たち。
それがやおら、宙に一時停止する。
「なんだぁ?」
陸歩が訝しむと、答えるように神球に、次々に翅が生えていった。
騎士が負うのと同じ、カゲロウの翅が。
「おいおいおい……ユノハのやつ、こんなもんまで盗られたのか?」
襲い来る神球。
その速度は先ほどまでの比ではない。
それは天罰の威力だ。
「ぐ――ぶっ、」
最初の一個すら避けられなかった。
腹部に突き刺さった神球に、陸歩は息を詰まらせる。
腹筋の上でブンブンと騒ぐ神球は、さらに後から押し寄せた仲間たちと一緒になって、彼をぼろ切れのように吹き飛ばした。
陸歩は塩の床を何度も跳ねる羽目になった。
「がっ、はっ!」
超人的に頑強な彼の肉体をして、多少の痛みを感じる。
追撃が来る。羽音が聞こえる。
「くっそ!」
転がるようにして回避を試みるが、数発が脇腹や脚に突き刺さった。
にあ、と猫が鋭く鳴く。
鈴剣の切っ先が、ぐいと一際強く引っ張られた。そのおかげで姿勢が変わり、頭部めがけて飛んできた神球を紙一重で躱す。
それに従うことだけが活路だ。
すぐに陸歩は鈴剣をナイフ大に縮めて口に咥え、自らも四足になって猫の動きを追う。
だが。
雨粒のように降りしきる神球の群れを、どうにかやり過ごせはするものの、反撃の糸口が掴めない。
騎士に近づけもしない。
神球に追い立てられるばかり。
だが業を煮やしたのは、相手が先だ。
飛び回る神球、その側面に別な神球がぶつかり始める。
そうやって直角に軌道を変えた球が、複雑に乱反射し、まるで檻を描き出すような密度で陸歩を制圧しにかかった。
「やっべ――でででででででっ!」
脚に一発を食らい、もつれている隙に何十発もが背中へぶつかる。
その場で丸くなって耐えるが、これではなぶり殺しだ。
さらに鋭く猫が鳴く。
「くっ!」
陸歩の見開いた目、その瞳孔が猫そっくりに、ぎゅっと細くなる。
彼の意識の中で、世界の速度が鈍麻した。
空中へ身体を翻し、捩り、神球を避けつつ立ち直す。
その時、凝縮した意識の端で捉えた。
明後日へ弾み、キアシアへと向かっていく一つの神球。
「まずい、」
食らえば陸歩ですら痛みを覚える球撃だ。
生身の彼女が受ければ、どんなダメージを負うか。
猫もそれを察した。鳴き声を上げてキアシアへ駆ける。
陸歩もそれを追った。
「ゃあ、っ!」
迫る神球に、キアシアが悲鳴を上げて目を瞑る。
しかし恐れた衝撃はやってこない。
怖々と目を開けると。極光の翼、陸歩の背中が。
「あっぶなかったぁ……ってぇ……」
神球は、彼の左目へと、深くめり込んでいる。
>>>>>>
猫か何かの動きをし始めたかと思ったら、急に何もないところを庇った。
騎士のその不可解な行動に、ユノハは眉根を寄せる。
「何のつもりだ?」
だが騎士が剣を構え直したことで、その意図を探ることをすぐさま脇へ押しやる。
だから思考はイグナの役目だ。
「今の動きは」
何だったのか。
あれはどう考えても合理的でない。何もないところへ弾んだ神球をわざわざ受け止める。しかも頭部まで差し出して。
何故か。
「我々に感知できないだけで、そこに何か、あるのでしょうか」
すぐさま彼女はサーチをフルでかける。
けれども何と言うほどのもの引っかからず、ただ塩の壁と塩の床があるばかりだ。
さらにイグナはワスプを蚊の形で放った。
感覚的には手探りするような仕方で、騎士の後ろの空間を、極小の機械群で検める。
やはり、何もない。
だがイグナの気は済まなかった。説明が付いていないからだ。
思いを巡らせる。
あの騎士が陸歩の写しだというのなら、それが身を挺してまで必死に守るものとは、何か。
「……キアシアさん?」
はたと気付き、イグナはホールを大きく迂回して、反対側の扉まで駆けた。
それを、騎士は止めてきもしなければ、視線を向けてさえ来ない。
完全にイグナへは注意を払っていなかった。門番のはずなのに。
「キアシアさん。そこにいますか。キアシアさん!」
返事はない。
再びワスプの虫たちで総ざらいしても、手触りもない。
それでも、イグナには直感があった。
それが確率的に低くないと電脳が弾き出し、彼女は検証を開始する。
「ユノハさん、攻撃を中止してください!」
「はぁ? なに言ってんのイグナちゃん!?」
「いいから! そして――」
>>>>>>
唐突に騎士が攻勢を止めた。
宙に残像を描いていた神球たちもその場で停止する。
「……なんだぁ?」
まさに球撃を剣で受けようとしていた陸歩は、また何か神球が強化されるのかと警戒する。
だが騎士は佇むばかり。
それどころか無数に散っていた神球たちが、手元へと戻っていく。
それら神球が連なって、何か空中へ模様を描き出した。
「はぁ?」
何かの術式か。
ならば。
腰を落とし、剣を構えた陸歩は、出始めを叩くべく闘気を凝縮する。
のだが、それはキアシアによって遮られた。
「ま、待った待った! リクホ待った!」
「あぁ? あ、危ねぇぞキア!」
駆けてくるキアシアに血相を変える。
彼女は騎士が神球で書いたその文字を指差して叫んだ。
「リクホそれ! 『リクホくんか?』って書いてある!」
「……なんだって? あ、おい、」
陸歩が止める間もなく騎士まで近づいたキアシアは、その目の前で手を振り、胴を掌で叩き、それでも反応がないことを見て。
「ちょっと、剣貸して!」
「えぇ?」
彼から引っ手繰った鈴剣で、塩の床に文字を刻んだ。
「これ! これをなぞるように燃やすの! 早く!」
「あぁ……これ、なんて書いてあるんだ?」
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ぱっと、騎士が床へ放った炎。
それが文字となって伝えてきたメッセージに、ようやくユノハも納得する。
「はぁん? 『そう。貴方は?』か。なるほどね」
神球の並びを変えて、次の言葉を。
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「『僕はユノハ』、だってさ。やっぱりそうよ!」
キアシアに教えられて、その模様の意味を知り、陸歩はため息を吐いた。
「そっか、そういう仕掛けか。じゃあオレは……ずっとユノハ本人と戦ってたわけだ」




