転:転 ≪相克≫
月頭の騎士が、剣呑な光沢を放つ無数のリングで全身を雁字搦めにされ、身じろぎも出来ない。
まるで大蛇に締め上げられているかのように、ギチギチと、甲冑が軋みを上げた。
その様をつまらなさそうに眺めながら、ユノハは手の甲で乱暴に鼻血を拭う。
「手こずっちゃったなぁ。さすが僕のコピー」
それから、光輪を浮かべた左手の五指を、ぎゅっと握りこむ。
騎士を拘束していた輪が、あっさりと点まで凝縮し、鋼の身体はコマ切れとなった。
同時に、ユノハの両耳から飛び立つ、蝶。
一瞬前までイヤーカフだったそれは、イグナのワスプであり、彼女の元に戻ると溶けるように格納された。
「不本意です」
イグナが言い、ユノハは肩を竦める。
掌に返ってきた神球を愛おしげに撫でまわしてから、光輪の孔へと放り込んで消失させ、次いで翼も引っ込めた。
「傷つくなぁ。僕らの初めての共同作業の感想がそれ?」
「リクホ様の許可なく、ワタシの性能の一部を貴方へ開示してしまった……なんと申し開きすればいいか。
――リクホ様とユノハさんは、すでに必ず戦う宿命なのでしょう?」
「そうだね。今のうちに、勝ち馬に乗っておくのはどう?」
「ではこのままですね。それに該当するのはリクホ様です」
きっぱりと言い切られ、ユノハはクツクツと喉で笑う。
陸歩とユノハが戦った場合、確かに勝ち目はイグナだ。今ユノハ自身が自分のコピーと戦うあたり、彼女の協力を受けたことで、それを改めて実感した。
ユノハの神威は手順を強いる。
設定されたフローを経ていない攻撃は、受け付けすらしない、堅牢堅固な手続きの防御。
それを、イグナの解析能力は易々と突破してみせた。
前回戦った時から今日までの間にアルゴリズムを構築したのだ。
アクションの何がユノハに有効だったか、逐一精査し検証し、必要な『手順』を導き出す。
さらに彼女を纏った者は、動作補助によって苦も無く解析結果を享受するだろう。
陸歩もイグナも、きっちりと準備を進めている、ということを見せつけられたユノハは、強がりのようなものを口にする。
「沽券に関わるから言っておくけど、僕の本領はまだあるんだからね?」
「左様で。ではこのダンジョン攻略中に、それを出さざるを得ない状況に遭遇することを期待します」
にべもない。
ユノハはやれやれと首を振りつつ、荷物を担ぎ上げて歩き出した。
もう自分の脚で歩けるまで回復したイグナが、しかしすぐには後に続かない。
「出発ですか? ユノハさんは治療と休息が推奨される状態ですが」
「こう見えて、体力には自信があるんだ。女の子より先にバテちゃったら、格好つかないからね」
「そうですか。では行きましょう」
一切取り合わず、彼より前へ出たイグナが、橋の向こうの次の扉を押し開ける。
てっきりまた迷宮が始まるものかと思えば。
「ここは、」
ホールだった。
塩で出来ているのはこれまでと変わらない。が、それにしても見覚えがある。
二人が陸歩・キアシアと分断された原因、あの崩落したホールとそっくりだ。
ただし、向こう側にもう一つ扉があることだけは相違点であると、イグナは視界を記憶と比較して気付いた。
「いいねぇ」
ユノハが高い声音で呟く。
イグナが目で問うと、彼はウィンクを返した。
「構成として、スタートとゴールのデザインを同じにするのは定番で美的だ。
勘だけど、あの扉の先は終点なんじゃないかな」
なんとも、根拠に乏しい。
が、イグナはあえて否定しなかった。
きっと陸歩も同じことを言っただろうと想像できたからだ。
向こう側の扉が開く。
踏み込んでくるのはまた騎士で、今度のは頭が星だった。
その身長がきっかり陸歩と同じであることを、イグナはすぐさま看破した。
その手が携えているのは鈴剣。
「おやぁ。それじゃあさっきより、楽な相手になっちゃうよぉ? 連戦だからってダンジョンが気を遣ってくれるのかな?」
イグナへ向けて、という感が強い皮肉を言いながらユノハは粘っこく笑い、翼を広げる。
>>>>>>
陸歩が扉を押し開けると、見覚えの場所に行き当たる。
塩で出来てはいるものの、二人がイグナ・ユノハと分断された原因、あの崩落したホールとそっくりだ。
そこには待ち構えている、星の頭をした騎士が一人。
「見て、リクホ」
騎士の背後には扉。
場の匂いを嗅ぐように、陸歩は鼻をスンと動かす。
「ゴールが近そうだな」
「え?」
「迷路の小細工もなしに連戦で守るもんなんて、あの扉、よっぽど大事なんじゃないのか」
陸歩が抜刀しつつ一歩踏み出すと。
騎士が翼を広げた。
これまた見覚えのある、カゲロウに似た透明な翅だ。
ユノハの、翅だ。
そういえば背格好もユノハによく似ている。
さては。
「アイツもどっかで丸っこい頭の騎士と戦って、写し取られやがったな?」
どうしたものか、と陸歩はわずかに顔をしかめる。
ユノハの神威をイグナ抜きで突破するのは至難の業だ。
倒すのは端から諦めて、扉を通過することだけを狙うか。
考える間はさほど与えられない。
騎士の掌で弾んだ神球が、宙で無数に分裂し、蜂のようにブンブンと飛び回る。
それらが一斉に飛来して、陸歩は幅広にした鈴剣を一振り、剣脊で弾き返した。
「ちぃ!」
この場所ではキアシアを巻き込む。
陸歩は翼を広げつつホール中央まで一気に駆け、騎士も同じく向かってきた。
彼我が肉薄する。
だが陸歩は顔をしかめた。
「っらぁ!」
胴を狙っての斬撃。
それは騎士に触れるよりずっと手前でぬるりと明後日へ流れ、斬りつけることも叶わない。
やはり、ユノハの神威で守られている。
「かぁ――っ!」
目くらましの意図を強く、火炎を吐いてみるが。
それも騎士には一切延焼せず、その周囲で逆巻くばかりだった。
>>>>>>
有りもしない騎士の口から炎を吐きかけられて、ユノハは呵々と笑った。
「あっはは! よく出来てるなぁこのリクホくん!」
熱には多少炙られるものの、直接燃やされるようなことはない。その前に炎の方が避けていく。
さらにユノハは神球に周回させることで、あっという間に火を吹き飛ばした。
左の掌上にも、神球。
さらにその上で輝く光輪。
神球の周りを小さな神球が囲ってクルクルと回る。
これは世界を暗示する魔術的図式であり、ユノハが法則を掌握していることを表現したものだ。
右手を指鉄砲の形に構えた。
惑星直列のように指先に揃った小粒の神球たちが、彼の意思に従って弾丸となる。
滅多打ちにされた騎士はひとたまりもなく、ホールの端まで吹き飛んだ。
「おいおいおい相手になんないよこれじゃあ! この調子じゃ本物も高が知れるんじゃあないのぉイグナちゃぁん!?」
「――ユノハさん、残心!」
イグナの叱責が飛ぶ。
むくりと起き上った騎士は、その手に唐突に拳銃を現出させ、その銃口をぴったりとユノハへ向けていた。
「ほん?」
間の抜けたユノハの声に、銃声が重なる。




