転:承 ≪模倣≫
放たれた神球同士が互いにぶつかり合う。
その衝撃はすさまじく、波動が周囲へ爆破のように広がり、塩で出来た橋などはひとたまりもなく崩壊した。
ユノハは跳び退ることで、危うく落下を免れる。
月を頭にした騎士もだ。
弾んだ神球が、ユノハと、騎士と、それぞれの傍らへ戻り浮遊した。
ユノハの背には神託者の翼。
月の騎士もだ。
「く、はっはくくく……」
乾いた笑いを漏らすのはユノハだ。
こればかりは彼だけのもので、何故かと言えば騎士には真似して鳴らす喉が無い。
裂けるように端を吊り上げる口。これも、またユノハに固有。
そこに浮かぶ笑みは壮絶だ。
「あっははははは!」
快と怒を等量に含んだ笑み。
彼は愉悦している。目の前の敵に。
「まさか僕自身を写し取って持ち出してくるなんて! こんなに手ごわい相手は初めてだ!」
彼は憤怒している。目の前の敵に。
「そいつは僕だけに神が直々に許した、特別な力なんだよ! 冒涜って言うんだぜ、それぇぁ!」
途切れてしまった橋。散った塩が空中を舞ってキラキラと輝く。
だがすぐに、ダンジョンが己を保持する作用を働かせた。橋の塩は、高速で氷が育つような仕方で、再びこちらとあちらが繋がる。
神球を引き連れ、ユノハは猛然と突っ込んだ。
騎士もだ。
同じ力、同じ角度でぶつかり合う攻撃は、またしても橋を崩落させた。
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斬れば、同じ力・同じ角度の斬撃が迎え撃つ。
「く、ぐっ!」
剣から腕へ伝う衝撃に、陸歩は歯を食いしばった。
鍔迫り合いの格好になり、月頭の騎士と互いに、額の付く距離で刃の押し合いになるが。
完全に拮抗する膂力。
「こンのぉおぉ、っ!」
技術の差で上を行かれることは今まで何度もあった。
だが。
純粋な力比べで押し切れないなんて、この世界に渡ってきて以来、陸歩には初めての経験だ。
埒が明かない。
炎化し神威の鍵爪を備えた左腕を振るう。
同じことを騎士も考えていたようで、爪同士が掌を引っ掻き合った。
「っつぅ!」
一度距離を取る。騎士もまた後方へ跳んだ。
陸歩は、燃える手で不思議なことだが、焼けつくような痛みを覚えて顔をしかめた。
掌には四本の引っ掻き傷。
それもすぐに周囲から炎が寄せ集まって、埋められるが。
先方も同じのようだ。
「厄介だな……本当に……っ!」
戦い始めてから既に一時間は経っている。
自らと全く同じ能力・力量となって立ち塞がる門番……これほどまでに有効な守り手があるだろうか。
技で押しても力で押しても、手数で攻めても意味はない。リアルタイムで思考まで読まれているかのように、同じ攻撃が噛み合ってくるだけなのだ。
理屈の上では、相打ちになる他ないのか。
向こうはダンジョンの一部、それで一向に構わないだろうが、こちらはそうもいかない。
考えてる間は、さほど与えられなかった。
自分と同じ力を持つ騎士は、決して待ちに徹しているわけではなく、自らも躍りかかってくるのだ。
陸歩の剣術イメージとぴったり重なる、斬撃でもって。
「拙い剣……振り回してんじゃねぇえっ!」
怒声を上げ、陸歩もまた渾身の一刀を振るう。
無論、騎士の剣は陸歩の剣だ。だからこそ腹立たしい。師匠に遠く及ばない、何とも覚束ない剣閃を、わざわざ見せつけられるのだから。
完全にシンクロし切った二人の剣士が、永劫にも続く剣舞を演ずる。
まるで相克する陰陽だ。
相互に入り乱れる斬撃、爪撃、そして火炎。
「……くっそ」
陸歩は斬り合いの激しさの中で歯噛みする。
いつまでもこうしている訳にはいかない。
まるっきり頓知だが、自分と同じ相手にどうやって打ち勝つか。
一番愚直なのは、戦いの最中に自分だけ成長する、というやつだ。
いわゆる少年漫画的お約束であるが……現実でそれを期待するのも夢見がちが過ぎるので、陸歩はすぐに保留とする。
あるいは戦闘者がもう一人いれば状況は違っただろうが。
連携ないしは挟撃を仕掛けることが出来れば、こんなトラップはいとも簡単に突破できたことだろう。
しかし今、後ろで成り行きを怖々と見守っているのはキアシア。彼女をこの剣撃の渦の中に引っ張り込むわけにはいかない。
ではどうする。
多少の工夫は、相手も容易く真似て来るのではないか。
このまま集中力を比べ合う持久戦か。
果たしてこの騎士は体力的に精神的に、消耗するように出来ているのだろうか。
そもそも。
循内陸歩は殺されることが、出来るのだろうか?
