転:起 ≪夜営≫
キアシアに促されるまま、陸歩は服を脱いだ。
が、これは色っぽい話では全くなく、単に斬られてしまった胸の辺りを縫ってあげる、という運びである。
頭部が太陽と挿げ替えられた騎士と演じた殺陣。
なかなか手ごわい相手で、陸歩は肩口から袈裟に斬られたのだ。まぁ裂けたのは服までで、肉体には筋すら付かなかったが。
それを打倒して進んだ先は、再びの地下迷宮である。
事前に得た地図六枚のどれとも違うダンジョン。石造りでなく、塩で出来た回廊。
しかし一つ気付くことがあって、おかげで陸歩たちはほとんど迷うことなく探索を続けた。
ところで、迷宮内は自ら発光しているように明るく、そのため昼夜の区別がない。
時間については正確無比なイグナに一任していたため、陸歩たちは二人とも時計など持ってはおらず、なので頼りになったのはキアシアの眼だ。
彼女の魔眼は時刻によって色味を変える。
キアシアの瞳が、深緑を浮かべる頃を見計らって、二人は一旦寝袋を拡げられる場所を探したのだった。
そして現在。
陸歩が指先一つで起こした焚き火を前に、軽い食事を済ませた後、キアシアが彼の服をチクチクと縫っている。
その手つきは滑らかで、針子を名乗っても通用しそうなほど。
「やっぱ器用だな、キアは」
「これくらいは嗜みよ」
「さすが」
感心しながら、陸歩は焚き火へ固形燃料の追加を放り込んだ。
床も塩のため、直接焚くことは出来ない。だから火は鍋の上だ。
この鍋は調理用ではなく元からキャンプファイアー用であり、これにマツボックリと似た乾燥木の実を敷いて火をつける。消すときは蓋をして酸素を遮断するだけでいいという、レドラムダ大陸ではメジャーな旅具だそうだ。
固形燃料の残量と、迷宮の長さが不透明であることを考えれば、あまり贅沢は出来ないのだが。
陸歩はそれほど懸念してもいなかった。いざとなれば自分が燃えればいいからだ。
「はい、出来た」
「ありがと。おぉー、完璧。すげぇな、どこに嫁に出しても恥ずかしくないな」
さっそく着てみた陸歩は胸を掌で何往復かして、ぴったりと留め合わされた服に満足する。
キアシアは針と糸の残りを裁縫箱に仕舞って、肩を竦めて何てことないを装うが、まんざらでもないのが隠しきれていない。
「ただ繋げただけよ。ここから出たらアップリケでも付けてあげる」
「いやぁー……うん……いいかなぁ……」
「なによぅ。シャツに花畑が咲いてたら素敵でしょう?」
正直、勘弁願いたい。
彼女のほうもそれほど本気でないらしく、目頭を揉んでから寝袋を広げ始めた。
「それじゃ、ジャンケンしましょうか」
「お? ……いやいいよ、夜番ならオレがするから」
「ダーメ。交代」
折に付けてキアシアは頑固だ。
疲労度をパーセンテージに換算すれば、彼女は陸歩の三倍は抱えているだろうに、フェアを求めて聞かない。
さっさと取り出した蝋燭に、爪で横線を付けてしまう。火を灯して、ここまで溶けたら交代、というわけだ。
「分かった、分かったよ。交代だ。でも、じゃあオレが先に見張るからな」
「……起こさなかったら、許さないからね」
「しねぇよ、そんなこと」
釘を刺されてしまった。陸歩は内心で舌を打つ。
仕方がないので蝋燭の導線を指先でこすって火を点けると、キアシアはようやく満足そうに寝袋へ潜り込んだ。
「お先にお休みー。よろしくね」
「おう」
それでも彼女の睡眠時間延長のため、蝋燭を誤魔化す方法はある。
キアシアが寝息を立て始めるのを見計らって、火を消してしまうとか。
蝋燭に刻まれた線より下に、もう一つ線を引くとか。
だが陸歩は、結局やめた。