今まで死んだことなんてないのに……。
「が、」
剣が軋んだ。陸歩の方のだ。考えに夢中になり、僅かに握りが綻びたのだ。
折られる――その危機感が次の一手を淀ませ、隙となった。
開いた腹部へと、騎士の左手、紅蓮の鍵爪が走る。
先に掌を傷つけられたこともあり、さすがに神威は怖い。
とっさに腰を引くことで、薄皮一枚を擦られるだけで何とか避けるが。
「あ」
「バカ、リクホっ!」
橋から足を踏み外した。そこはもう崖だ。
キアシアの悲鳴が聞こえる。
「やっべ――」
とっさに橋の縁を掴む。
……が、それを左手で。火炎の左手、神威帯びる左手でやったものだから大惨事だ。
触れたところから塩がひとたまりもなく消滅し、陸歩の落下は止まらない。
「のぁああああ!」
もう一度『とっさ』を発揮できたのは、師匠から施された修練の賜物である。
陸歩は右手の鈴剣を回転し、その刀サイズだった刃幅を大剣の太さを改め、水平に崖へと突き刺した。
その場に宙吊りとなり、ひとまずは安堵する。
「リクホっ! リクホぉ!」
「大丈夫だキアシア! 生きてる!」
「――きゃあ!」
ぞっとした。
今、上では騎士の凶刃が、遮るものなくキアシアと対面しているのだと、今更のように陸歩は理解する。
腕力に物を言わせて剣を引き抜いた。
同時に崖の乏しい凹凸に爪先を掛け、脚力任せで崖を蹴って跳び上がる。
騎士は大上段に剣を構えている最中で、尻餅を着いたキアシアは気丈なことに銃口を向けていた。
「こっちだボケぇええっ!」
陸歩が叩きつける大剣。
対して騎士は受け太刀を見舞うが、その刃は陸歩のものと比べると何分の一にも小さい。
今度は騎士のほうが剣を折られるのを嫌い、大きく後退した。
背にキアシアを庇いつつ、陸歩は彼女の安否を問う。
「悪い、キア! 無事か!?」
「平気、ありがと……」
肩越しに確かめると、キアシアはうっすらと涙を浮かべていて、陸歩は一瞬沸騰しかかるが。
その瞳。
その手の銃。
それらを見て、はたと思いつく。
――そうだ。
「あるじゃねぇか、こっちにしか無いもの……キア!」
「うえ?」
「銃! 貸してくれ!」
「いいけど……」
キアシアに若干の難色が過るのも道理ではある。
陸歩の右手には鈴剣が握られ、左手は炎の鍵爪だ。一体どの手で銃を撃つのか。
と、思えば彼は剣を回して小型に縮小する。それをどうするのかとキアシアが見守っていると、陸歩は口に横ざまに咥えて、開いた手で銃を受け取った。
「欲張りセットだぜ」
もぐもぐと言う陸歩は、どうも締まる見た目でない。
「や……戦えるの、それで?」
「まぁ見てろ、って!」
陸歩は騎士へと駆けた。
剣を正眼に構える騎士。陸歩には分かる、あそこから繰り出されるのは全身の発条を集約した、必殺の突きだ。
だが先手を打つように、陸歩は銃口を突き付ける。
反応は劇的だ。
自分と陸歩に初めて生まれた明確な『差』であるところの銃を、激しく嫌がるように騎士は構えまで解いて身をよじり、射線から逃れた。
それは明らかに一手を無駄に消費する行いであり。
それこそが陸歩が望んだ隙である。
上空へ銃を放り投げた彼は、咥えていた剣を右手に持ち直し、掌の中で滑らせて巨大化させる。
一閃。
「――っ!」
「しゃあぁっ!」
騎士の胴を、浅くなく斬った。
傷口から吹き出す白い粉は、塩か。太陽頭もそうだったが。
痛みを感じる器官などはやはり備えていないように、機敏な動きのままで反撃に転じる騎士――の面前へ、陸歩はちょうどキャッチした銃を突きつける。剣はすでに口。
慌てたように銃口を避ける騎士へ、陸歩は今度は左手を叩きつけた。
発砲するまでもない。
キアシアの魔銃は脅しの道具。装填数一発のみのこの切り札は、相手を退かせるために見せびらかすこそが吉。
このハンドガン一つで、陸歩は完全に一手上回った。
後は。
「畳みかける、だけ――っ!」