やったら何だかんだバレて怒られて、本気で撃たれる。そんな気がするし。
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空、というものの偉大さを噛み締める。
言ってみればダンジョンは巨大な密室にいるわけで、行けど閉鎖した空間が続くことには、早くも心が堪えていた。
「…………」
塩の床・壁・天井が続くばかりで、確かに話題の捻出には苦労する。
だがそれを差し引いても、キアシアの口数は少なかった。
チラチラと伺うと、うっすらとした隈が目を縁取っている。
一方の陸歩はと言えば。
ダンジョン全体が塩、つまり同じ素材で出来ているのだから、自分の神威を災害規模で発動すれば一発で消し飛ばせるな……。
などと考える程度には、閉所で淀んだ空気にうんざりし始めている。
「――キア、ちょっと休憩しようか」
「え、でも……まだ少し早くない?」
「んじゃあ、あと五個、角を曲がったらな。甘いもんでも摘まんで、元気出そうぜ」
「…………うん」
角を曲がる。
陸歩は翼を広げている。
そして立てた人差し指の先に、火を灯している。
爪ほどの大きさの火は風にそよいでチロチロと揺れ、その差す先を目指して彼らは迷宮を進んでいた。
角を曲がる。
太陽頭の騎士と戦った時に、翼と炎を出して気付いたのだ。
神託者の証を示しているときにのみ、ダンジョンを風が通っていた。
洞窟でもあるまいに、何故……そう考えたとき、思い出されたのは、穴に落とされる際に見つけた文言だ。
角を曲がる。
『風が抜けるは、翼の先』。
それを何と解釈したものかは難しいが、取りあえずは直感に従ってみることにした。
現在のところ、それで行き止まりにぶつかったことが一度もない。
角を曲がる。
門だ。
「あっちゃぁ…………」
心底から陸歩はため息を吐いた。
なんとも間が悪い。
先へ進めるのはいいが、取り決めていた休憩目前というのはタイミングとして上手くない。
キアシアに目で問うと、ちょうど同じことを考えていたらしいが。
彼女は気丈に頷いた。
「進みましょ。とりあえず、確かめるだけでも」
「……だなぁ」
お互いに律儀な性分なもので、まだ四回しか角を曲がっていないから、門前で休む気にもなれない。
陸歩は歩き詰めで間延びしていた心に、無理やり警戒心を呼び起こしつつ、門を押し開いた。
見覚えのある光景が飛び込んでくる。
橋で出来た一本道。
幅には数人が並べるくらい十分な余裕はあるものの、左右は切り立った断崖になっていて、仮に落ちたりしようものならまず間違いなく助からない。
そういう橋が、こちらからあちらへ、ずうっと伸びている。
向こう側には、また新たな門。
昨日に、太陽頭と戦ったのと、同じ土俵だ。
そして間に立ち塞がる者、やはり有り。
真っ黒な全身甲冑に身を包んだ騎士が、一人。
だが前回のとは異なり、その頭部は月。
そして身の丈も、目算で1.8メートルあるかないかで、人間のサイズだ。
その手が握る剣。
陸歩は眉根を寄せた。
その剣には鍔が無く――代わりに鈴がいくつも備えられている。
鈴剣だ。
「なんで、それ、」
のみならず。
月頭の騎士は、左腕の手首から、炎の翼を発した。
左手は火炎に包まれ、獰猛な紅蓮の鍵爪を生やし、手の甲には光輪が乱回転したことで描き出される球が埋まる。
陸歩と同じ装備。
陸歩と同じ能力。
陸歩と同じ戦闘形態。
「お前……オレか?」
はたと気付く。
騎士のその人間大の身長。それは自分と、同じ高さであると。
陸歩が緊張に顎を引くと。
騎士も、全く同じに、姿勢を低めるのだった。




